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今日から悪魔(ルシファー)  作者: 流石挿入画
12/23

今日から悪魔(ルシファー)第十一章

よろしくお願いします

 自分には才能があるのかもしれない。鴇矢は徐々にそう思うようになってきていた。

 昼食を終えた後物凄い眠気に襲われた鴇矢は教師に洗脳魔術をかけることに成功し見事に一度の注意を受けることもなく五限目を終えた。

 

 目が覚めたのはチャイムの合図だった。

 完全にコツを掴んだ。

 そんな鴇矢が次にやるべきは書くことをしなかったノート写し。

 他人のノートを透視して自分で書こうとも思ったが目の前で煩く笑っている中村を見て気が変わった。

 何故自分がそんなことをする必要があるのか。

 力を持つ者は持たざる者にやらせる権利があるのではないのだろうか。

 今まで鴇矢の感じてきた世界というのはそういうもののはずだ。

 何より自分で書くなんて間違えているような気もする。

 なんせ鴇矢は悪魔なのだ。悪魔なら悪魔なりのやり方がある。

 鴇矢は席から立ち上がり席で談笑している中村を読んだ。

「中村これ、ノート写しといてよ」

「は?」

当然の反応を見せる中村と友人たち。

「おいおいお前ちょっと調子乗りすぎじゃ」

「マジかよこいつ。さすがに良い気になりすぎじゃねえか」

 苦笑する中村の取り巻き。

「なんで俺がお前のノートを写さなくちゃならないのかハッキリさせてくれるか天野」

「この前約束したろ」

「約束? なに訳わからんこ」

『だまれ』

 思念を魔力によって送ると中村の友人は「はい……」と一言言って黙り込んだ。

『ノートを写せ中村』

 そう思念を中村に送ると中村は頷いてからノートを写しだした。

 それを見ていた生徒たちが驚いたようにひそひそ話しだした。

 クラスの人気者の中村がクラスで大して目立つこともなかった鴇矢のノート写しを始めたのだから。それも下僕のようにだ。

 ノートを中村に渡し席に着く。

 視線が妙に突き刺さるが気にしない。

 むしろ心地良いくらいだ。

「おいおい天野」

 

 話しかけてきたのは赤坂。

「お前いつから中村とそんな関係になったんだよ」

 中村に聞こえないようにか耳元で囁きかけてくる赤坂に、

「いやほら前にバスケで二人で勝負したんだよ。その時賭けをしてたんだ。負けたら一週間言うこと聞くっていう」

「マジかよ。お前マジで中村よりバスケ上手いんだな」

「バスケだけじゃないけどな」

 あえてクラス中に聞こえるように。

 

 気持ちがいい。最高だ。これ以上に無いくらい浮かれてしまっている鴇矢。

 徐々に催眠魔術というものが解ってきた。

 もうほとんど自在に操れる。

 全体にかけるのはまだ難しいが個人個人にかけるのは造作でもない。

 最強だ。無敵だ。もはや負ける気がしない。

 天使の称号者相手でも勝てる気がする。

 もう白河の護衛なんて必要ないんじゃないかとすら思えてくる。

 肉体強化も日々の鍛錬によって制御も上手くなってきているし、恐れることなど何もない。


「すげえな天野見直したよ」

「俺も俺も」

「天野くんって噂では聞いてたけどほんとに凄かったんだねえ」

「ビックリするよ。あ、連絡先交換しない?」


 そんな会話なんて昔じゃ想像もできなかった。

 だが鴇矢は完全に勝ち組の側に立っていた。

 スポーツもでき、授業でも完璧。

 もはや敵無しだ。

 完全に有頂天になっていた鴇矢は白河の忠告など完全に頭の中からすっぽ抜けていた。

 それが後々になって後悔することになるとは思ってもみなかった。




 白河が学校に来なくなって三日が経っていた。

 この頃になると鴇矢の頭の中に白河という存在は完全に消え失せていた。

 白河からもらった魔術書。簡単にいえば教科書のようなもの。書いてあるのは催眠魔術の応用みたいなものばかりだが十分だ。本命の固有能力を扱うのに必要ならやってやるまで。

 魔術を恐るべきスピードで習得していった鴇矢はその力を如何なく発揮しまくり、天野鴇矢の名前はすでに学校中の噂の的になっていた。

 数学では当たり前のように難問を解き、英語の授業ではペラペラと流暢に喋り、体育の授業では圧倒的な運動センスを見せて一躍クラスの人気者になっていた。

 耳に挟んだ情報では自分に好意を向けている女子もいるとかいないとか。

 とにかく世界観が一気に変わったようだった。

 友人の赤坂と谷崎とは今まで通りの関係でいてやっている。


「俺って優しいよな」

「何急に言ってんだよ天野」

「いやべつに」

「変なの~」

 そう赤坂と谷崎というどちらかと言えば冴えない二人組ともこうして仲良く弁当をつついているのだ。

 この人気者の天野鴇矢が、だ。

 これで優しくないというならば即魔術によって一か月のトイレ掃除を命じるところだ。

 死んでルシファーになって。気づけばクラスの人気者。

 今では長瀬とも距離が近づいていて登下校一緒に帰るようになっていた。

 赤坂からは一層羨ましがられ、中には鴇矢と長瀬が付き合ってると思っている連中も現れるくらい仲が進展していた。

 長瀬もまんざらでもないみたいだし、口うるさい白河もいない。

 こんなに幸せなことがあってもいいのだろうかと不安になる。

 

 

 そんなこんなな生活を繰り返していた放課後の事だ。

 いつものように帰宅しようとしていた鴇矢の下駄箱に一枚の手紙が入っていた。

 鴇矢は瞬間的に確信する。ラブレターだ。

 一体誰が今時ラブレターなどという恥ずかしいものを書いたのかは知らないが読んでやらんこともない。鴇矢はその場で普通に開いて文面を読んだ。字と内容から間違いなく相手は女子生徒だと解った。

 サイコメトリーのように手紙の主を特定する方法もあったが、クイズ感覚で会いに行くことにした。


『今日の放課後あなたのクラスで待っています』


 と書かれていたからである。

地味にウキウキしていた。ラブレターなんてのは初めてだったしこれは間違いなく告白ルートだというのは魔術を使わずとも解る。

 本命は長瀬の鴇矢からすれば他の女子生徒からの告白などどうでもいいことだが、せっかくなので最高にいかした台詞で振ろうと思う。

 鴇矢は悪魔であっても鬼じゃない。こんなラブレターをわざわざ出すような勇気を見せた女子生徒を無下に扱うような酷いことはしないのである。

 優しく断ってやろう。そう思い教室のドアを開いた。


「お前か……」

 驚いたというよりも安堵したといった感じか。そこにいたのは他でもない長瀬であった。

 手紙を見せびらかすように、

「これを出したのはお前か」

「そうよ」

 単調に返ってくる言葉。

「なんだってまた」

「え、それ、この状況で言っちゃうの」

 いやそれは当然解ってはいるが一応は聞かないとと思っただけだ。

 鴇矢はその気持ちを隠すように、

「それで一体なんの用なんだ」

 訊くと、長瀬はクスっと笑ってからこう言った。

「最近白河さん学校に来てないみたいなんだけど、どうやら調子を崩しているみたいなの。これに関して天野くんはどう思ってるの?」

「白河?」

 突然出てきた白河の名前に鴇矢は頭を抱えた。

 このシチュエーションは告白する為のものではなかったのだろうか。

 長瀬以外なら振っていたが相手が長瀬ならば当然オーケーだ。

 気持ちの準備はできている。いつでも告白ばっちこいだった。なのに長瀬から出た言葉は予想外もいいとこ。白河のことだった。

 鴇矢はゆっくり教室に入ってから壁に寄り掛かりながら訊き返してみた。

「なんでまた白河の話なんだ?」

「だっておかしいと思わない? 本来の目的を達したのにいまだにこの場所に居続けているなんて。それも相当の深手を負っておいてよ。こんなの普通に考えたら誰だっておかしいと思うでしょう?」

「深手? 初耳だ。それに目的ってなんだよ。一体何言ってんだ長瀬」

「あら白河さんから聞いていなかったの? それは意外ね」

 長瀬が何を言いたいのかさっぱり解らない鴇矢はさらに訊き返す。

「あいつに何かあったのか? というかそこまで個人情報を交換し合うほど仲良かったんだな。普通に話すとこは見たことあるけどそこまで仲良しになってたなんて初耳だ」


「仲良し? あはっ、あはははははっあははははははははははは!」


 狂気にも似た笑いを教室に響かせる長瀬に鴇矢はいつもと違う雰囲気を感じていた。

 全く話が見えてこない鴇矢を余所に笑いつかれたのか、長瀬は肩を揉む仕草を見せた。

「おかしなこと言わないでよ天野くん。私と白河鈴音が仲良しなんてあり得ないわ」

「なんだよそれ。ひょっとしてクラスのヒロイン的立場を取られそうなのを危惧してんのか。そのことなら安心しろ。俺の知り合いにはいまだにお前派の奴がいるから」

「へえそうなの。気づかなかったわ。私そういうとこに疎くて疎くて。それにそんなこと興味ないくらいの獲物が最近潜り込んできて上は忙しいみたいで私としても苦労してんのよね」

すると長瀬は笑顔のまま。けれどどこか魅惑にも思える雰囲気を醸し出しながら、

「……白河鈴音の目標はこの地域、つまりラグナロクの支配力現時点で大きいこの範囲に、よりにもよってラグナロクが危険視するレベルの解放者が出現した為ユグドラシルにこれ以上影響力を持たせないようにその解放者を処分すること。そして三日前その対象を殺したはずなのよ。なのに重傷を負って尚支部から出ていない。つまり転校しないということね。本来なら用が済んだならラグナロクの幹部である彼女がここに留まる理由が無い。なのにいる。不思議に思わない?」

「……お前」


 嫌な汗が滲み出る。

 ラグナロク? ユグドラシル? そういうのは神話の地名だということは知ってるが、仮にそのことであったとして今の話とは辻褄が合わない。

 長瀬は知っているということなのだろうか。

 長瀬から出る圧力にも感じるものを真正面から受けた鴇矢は腰が抜けそうになる。

「ということはまだこの場所に重要な何かがあるっていうことでしょう? そうでないとおかしいもの」

「ど、どういう」

 嫌な汗は相変わらず出続けて鬱陶しいことこの上ない。長瀬は何を言おうとしているのか。

「数週間前転校してきたレヴィアタンに我々は刺客を送り込んだ。その際一般人が戦闘に巻き込まれたという記録が届いていたの」

 

 長瀬は楽しそうに続ける。


「その一般人がどこの誰かというのはすぐに解ったわ。ただ巻き込まれただけの一般人なら見逃しておこうというのがユグドラシルの総意だったのだけれど、その対象者は最近になってどうにも奇妙な動きを見せるようになっていた。例えば女子トイレに侵入して深呼吸してみたシリーズとかね。正直きもすぎて引いたわ」

「だ、だからどういう」

 これまで見たこと無いほどの視線が長瀬から伝わる。

 心底気持ちの悪い下種を見るようなそんな視線。

 今までこれほどまでに汚いものを見る目を向けられたのは人生で数回しかない。

「目的を達したはずの面の割れているレヴィアタンが重傷を負って尚マモンの影響力が比較的大きい、簡単に言えばいつでも対処に来れるこの地域に留まる必要がある何かがその対象にはあるとユグドラシルは判断したのよ。例外的なことを除けば十中八九その対象者が七大罪の悪魔の転生者か上位の解放者の可能性しか残されていなかった」

「なが……せ」

 鴇矢は思わず後ずさるように教室から出ようとするもそこにはドアなど無く教室の壁になっていた。

「並みの解放者レベルならべつにレヴィアタン本人が守る必要もないでしょう。代わりならいくらでもいるんだし。つまり解放者にしろ転生者にしろそれなりの理由があるはずなの」


 見れば窓も壁一色で外に出る場所など空間のどこにもなかった。


「これって……」

「レヴィアタンから聞いているでしょう。聞いてないの? まさか、嘘。通常の法術を行使できる天使の称号者なら簡単にできる位相をずらすってやつよ。三種の魔術を編んで行う簡単なもの。もっとも仮に七大罪クラスの悪魔といっても今のあなたでは抜け出すこともできないでしょうけど」

「お前はなんなんだ」

「聞かなくても解るでしょう。私はユグドラシル所属の天使の解放者。ちなみにいえば本来のレヴィアタンの消滅対象、いやラグナロクが危険と判断した解放者ってとこかしら」

 解放者。もう決定事項だくそったれ。長瀬は、長瀬は……。

 心底反吐が出そうな気持になる。

 なんだって長瀬が天使の解放者なんだ。称号者だろうが解放者だろうが転生者だろうと関係ない。長瀬には無関係であってほしかった。だがそんな思いはなんの意味もなかった。

「くそったれだな……」

 嘆いていても状況は変化しない。まずは考えることが重要だ。

 ルシファーということはばれていない。だが七大罪の一人である転生者ということはばれている。

「どうしたの? 攻撃してこないの? 十中八九七大罪としても、七大罪で今までのことを考えるとアスモデウスと判断したんだけどそれじゃあおかしい。アスモデウスの出現はだいぶ前に認識されているしね。ということはあなたは能力的に七大罪ならばルシファー以外はありえないとうことも判断されているわ。ただ解放者という可能性も捨てきれない」

ほぼほぼばれている。何故かばれていた。どういう理屈かは解らないがばれていた。

「よりにもよってこんなのがルシファーとはラグナロクもかわいそうね。もしあなたがルシファーであるならばってことだけど」

「こんなのって……酷い言いようだな」

「事実でしょう。神に背く愚かな生物。下種な存在。それが悪魔。当然のことだけど殺すけど」

 最悪だ。完全に殺しにきている。

 嫌な汗なんてもんじゃない。恐怖で汗が吹き飛んでしまってる。


「あなたがルシファーであろうとレヴィアタンが守るほどの対象であろうと始末することに変わりはない」

 

 そんなことを言われても対抗する攻撃魔術なんて習ってない。できるのはせいぜい催眠魔術か肉体強化くら……いやある。肉体強化。ルシファーである鴇矢は並みの悪魔の称号者より強靭な肉体戦闘を行えるはずだ。相手がどれほどの天使の称号者か解らないがサタンに勝る天使だとは思えない。

だとすれば勝機はあるはず。

 固有能力は使えない。だが固有能力に匹敵する力を手にする解放を長瀬はおそらくしてこない。

 長瀬の言う通り固有能力はまだ使えない。だがしかしだ。

 なら条件は同じ。つまり身体能力で勝るルシファーである鴇矢に分があるはず。

「じゃあ行かせてもらうわね悪魔さん。今日があなたの命日よ。覚えて死んでいくといいわ。死んだ人間がどうなるかは解らないけど、幽霊になった時何も知らなかったじゃ可哀そうでしょう」

 最悪だ。告白どころの騒ぎではない。なんてこった。ふざけんな。

「くそったれ」

 やるしかない。

「あら、少しはマシな面構えになったじゃないの」

そんな気持ちを抑え込み地面を蹴る。

 

 先手必勝。やられる前にやれの精神だ。


「らあああ!!」

そして拳を長瀬に向けて打つ――

 ゴキリという鈍い音の後、どさりとその場に倒れ込んだのは鴇矢。

 見えなかった。

 拳を繰り出した。その後出しで動いた長瀬の手刀が鴇矢の胸を貫いた。

 あまりの痛みにその場に崩れるしかない。

 死なないと解っていても痛い。絶望的な痛みだ。意識が遠のきそうな激痛だ。

「この程度で痛がるなんて肉体強化は行っていても攻撃に対する体制がまるでないのね。俗に言う撃たれ弱いって奴かしら」

「う、ぐぅ」

 声にならない。痛い痛い痛い痛い痛い。

「それじゃあそろそろ殺してあげる。それなりに長い間だったけど楽しかったわ。レヴィアタンが助けにこれない以上あんたの運命はここで終わり。解放者、もしくは転生者だったかは解らないけどさようなら天野くん」

 長瀬の手に光の剣が生まれ、それを握り、振りかざした。

 振り下ろされれば首が飛ぶ。そうなれば生きてはいられないだろう。


 終わり。


 短い人生だった。少しの間だったが退屈なカーストの低い生活から抜け出しただけでも良かったのかもしれない。

 そう思うしかない。そうでないと報われない。

 死を覚悟する。

 さあ来い。いや来てはほしくない。だが待てが通じるはずもない。

 金属音が入口を失った教室内に響き渡った。

 自分は死んだ。そう思った矢先のことだ。

 死んでいない。

 生きている。

 意識が薄れていく中でふと上を向く。

 見慣れた後ろ姿があった。

 黒い髪。

 右手には空気振動を続ける透明な剣。

「白河……」

 小声で呟く鴇矢に、

「本当にどうしようもない奴ねあんたは」

 呆れた声で白河が答える。


 常態をどうにか動かして長瀬を探す。

 先ほどまでいた場所に長瀬はいなかった。

 いるのは白河。では長瀬は……。

 見ると長瀬は遠くに距離を取っていた。

 まるであり得ない光景を見ているかのように目を剥いている。

 それを象徴するように、

「レヴィアタンなんであんたがここにいるのかしら? 念の為に支部周辺に刺客を送っておいたのだけど。ここに来るなんて想定の範囲外なのだけど」

 長瀬が動揺を口にする。

 解放者といえど七大罪には及ばない。そのことを長瀬も当然解っている。

 だからこそ狙ったのだ。白河が他の解放者と戦い重傷を負ったこの機を逃さない為に。

「レリエルだったかしら。まさかよく知りもしない解放者一人に奥義を使う羽目にはならなかったわ。だけどおかげで、こんな感じに本物の対象を引き出せた。こっちとしても空間消滅は最終手段の一つで深手を負ったのは事実だけどレヴィアタンである私が三日も寝込むと本気で思ってたとしたらあんた本当の馬鹿ね。転校してから一度も正体を見破られなかったその変態性は認めてあげるけど」

「まさかダミー情報……いえ、あれはたしかに味方……」

「うちの味方にマモンの転生者がいるのを忘れたの?」

「まさか!?」

「そ、あんたんとこにスパイを忍びこませたのよ。私が寝込んでいるって情報を教える為に」

「レリエルの部下の中に……」

「それであんたが本命ってのも解ったわけ」

「じゃあなんで今まで襲ってこなかったわけよ」

「決まってるでしょう。そこの死にぞこないに命の危機ってのを教える為よ。いくら言っても聞かないでしょうこいつ。だからあんたがこの馬鹿を殺す為に動くのを待っていたのよ」

「……」 

 顔面蒼白といった感じだろうか。

 長瀬は口をもごもごと動かすはいいが言葉は発せれずにいる。

「――位相をずらしたはず」

「喜びなさいな。あんたのずらした位相をそのまま固定してあげたんだから」

「そんなふざけた真似ができるわけな」

「できないと思うの?」

 長瀬の表情が固まっていく。

 あり得ないものを初めて見たように。

 身体が硬直するように血の気が引くのを抑えつつ。

「いいわ……ならやってあげる」

 奮い立たせるように言葉を紡ぐ長瀬。

「さああなたはどんな雑魚天使なのかしら。せいぜい退屈させないでね。レリエルと戦ってから数日退屈が続いてたの。だから期待させてね」

「言ってくれるわね」

 長瀬の全身が光を帯びてゆく。背中から眩い白い翼が生え出す。その次の瞬間には空気を弾くように広がった。

 天使。絶対的な力を持つ悪魔の敵。

 だがそれを見ても白河に動揺の色は無い。

 七大罪相手に一対一で戦える天使は限られているという絶対的な自信。

「なるほどあんたは……」

 白河はその存在を知っていたようだ。

 身体の傷が徐々に塞がり痛みも引いてきた鴇矢はなんとか立ち上がりその姿を見た。

「一度書の中で姿形は見たことがあったけど実物は……まあその通りに」

「この姿を見ても驚かないのね転校生さん」

 

 まるで月を形作るような翼を生やしている。その枚数計六枚。

 一体何の天使か鴇矢には解らない。

 べつに解りたくもなかった。

 できることならさっさとこの場から消えたいくらいだ。

「私の契約天使はサリエル。今の私はサリエル同然ということは言わなくても解るわよね。初めましてといったところかしらね悪魔ども」

 天使になったと言っても翼や顔に浮き出た文様以外は長瀬そのまま。天使となるといってもあくまで長瀬は長瀬のようだ。


「サリエルってのは有名な天使なのか?」

 素朴な質問を白河にぶつけてみる。悪魔になったといっても天使に関しては完全に無知だ。

 もっとも悪魔に関しても詳しくは無い。昔暇つぶしで悪魔については調べたことがあるってくらいなもの。よって天使のことはさっぱり。サリエルと言われてもピンとこない。

「ほんとに何も学ばない奴ね。いや学んではいるか。能力で女子トイレに入るクラスの人気者になる程度にはね。ほんと自己愛がでかい上に気持ちの悪い男ね。こんな奴がラグナロクの幹部とか罰ゲームかしら」

「やめてえ、ほんと許して、だからやめてえ」

 心から恥ずかしい上に個々最近の態度を反省する鴇矢。

「サリエルといえば七大天使に数えられる化け物よ。実力は先日私が始末したレリエル以上なのは明白でしょうけど……」

「レリエルって……やっぱお前戦って負傷して」

「問題無いわ。空間固定で身を守ったから、軽傷で済んだわ」

 白河は余裕を隠さない。

「レヴィアタンの敵には決してならないわね」

「言ってくれるじゃない。薄汚い悪魔風情が」

「悪魔風情って言葉が天使の間では流行っているの?」

「どうかしらね。少なくとも事実でしょう。悪魔に成り下がった薄汚い女には」

「天使化ってのは人間とは違って法力で身体が構成されるようになっただけで本質的には変わらないでしょう。そんな奴よりはよっぽど上位の存在だと思うけれど」

 白河はこちらを向く。

「あんた魔術はどれくらい使えるようになったの?」

「軽い催眠程度だって解ってんだろ。まだ固有能力は使えてない」

「……なるほどやっぱりまだ気づいていないようね。まあそう仕向けていたし仕方ないわよね」

「なんの」

「じっとしていなさい」

 灰色の靄が漏れ出す。

 またあの空間かと鴇矢はげんなりする。

 いつも白河と特訓していた誰の出入りも許さない絶対領域。

「あら防がないのかしらサリエルさん」

 レリエルのように異空間の出現を止めようとしない。

「自信があるということかしら」

「当然でしょう。きなさいな悪魔さん」


「――っ」


 鴇矢は言葉を失う。

 白河は表情を変えない。

 ずれた位相から称号者が数えきれないほど出現したのだ。まるで空間を捻じ曲げるように。三百六十度から大量の白マントが。

「異空間発生の弱点は展開をある程度まで進めると途中でやめることができないことでしょう。知っているわ。だからこの瞬間を待っていたのよ」

「待機させていたってことかしら。…………まあいいわ。雑魚が増えただけの話よ。やることに変わりはないわ。遊んであげる」

 位相のずれた空間から異空間へと白河とサリエルに鴇矢と数十人の白マントを加えて入っていった。


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