今日から悪魔(ルシファー)第十章
よろしくお願いします
長瀬と学校まで来て鴇矢は少し驚いた。
白河の姿が無いのだ。
ホームルーム開始ギリギリに鴇矢たちは着いた。だからその意外なことになんとなく驚いてしまったのだ。
いつもは真面目な優等生のように早く着席している白河がいないことは少しだけ不安を煽った。何かあったのだろうか。また白マントの襲撃だろうか。
だが並みの相手なら白河は初めて彼女の素性を知った時のように圧倒的力で蹴散らしているはずだろうしどうしたものだろうか。
「あれ白河さん今日は休みなのかな」
鴇矢の視線に気づいたように長瀬が言う。
「休み……か」
確かにその可能性もある。
レヴィアタンの彼女が病魔に敗れるとは思えないが仕事か何かの用事で仕方なく休んでいるということも可能性として捨てきれない。
「天野くん何二ヤついてるの?」
「い、いやべつになんでもない。ホームルームも始まるし早く座ろう」
「う、うん」
長瀬と分かれ自分の席に着席。
じーっと黒板の上の時計に目をやる。あと二分で鐘が鳴る。
思わず二ヤケそうになる顔を精神力で必死に押さえつける。身体能力の制御とは別のベクトルになかなか難しい。
白河が来ない。つまり魔術の練習には打ってつけの状況ということではないか。
隣にいればあの鋭い視線が来そうなもんだが今日はいない。
だとすればだ。
やがて教師が教室へと入ってきてホームルームが始まった
ふと前の生徒に目をやる。この生徒を洗脳魔術洗脳する練習対象にしようと考えているのだ。
ちなみにそいつは中村。
体育以来やけに俺にライバル心を向けてくる鬱陶しい上にムカつく野郎だ。長瀬曰くムカついたからという理由でバスケ部を味方につけて俺に因縁をつけてるらしい人物。幸いという言い方はあれかもしれないが魔術練習の対象としては最適もいいところの相手。
鴇矢は思念を魔力を使って中村に送る。
『オナラしろオナラしろオナラしろオナラしろでっかいオナラしろ』
思念は確かに中村に届いているのは感覚で伝わってくるがいまいち効果を感じられない。
まだ効率的に魔力を扱えていない証拠だ。
『オナラしろオナラしろオナラしろオナラしろオナラしろ』
いまいち上手くいかない。やり方が違うのだろうか。
そういえば長瀬はイメージの具現化などと言っていたような気がする。
つまり中村がオナラする状況をイメージすればいいということだろうと勝手に解釈。
中村がオナラをする状況をイメージしつつ魔力を注ぎ込む。
そう念じ続けること数分、モゾモゾと中村のケツ半分がわずかに上がったのを鴇矢は見逃さなかった。
成功だ。
今のはスカしっぺ。音を出さずに屁を出す高等テクニック。
中村は今確実にオナラをした。確定的明らかだ。わずかに臭った。今日の朝飯はさぞ豪華だったのか、それとも胃腸の調子が悪いのかもしれない。
いやだがまだ解らない。
人間だれしもオナラの一つくらいするものだ。もっと解りやすいものの方がいい。
そこで次は突然奇声を上げるように念じることにした。白河クラスになれば奇声の内容まで操れるのだろうが初心者である鴇矢にはそこまでの技術が無い。
なのでとりあえずは奇声を上げさせるという洗脳を行ってみた。
中村の奇声をイメージして発するように魔力を注ぐ。
ホームルーム中淡々と続く教師の話に耳を傾けている生徒たち。
その時だった。
「ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
突然として奇声を上げる奴が一人。
中村だ。
突然のことに余計に静まる教室内。そこでただ一人自分でも何をしているのか解らないといった様子の中村。
成功だ。完全に成功だ。
オナラとは違い奇声などリア充イケメン彼女持ちの中村が上げるわけがない。
静まりかえる教室内でただ一人腹を抱えて笑いを堪える鴇矢であった。
爆音とともに大きな肉体が宙を舞う。空中で体制を整えるも気づけば後ろに回り込む白河。
空間転移。
空間を司る白河の使う固有能力の中でも非常に難易度の高い魔術であり通常の空間であれば魔術と体力両方を膨大に消費する代物でしょっちゅう使うなんてことは難しい。
だがあらゆることが白河にとって最適化された異空間の中では連続して行うことができる。
そこに知覚情報を誤認させる魔術を加えて行えば敵はほぼ何もできない。
実際にレリエルは圧倒され続けていた。
広範囲法術、「エターナルサンクチュアリ」自身の全身から法気を撒き散らす法術によって接近を許さないように立ち回るレリエルではあるが自在に空間固定を行う白河には届かない。
突き刺さる拳。
大男の悲痛な声が響く。
空間転移と知覚操作を同時に行い続けながら攻撃魔術も展開するのは相当な疲労が溜まる。
レリエルを倒した後すぐに鴇矢の護衛に戻らなくてはならないのだ。こんなマイナー天使ごときに時間をかけている暇はない。しかし、かといって決定打にはならない。相手を徹底的に立てなくなるまで殴り続ける持久戦。
「思いの外に頑丈ね。さすがは天使といったところかしら」
空間転移からの強打の連続。さらに知覚情報までいじられては反撃のしようもない。
しかしこのレリエルという天使思いの外耐久力がある。
まるで攻撃しているこちら側の方がダメージを負っているような気持ちにさせられる。
一瞬空間転移からの拳を緩めた時だった。
即座に接近してきたレリエルの蹴りが白河に直撃。
空間内のいくつもの岩を砕きながら数キロの距離を一撃で飛ばされた。
空間固定の応用で身体を制止させる白河に猛追してきたレリエルの手には聖剣と思しき洋剣が握られているのが見え即座に空間固定を発動する。
しかしわずかに精度が低く展開が遅れた為か固定された空間が砕け散り余波で白河はさらに吹き飛ばされる。が、そのまま空間転移をした白河はレリエルの後ろを取った。
はずだったのだが――
「っつ」
迷わず後ろに聖剣を振るわれたことによって腹部を浅くだが切られてしまい思わず後退する白河。
「後ろばかりに回っていれば当然対応くらいできるさ」
「やってくれるわね」
「悪いがここで倒れてくれると嬉しいんだがねレヴィアタン」
「それはこっちの台詞よ」
レリエルが振るった聖剣から法力の塊が襲いかかる。
それを素早くかわすもレリエルはそれ以上の速度で接近。
回復魔術を行う暇を与えない様子のレリエルの蹴りが腹に突き刺さりまたもや血反吐を吐きながら飛ばされた白河の脚が掴まれる。
「しまっ――」
直後地面に向かって衝突した白河はぼろ雑巾のような有様。
「私の硬さは天界でも折り紙つきでね。君程度小娘の拳などすぐに回復させれる」
「なるほど……やっぱり拳じゃ意味無いってことね」
「そういうことだよ」
「そう……ならあんた程度に使うのは癪だったんだけど私のとっておきをお見舞いしてあげるわ」
「その体力と魔力で何ができる」
「自分も巻き込むからあんまり使いたくない手なんだけどね」
「ほう」
「その頑丈のあんたでも耐えきれないでしょうし観念なさい」
「やせ我慢を抜か――」
瞬間――、空間転移をする白河。
レリエルは後ろに注意を張るが白河は後ろではなく前に飛んでレリエルに手を当てる。
「なんのつもりかな」
「食らいなさいな私の切り札……――空間消滅」
「――な」
次の瞬間、圧縮でも無い。空間そのものを無に帰す星をも消滅させかねない衝撃が白河とレリエルを中心に広がった。
ありがとうございました