第一話
「藤木君、ここの番地間違ってるよ」
上司の中田さんが指摘した伝票を受け取り、藤木博は頭を垂れた。
「あ、すみません、やり直します」
専用の機器に向かい、該当箇所を修正する。
そこで終業のブザーが鳴った。
「おい、今日も飲みに行くか?」
「いいっすね~、田村さんも誘いますか」
周りの同僚たちが空気を一変させてワイワイとはしゃいでいる中、
博は黙々と整理を終えると、うつむき加減に
「お先に失礼します」
と、部屋を出た。
皆この後の予定に夢中で、返事は返ってこなかった。
外に出ると、月は細かった。
今日も一日が終わった。
「疲れたなあ」
慣れた独り言をつぶやいて、とぼとぼと帰路をたどる。
アパートについた博は、これも慣れた手つきで
カップヌードルを作り、出来上がるのを待った。
胃袋を満たし、テレビを観る。
流れてるバラエティ番組では、皆一様に明るい。
「あはは」
笑い声が部屋に響くと、寂しさが際立った。
「何度言ったらわかるんだ!先に報告しろって言っただろうが!」
その日は特に郷田さんの機嫌が悪かった。
スポーツ狩りに体育系の体つき。
何回怒られてもやっぱり恐い。
「すみません、すみませんでした」
その後も違うミスを犯し、再度雷を落とされた。
ずっしりと一日の疲れを背負った博の足どりは重かった。
通りですれ違うサラリーマンたちの足取りは軽い。
仲間と連れ立って生き生きとしてる。
博は孤独をつのらせた。
気づくと帰路を外れて、木田川の岸辺を歩いていた。
そこで博はジイと出会った。
川に沿って歩いていた博は、高架下でうずくまっている影にすぐに気づいた。
白い毛をした中型の犬だ。
舌を出して、人懐っこそうな目でこちらを見ている。
首輪はされておらず、あたりを見渡しても飼い主らしき人もいない。
すると犬はのそっと起き上がったかと思うと、またすぐに腹を地につけた。
動きから察するに老犬だ。
そしてよくみるとその瞳はとてもさびしそうだ。
博は心に共鳴するものを感じ、その犬に近寄った。
「おい、おまえどっから来たんだ。」
犬はハアハアと呼吸音だけを響かせている。
「ちょっと待ってろ」
少し先にコンビニがあった筈だ。
駆け足で記憶をした道を抜ける。
ハートマートだ。
握り飯を買って、急いで高架下に戻った。
「ほら、食ってみな。うまいぞ」
犬は起き上がり、ちぎって置かれたその飯をハフハフと噛み砕いた。
なぜか博の心もふくれた感じがした。