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その9 魔王さま、オークたちを圧倒する

 





 空を超高速で飛ぶこと数時間、オークの里までたどり着いた。

 ひとまず離れた場所から様子を見ようと、木の陰に隠れて覗いてみると――


「ヴオオオォォォオオオオオッ!」

「グラアアァァァァッ!」


 里の中は、戦闘の真っ最中だった。

 2人のオークが血まみれになりながら、互いに斧で傷つけあっている。


「うわぁ……」


 思わずそんな声が出てしまった。

 よく見ると、その奥でも数人のオークが戦いを繰り広げている。


「とんでもないタイミングで来てしまったようですね」

「あれ、なにやってるの?」

「私にもわかりません」

「私もオークの存在は話で聞いていただけだからな、詳しい文化までは知らん。まあ、少々暴力的な祭りでも開いてるんだろう」


 トマト祭りじゃあるまいし、こんな鮮血に染まる祭りがあってたまるものか。

 と思いつつも、魔物は人間とは全く異なる文化を持つ生物だし、完全にありえない話でもないのかも。


「すでに戦いが始まっているのなら話は早い、私があの中に突っ込んで力を見せつけてこようではないか!」

「あっ、待ってニーズヘッグ!」


 一人で戦いの渦へと身を投じるニーズヘッグ。

 突然の乱入者の出現にオークたちは騒然とし、敵対していたオーク同士も一斉にニーズヘッグに斬りかかったが――彼女の拳は、向けられた斧の刃を粉々に粉砕した。

 いや、あれ鉄なんだけど……金属ってあんな風に砕けるものなんだ。


「心配は必要ありませんよ、ニーズヘッグはあれでも地上最強クラスの魔物ですから」

「それは見てたらわかるよ、むしろオークたちの心配をしてたんだ」


 腕力自慢のオークたちを素手でバッタバッタとなぎ倒していく姿は、まさに修羅そのもの。

 ニーズヘッグに関してはこのまま放っておいて大丈夫かな。

 このまま戦闘が終わるまで陰から覗いているだけで……などと甘いことを考えていたら。


「オ前ラ、誰ダ?」


 背後から、オークの集団が現れた。

 まあ、そりゃそう簡単に行くわけがないよね。

 前衛が4人、さらに後ろには杖を持ったオークが1人。

 あの格好、魔法を使えるオークもいるってことかな?

 この人数ならウォーミングアップにはちょうどいい。

 良い機会だし、肉体強化の魔法がどれだけの威力を発揮するのか見ておこうかな。


「グリム、後ろに下がってて……フィジカルアップ!」


 それは身体能力を向上させる、というイメージを具現化した、大雑把な魔法だった。

 魔力は控えめに、とりあえず筋力を3倍にまで引き上げて様子を見よう。


「敵か……ナらバ、死ネエェェェッ!」


 4体のオークが一斉に斬りかかってくる。

 僕はあえて前に突っ込むと、1体のオークの懐に潜り込み拳を叩き込む。

 ゴッ!

 けれど鍛え上げられた肉体は石の壁のように固く、まるで効いていないようだった。


「フ、ソノ程度カ?」


 くそ、かったいなこいつの体!

 ダメだ、3倍程度じゃとてもじゃないけど敵わない。


「ならもっとだ、フィジカルアップッ!」


 斧を振りかぶったオークの攻撃を、後ろへ飛びのいて避ける。

 次は筋力10倍、これなら戦えるはず。

 僕が拳を突き出すと、オークは真正面から拳でそれを受け止めた。

 ズゥン!

 全身に衝撃が走る、やっぱりこれで互角か。

 なら次は容赦なく――今度は筋力を100倍にまで跳ね上げる。


「グガアァァァァァッ!」


 斧による渾身の一撃を、拳で真正面から粉砕する!

 ガンッ!

 しかし、ニーズヘッグのようには行かず、斧はぐにゃぐにゃに変形しただけだった。

 やっぱあれは異常だ、もっと強くしなきゃいけないのかな。

 とは言え、素手で斧を変形させたことにオークは驚いているようで、目を見開きながら斧を凝視している。

 他4体のオークも”こいつおかしいぞ”と気づき始めたのか、彼らの戦意は一気に萎んでいった。

 ならトドメに、完全に戦意を喪失させてやろう。


「フィジカルアップ――10000倍だ」


 筋力を一万倍にまで増強、我ながら馬鹿げた数字だと思う。

 でも、筋力増強はイメージが簡単だからまだまだ上げる余裕があった。

 今なら足で空までだって飛べそうだ。

 それだけの力を、助走の分も込めて右手に一点集中させ――”オークに当たらないよう”に間を狙ってパンチを放つ。

 ピアッシングレイを放つ時と同じ要領で、ただし魔力は何も込めてないけどね。

 ゴオオォォォォオッ!

 単純な腕力のみによって右手から放たれた風圧は、触れただけで全てを切り裂く凶器となり、オークたちの頬をかすめる。

 そして彼らの背後にある地面をえぐり、木々をバキバキとなぎ倒していった。

 恐る恐る後ろを振り向くオークたち。

 そこにあるのは、竜巻でも通り過ぎたような、天災の爪痕としか思えない凄惨な光景だった。


「勝負ありってことでいいかな?」


 完全に戦意を失ったオークたちに向けて、とどめの一言。

 彼らは武器から手を放し、両手を上に上げて降参のポーズを取った。

 ニーズヘッグの方もすっかり片付いたようで、里の中で暴れていたオークたちは完全に沈静化している。


「さて、それじゃ……なんでオーク同士で争ってたのか、話を聞かせてもらいたいんだけど」


 ニーズヘッグは祭りだと言ってけど、やっぱり僕には何か理由があったとしか思えない。

 僕が聞きたがっていることを察したのか、5人組のリーダーらしくオークは僕たちを里へと招き入れた。

 里へ足を踏み入れた彼らは、その惨状と、勝ち誇り拳を天に突き上げるニーズヘッグを見て、口角を引きつらせていた。






「人間たチが攻メ込ンデくルト言ウ情報ヲ手に入レタのガ全テの発端ダッタ」


 ボロボロになったオークたちに囲まれながら、状況の説明が始まる。

 先ほどのリーダーの男は、なんと長老だったそうで中央で全てを僕たちに話してくれた。

 やけに素直なのは、あらかじめ力を見せておいたからだろう。


「私ハ人間ドモと話シ合イを提案シタノダ、シカし反対者ガ多ク、里ハ二分サレテシマッタ」


 要するに、人間に対する穏健派と過激派とで里が二分されてしまい、戦いが起きてしまったということらしい。


「こう言っちゃ何だけど、過激派の方が魔物らしい気がするんだけど。元々、人間との戦いを求めてこんな場所に里を作ったんだよね?」

「最初ハソウダッタ。ダガ、人間タちの技術ガ発展スルにツレテ、戦イハ戦イデハ無クナッテしマッタノダ」


 人間による様々な兵器の開発、進歩する魔法の技術。

 これらは戦いの歴史を日々塗り替えていると聞いたことがある。

 それに、人間の数もかつてに比べて遥かに増えた。

 数の暴力は戦いを戦いではなく、一方的な虐殺に変えてしまったってことか。


「コノママでハ、次ノ大規模討伐デ我々オーク族は全滅シテシマう」


 だから話し合いを望んだということらしい。

 けれど、そんな長に対して若いオークが異議を唱えた。


「長ヨ、オレハソレでモ構ワナイ! 戦イの中デ死ヌノナラ本望ダ!」


「ソウダ! ソウダ!」と他のオークも続く。

 若いからなのか、血気盛んな彼らは死をも恐れないと主張する。

 たぶん、何より――人間たちに勝てずに終わるのが、悔しくてしかたないんだろうな。

 気持ちはわかるし、勝たせてあげたい。

 何か良い方法はないもんかな。


「私たちで撃退してしまえばいいのではないか?」

「そうですよ、手っ取り早く力を示しましょう。城の近くに領地を与えれば、もう人間に攻め込まれる心配も無いのですから」

「それも考えたんだけど、結局はオークたちのプライドの問題でしょ? できれば彼らの手で勝たせてあげたいと思ってる」

「トコロデ……」


 話し合う僕たちに、長が尋ねてきた。


「オ前タチは、何者ナノダ?」


 あ、そういや話してなかったっけ。

 自己紹介もせずに勝手に他人の里に上がり込むのは無作法だったね、反省しないと。


「こっちの飛んでる魔導書はグリム、こっちの美女はニーズヘッグ」

「ふふ、美女か……」


 ニーズヘッグは照れていた。


「ニーズ、ヘッグ? アノ邪竜カ? イヤ、ダガあレハ竜デ、人ナドでハ……」


 お、オークは彼女のこと知ってるんだ。


「その通りだよ、彼女はまさに邪竜ニーズヘッグ」

「魔王に敗北して、こんな姿になってしまったがな」

「敗北? アノニーズヘッグガ? ソレに、魔王……だト?」

「そう、僕の名前はマオ・リンドブルム。一応、次の魔王を名乗らせてもらってる」


 オークたちの間に動揺が広がる。

 けれどすでに力は示している、だから動揺はすぐに収まり、誰もが納得した。

 そして彼らから向けられる疑いの視線が畏怖の視線へと変わる。


「実は、今日はオークをスカウトするためにここに来たんだ」

「スカウト、とハどウイウこトダ?」

「そのままの意味さ、魔王城のすぐ傍に領地を与えるから、僕の配下になってそこで暮らして欲しい。まだまだ国としての体は成していなけれど、いつかはかつて存在した魔物の国を再興させたいと思ってる。国の礎を築くため、協力してくれないかな」


 再びオークたちが動揺した。

 いきなり住処を捨てろって言われて、簡単に納得できるわけがないよね。

 けど、今の彼らにはここから離れたい理由もある。

 だから――


「すぐにとは言わない。人間たちから逃げたくないって言うんなら、彼らに勝ってからでも良い」

「オ前タチは強イ、強イヤツにハ従ウ。領地ヲ貰エルのナラ願ッテモナイ話ダ。ダガ、我々ガ人間ニ勝ツノハ難シイ……」

「そこは僕たちが協力するよ、絶対とは言えないけど勝つための手助けをする」


 その提案に、若いオークたちは不満げだった。

 わかってるよ、だからもう一言付け加えることにする。


「ただし、直接は手を貸さない。裏方として仕事をするだけだ、それだったら君たちも文句はないよね?」


 若いオークにそう告げると、前のめりになって抗議しようとしていた彼らは納得したようだった。


「よし、話は決まりだ。攻め込んできた人間を撃退する、それに勝利したら君たちは僕の配下になる、それでいいね?」


 長が頷く。他のオークも異論は無いようだった。

 長が言うには、人間たちが攻め込んで来るまで残り3日だという。

 近くを通りがかった冒険者が話していた情報らしいから、どこまで信じられたものかわからないけど。


「魔王様、何か作戦があるのか?」

「頑張って考えるよ」

「……行き当たりばったりだな、本当に大丈夫なのか?」

「ニーズヘッグ、マオさまの手腕を疑うつもりですか? 大丈夫ですよ、私も魔導書の豊富な知識を使ってお手伝いしますからっ」

「はは、頼りにしてるよ」


 なんとなく作戦は思いついていたけど、まだ他人に話せるほど具体性があるわけでもなく。

 僕は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。






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