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その54 魔王さま、再びダンジョンを台無しにする

 





 入り口を通り、第1フロアへと向かう階段を下る。

 壁面は、水のアーティファクトのダンジョンに比べると土色成分が多く、ゴツゴツしていて無骨な印象を受ける。

 いかにも土のダンジョンと言った雰囲気だ。


 落ち込んだままのヴィトニルと共に階段を下りきると、見覚えのある扉が現れる。

 扉の形は水の時と一緒なんだ。

 けれど、近くの壁を見ても階層数を示すプレートはどこにもない。

 扉が一緒なだけで、形式は違うらしい。

 水の遺跡は100階層もあったから、今度はもっと楽なダンジョンだといいんだけどなあ――と、そんなことを考えながら扉を開くと、その先にはまっすぐな通路が伸びていた。

 突き当りには丁字路になっていて、その手前にもいくつかの分かれ道がある。

 なるほど、なんとなく見えてきたぞ。

 階層表示が無かったのは、ここが1フロアで形成されるダンジョンだからか。

 つまり――土の遺跡は、迷路なんだ。


 まあそんなことは関係なしに、壁はぶっ壊すんだけどね。


「ショックブラスト」


 シュボッ……と水の遺跡同様、僕の手から放たれた衝撃の魔法は、壁に当たる直前に異空間へと飛ばされる。

 けれどすぐに僕が放ったエネルギーは異空間の許容量を越え、過剰に空気が注ぎ込まれた風船のように破裂した。


 ゴオォッ、ゴガガガガガガガガガッ!


 破裂した異空間に溜め込まれていた僕の魔法が、一気に弾け遺跡の壁を掘削、粉砕、通貫していく。

 砕かれた岩壁がミキサーでもかけたように巻き上げられ、石つぶての嵐となって射線上にいるモンスターたちを(ほふ)った。

 いっちょあがり、っと。


「相変わらずでたらめだな」


 少し元気が出たのか、ヴィトニルが目の前の惨状を見てコメントした。

 僕もダンジョン製作者には同情したいところだけど、水の遺跡が100階まであったってことは土の遺跡も同じぐらいの広さがあるってわけで。

 そんな馬鹿げた長さの迷路を何週間もかけて彷徨いたくはない。


「楽に越したことはないかなと思って」

「今は少しでも長く歩きたい気分だったんだがな……」


 そう言って、ヴィトニルは1人で僕の魔法によって作られた、前方の通路へ向かって歩きだした。

 その背中を追って僕も歩き出す。

 落ち込んでるのはわかってるんだけど、どう励ませばいいのか僕にはわからない。

 そもそも落ち込ませた原因が僕なわけだし。

 かといって放っておくのもな、今のヴィトニルには自暴自棄になりそうな危うさがあるから放置は怖い。


 そのまま僕たちはあまり言葉をかわさず、淡々と遺跡を進んでいった。

 行き止まりに着いたら壁を破壊し、また行き止まったら壁を破壊し、を繰り返す。

 たまに襲い掛かってくるモンスターたちも、僕はもちろん、ヴィトニルの相手にもならず、容赦なく彼女の放つアイスブレスによって氷の彫像と化していく。

 正規のルートを通っているわけではないので、あまり宝箱は見かけない。

 それに、序盤に出てくる宝箱は、どうせ開けてもロクなアイテムは入ってないし。

 せいぜい瓶薬を見つけたら、フォラスが喜んでくれるぐらいかな。

 一応、何かに使う可能性もあるので拾いはしてるんだけど、2人だと持てる荷物の量もあまり多くはない。

 そこで僕は、新たな魔法をお披露目することにした。


「ディメンジョンポケット」


 前方の空間がぐにゃりと歪み、バスケットボールほどの大きさの異空間への入り口が開く。

 そして偶然拾った鉄製の剣を、その異空間に放り込んだ。

 ディメンジョンポケットはこんな具合に、異空間をアイテム入れの代わりに使える便利な魔法だ。


「お、おい、そんな所に剣とか入れて大丈夫なのか?」

「剣なら大丈夫、でも――」


 僕はポケットの中から、巨大な岩を取り出してヴィトニルに見せつけた。

 岩はドスン、と重々しい音を立てながら地面にぶつかると、その衝撃で崩れ落ちてしまう。


「朽ちた……岩か?」

「これ、数ヶ月にエイレネの軍人と戦った時、防御ついでに異空間に送りつけた岩の一部なんだけどさ」

「数ヶ月でこんなになるもんなのか」

「どうも異空間の向こう側は時間の進み方が僕たちの世界とは違うみたいで、だから食べ物とかは入れない方がいいと思うんだよね」

「時間経過で劣化しない無機物限定ってことか、それでも便利なことに変わりは無いけどな。いくらでも物を持ち運べるんだろ? 冒険者が涎を垂らして欲しがるぞ」


 我ながら便利だとは思ってる。

 おかげで僕たちは、遺跡で拾ったアイテムのほとんどを諦めること無く所持できているんだから。

 食べ物が入れられないと言っても、パンとポーションぐらいなら、背負ってきたバックパックに入れておけば十分だからね。


 それにしても、さっきは割と自然にヴィトニルと会話出来たな。

 時間が彼女の心の傷を癒やしてくれたのか。

 この調子なら、すぐに元通りに――と思った時だった。


 カチッ。


 ヴィトニルの足元から何か音が聞こえた。

 足元付近に紫色に怪しく光る魔法陣が現れ、明らかに危険な魔法が発動する。


「ヴィトニルッ!」

「ん、どうした?」


 名前を呼ぶも、彼女はまだ自分が罠を作動させたことに気づいていない。

 しまった、名前を呼ぶ暇があればスペルブレイクでも発動しておけばよかった。

 いや、今からでも――だめだ、もう間に合わない!

 発動した魔法は、ヴィトニルの足元から紫色の霧を発生させ、瞬く間に彼女を包み込んだ。


「ゲホッ、ゴホッ……なんだ、なんだよこれっ……!」


 僕は息を止めて霧へ突っ込み、ヴィトニルの手を取ってその場から離れさせる。

 毒霧かな、解毒魔法ならすぐに発動できる。


「キュアポイズン!」


 すぐさまヴィトニルの体に向かって魔法を発動するも……手応えは無い。

 毒じゃないってこと?

 だったら、さっきの霧には一体なんの意味があるっていうんだ。

 まさか、ただのイタズラなわけないだろうし。


「ヴィトニル、大丈夫?」

「あぁ……毒ってわけじゃなさそうだ……けど」

「けど?」

「……なんだ、これ」


 ヴィトニルは胸を自分のおさえた。

 心臓に作用する毒が仕込まれてたんじゃ。


「違和感があるならすぐに言って、遅効性の毒かもしれないし」

「いや、そうじゃなくてな……」

「だったら!」

「いいから、本当に大丈夫だ! だから……オレのことは心配、しないでくれ」


 そう言われても、明らかに様子のおかしいヴィトニルを放っておくことなんてできるわけがない。


「今は二人きりなんだから、変に遠慮しないでよ。確かにこの遺跡に入る前のやり取りで気まずくなる気持ちはわかるけどさ!」


 ヴィトニルの肩を掴んで主張する。

 好きとか嫌いとかじゃなく、仲間として心配しているからこその言葉だ。

 けれど、彼女は僕の目を見てくれない。

 やはり気まずそうに逸らされてしまう。


「ヴィトニル……」

「あ、待てっ、そんな悲しそうな顔すんなよっ! 違うんだ、別に隠してるわけじゃなくてな……ああちくしょうっ!」

「だったら、何があったのか教えてよ」

「さっきからお前の顔を見てると、その、なんだ……どきどき、するんだ」

「……どきどき?」

「ああ、どきどき」


 まさかそんな擬音を、ヴィトニルの口から聞くことになるとは思わなかった。

 それはつまり……さっきのガスに、惚れ薬みたいな効果があったってこと?

 いや、それじゃあ罠になってない。

 だってこの遺跡に入った時点で、その2人は並々ならぬ関係になってるはずなんだし、そこに惚れ薬なんて使ったって2人が愛を深めるだけじゃないか。


「以前から似たような気持ちになることはあった。でもこんなに強くなくて。顔を見たり、心配されるだけでこんなになっちまうんじゃ、魔王サマのことが好きだってこと、否定できねえよ」


 ヴィトニル長いまつげのまぶたを伏せて、憂鬱な表情を浮かべた。

 彼女らしからぬ可憐な仕草に、思わず心臓が跳ねる。

 やっぱり惚れ薬……いや、待てよ。あれが本来は2人を引き裂くための罠だっていうんなら――


「さっきのガス、もしかしたら異性を好きになってしまうガスなのかもしれない。解毒魔法で解けなかったのは気になるけど」

「また突拍子もない発想だな」

「本来、この遺跡に入るために必要なのは性別を越えた愛、つまり同性のはずなんだ。さっきの罠は、そんな2人を引き裂くために仕掛けられた物に違いないよ」

「つまりオレは、その罠を受けたから魔王サマを見てこんな気持ちになってるってことか?」


 先程までの憂鬱な表情は消え、希望に満ちた笑みを浮かべるヴィトニル。

 でも、僕は忘れちゃいない。

 さっきはっきりと、”以前から似たような気持ちになることはあった”って言ってたことを。

 悩んだ挙句、僕はそれを指摘しないことに決めた。

 言ったってどうせ、ヴィトニルが取り乱すだけだろうから。


 そして再び僕たちは前進を始める。


「魔王サマの顔は見たくないから、オレが先行するぞ!」


 と言ってぐいぐいと前へと進んでいくヴィトニル。

 僕は時折ちらりとこちらを振り返る彼女のあと追って、ハイペースで土の遺跡を進んでいった。

 宝箱の中に入っているパンが徐々に豪華になっているのか、現れる魔物は強くなっているのか、それだけを目印にアーティファクトを目指す。

 そんな調子で進むこと2時間、僕たちは大きな広間に出た。

 他の通路に比べて明らかに天井も高い

 暗くてよく見えない奥の方には、この遺跡の親玉が待っているんだろうか。


「いよいよボスみてえだな」

「油断しないようにね、たぶん結構強いから」


 水の遺跡では僕が一気に始末したからあまりわからなかったけど、見た目からしてまともに戦ったら一筋縄ではいかない相手だと思う。


「へっ、オレの敵じゃねえな!」


 確かに彼女は、おそらく雑魚モンスターとしては最上位に位置するであろう、強力な火を吐く地を這う獣すらも氷の力で完全に封殺してみせた。

 その経験が、今の過剰な自信に繋がってるに違いない。

 僕は彼女のプライドを傷つけないようヴィトニルを先行させながらも、すぐにでもフォローできるよう警戒を続けていた。


「なんだこりゃ」


 部屋の奥までたどり着くと、そこには扉があった。

 たぶんアーティファクトが置いてある部屋へ続いているんだろう。

 けど、周囲を見渡してもボスの姿はない。


「もしかして、魔王サマが知らないうちに倒してたとかか?」


 ヴィトニルが振り返り、笑いながらそんなことを言った瞬間――


「アイ、アイ、ア」


 不気味な重低音の声と共に、ガパァッ! と扉から巨大な人間の顔のようなものが現れ、大きな口を開いてヴィトニルに襲いかかった。

 動きが早い、彼女の回避は間に合いそうにない。

 考える余裕も無かった。

 とにかく今は、ヴィトニルを守ることだけを考える。


 まずは魔法で脚力を強化、踏み出すと同時に遠距離攻撃で牽制。

 ピアッシングレイ、放たれた光線はモンスターの顔を貫通するも、敵が動じる様子はない。

 今のは保険だ、なんとなく効かない気はしてた。

 遠距離攻撃がダメなら、直接守ればいい!


 僕はヴィトニルの体を抱きかかえ、すぐさまその場を離脱した。


「ぐっ……」


 モンスターの牙が僕の肩を掠める。

 痺れるような痛みと、血液で服が濡れる感触。


「その傷はっ! 魔王サマ、まさかオレを守るために……」

「ぼーっとしない、次が来るよ!」

「お、おうっ」


 僕は抱きかかえていたヴィトニルの体を下ろす。

 モンスターは僕たちに攻撃をしかけると、すぐさま壁の中に姿を消した。

 道理で姿が見えないわけだ、壁の中に潜むモンスターだったなんて。


「アイ、アイ、ア」


 再び不気味な重低音が響く。

 周囲を見渡すも、あたりにモンスターの姿は無かった。

 一体どこから――

 その時、ぐにゃりと足元が歪む感触がした。

 反射的に僕とヴィトニルはその場を飛び退く。

 直後、さっきまで僕たちが居た場所を、ガチンとモンスターの歯が噛み砕いた。

 すぐさま姿を表した顔に向かって魔法を放つも、相手はすぐに消えてしまう。

 あの顔モンスターめ、見た目の割にすばしっこいみたいだ。

 けど、なんとなくパターンは読めてきた。

 どうもあいつは、僕たちの意表を突くのが好きらしい。

 最初は背後から、次は下から、ならその次は――


「アイ、アイ」


 重低音の声が聞こえる。

 場所は、予想通り!


「ヴィトニル、上だっ」

「おうよっ、アイスブレスッ!」

「ブーステッド!」


 ヴィトニルが天井めがけて氷の嵐を放つ。

 僕はブーステッドと名付けた魔法で、アイスブレスの威力を更に増幅させた。

 2人のコンビネーションによって放たれた魔法は、顔を出したばかりのモンスターに命中。

 部屋の天井を巻き込んで絶対零度の氷で凍結させた。


 モンスターが動きを止めたことを確認すると、ヴィトニルが心配そうに僕に近づいてきた。


「魔王サマ、怪我は大丈夫なのか?」

「平気平気、これぐらいならすぐに治るから――ヒーリング」


 治癒魔法によって、モンスターの牙による傷は瞬時に完治した。


「ほら、見ての通り」

「ごめんな、オレのせいで」

「気にしないで、僕が守りたくてやっただけだから。さ、早く土のアーティファクトを取って地上に戻ろう」

「……ああ」


 ヴィトニルは僕の言葉にあまり納得出来ていない様子だった。

 男としてのプライドってやつかな。

 だとしたら、僕が外野からとやかく言うことでは無いのかもしれないけど……ずいぶんと思い詰めてるみたいだ、気に病んで無茶しなければいいんだけど。


 先程のボスが落とした宝箱を開き、中の宝石を拝借したあと、僕たちはすぐに扉の先へと向かった。

 扉の先にある通路を抜けると、祭壇のような場所に出る。

 そこに、土のアーティファクトは置かれていた。

 茶色の宝石。

 極限まで綺麗に作った泥団子みたいだ、水のアーティファクト同様に、これにそんな力が宿ってるとは思えないのだけれど、手に持つとそのすごさがよくわかる。

 秘められた魔力は、ひょっとすると僕と同じく無限に近いのかもしれない。


 僕は、戻ったらどうやって土のアーティファクトを試そうか、と上機嫌で帰り道を歩いていた。

 先ほどとは異なり、ヴィトニルは僕の後ろをついてきている。

 思い詰めた表情は変わらない。

 そんな彼女が、ふいに足を止めた。

 あと少しで出口へ到達する、という時だった。

 つられて僕も足を止め、振り返り、「どうしたの?」と問いかける。


「魔王サマ、覚悟を決めたよ」


 ヴィトニルはつかつかと早足で僕に近づき、両手を掴んで言った。


「城に戻ったら、オレを抱いてくれないか」


 いつになく真面目な顔で爆弾発言を投下するヴィトニルに――


「……はい?」


 僕は、そんな間の抜けた返事をすることしかできなかった。






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