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その5 魔王さま、混浴を強いられてしまう

温泉(テコ入れ)回です。

 





 温泉といえば岩造りの露天風呂、と言うのは僕の勝手な決めつけなんだろうか。

 設計図を作るまでもなく、温泉の完成図はとっくに僕の頭の中に出来ていた。


「そういやニーズヘッグも温泉とか入ったことあるんだ?」

「グツグツに煮立った湯に体を浸して汚れを落としたことならな、要するにあれが温泉なのだろう?」


 かなり違うと思う。


「温泉ですか、いいですよねえ気持ちよくって」


 グリムはグリムでどうやってその体で温泉に入るつもりなんだろう。

 腑に落ちない点は多かったけど、細かいことは作ってからにしよう。

 お湯を噴き出す穴は、とりあえず魔法で塞いでおいて、と。


 幸い魔王城は山の上にあるから、湯船を作るための岩集めには苦労しなかった。

 テレキネシスの要領で、近くに転がっている岩を僕は集めていく。

 ニーズヘッグも、巨大な岩を軽く持ち上げると、温泉が噴き出していた穴の近くに運んでくれた。

 僕がそうしたんだけど、パット見華奢な女性があのサイズの岩を素手で運んでるってのは、非常にシュールな光景だ。

 グリムはそんな僕たちを、いつかのポンポンを持って応援していた。

 まあ、適材適所ってやつだ。

 十分に岩が集まると、地面に魔力をぶつけ、直径にして10mほどの穴を作る。

 そこに岩を敷き詰め、形が合わなければ切断し形を合わせ、それらを組み上げ、隙間なく埋めていき――あっという間に湯船は完成した。


「器用なものだな、あとはお湯を流し込むだけか」

「さすがマオさまです」

「はは、自分でもびっくりしてるよ」


 魔王城の裏手に純和風の温泉施設だなんて。

 これほどにミスマッチな情景を、僕は見たことがない。

 いっそ魔王城の方も日本式の城にしてしまおうか、なんて考えてしまった。

 たぶんグリムが怒るだろうから、無理だとは思うけどさ。


 あとは仕上げの作業。

 指先から放つレーザーで岩を円柱に成形、さらに作った円柱の中央に指でトン、と触れると風穴が開く。

 何度かその作業を繰り返し、作り上げた岩の筒を接合して、お湯を伝搬するための管として使うことにした。

 塞いだ穴に作った管の一端を接続し、もう一端を温泉の方にはめ込むと――ついに湯船にお湯が流れ込む。

 その勢いは中々の物で、今後のことも考えて大きめに作ったはずの湯船に、みるみるうちにお湯が満ちていく。


「じゃあ、溜まるまでの間、城で準備でもしてようか。布巾とか持ってこないといけないしね」

「私の分はあるのか?」

「うん、ちゃんとあるから安心していいよ」


 意気揚々と城へと戻る僕たち。

 この時、僕はまだ気づいていなかった。

 事態は着々と、僕にとって厄介な方向に進んでるってことに。






 それに僕が気づいたのは、服を脱ぎ、湯船に浸かった後だった。

 我ながら鈍すぎる、というかドアホだ。

 なんでニーズヘッグがニヤニヤしてたのに気づかなかったんだか。

 と言うか、いくら浮かれてたとは言えもっと前の段階で気づくべきだろ僕!


「なぁ魔王様、どうしてそんなに私から離れているのだ?」

「せ、せっかく広いんだし、贅沢に使いたいじゃないか」

「ふむ、なるほどな。ならば、なぜ私に背中を向けているのだ?」


 邪竜が僕をあざ笑うように、ねっとりとした口調で言った。

 人間の姿になったばかりのニーズヘッグが水着なんて持ってるわけがない。

 つまり、僕と彼女は、現在素っ裸だった。


「グリム、頼むから早く来てくれ……!」


 今ほどグリムの存在を渇望したことは、未だかつて無かった。

 彼女はなんでも湯船に入るために準備が必要とかで、遅れて来るそうだ。


「よもや、人間の癖に竜の体に欲情しているわけでもあるまい?」

「し、してない、断じてしてない!」

「ならばこちらを向くが良い、魔王様よ」


 向けるっ、わけがっ、無いッ!

 だって全裸だよ? 出るとこ出てる美女が僕の後ろで全裸なんだよ? 14歳の思春期真っ只中の少年に振り向けるわけがないじゃないか。

 わかりきったことだ。

 なのに、こいつはどうしたいんだ、この邪竜は僕を一体どうしたいんだよお!


「向かぬのか、強情な奴め。わかった、ならば私の方からそちらへ行こうではないか」


 後ろの方からザバッと何かが動いた音がした。

 しかも水面が波打っている、本気で来るつもりだぞあいつ。

 どうする、どう逃げる? いっそ湯船から出て――ダメだダメだ、そんなみっともない真似をしたらニーズヘッグの思う壺じゃないか。

 きっとこいつは、僕が慌てふためく様を見て楽しんでるんだ。

 邪竜を自称するぐらいなんだから、性格だって悪いに決まってる。

 なら僕に出来ることは、毅然とした対応を取ること、それ――


 ムニュ。


 ――だけ……ん、ムニュ? 

 今、何か、僕の背中に柔らかい物が、押し付けられているような。

 マシュマロよりも少し弾力があって、やけにボリューミーで、体温があって……新種の生物でも温泉に紛れ込んだのかな。

 そんな現実逃避をする僕を、彼女は逃がしてはくれなかった。

 背後からにゅっと腕が出てくる。

 腕は僕のお腹に回されて、きゅっと優しく抱きしめた。


「あーあ、魔王様が振り向いてくれぬから、ついに引っ付いてしまったぞ?」


 ニーズヘッグが僕の耳元でそう囁いた。

 呼吸が耳たぶにあたって、すごくくすぐったい。


「おうおう、顔が真っ赤になっておるな。そんなに悦んでもらえるとは、女冥利に尽きるというものだ。しかし、魔力は膨大でも中身は年相応の人間なのだな、少し安心したぞ」

「僕ハ全然安心デキテナイノデスガ」


 のぼせて気絶してしまいそうなほど、頭に血が登っている。

 思わず口調がロボットのようになってしまった。

 故郷を追い出されたあの時より、よっぽど恐ろしい気分だ。


「心配せずとも、首を掻っ切ろうとは思っておらんよ」

「誰もそっちの心配はしてないって!」

「くく、そう返すか、この甘ちゃんめ。出会ったばかりの相手だというのに信用しすぎだ」


 忠告めいた文言の割には、ニーズヘッグは嬉しそうだった。

 だからってさらに押し付けるのはやめてほしい。


「まあ安心するが良い、ただ少し戯れてみたくなっただけだ。こうして他人と触れ合うのも久々だからな。少しぐらいは、大目に見てくれてもよかろう?」

「良くない、全然良くないから! とりあえず離れようよ、ね?」

「断る。おぬしの慌てふためく様を見るのが楽しくてな、癖になりそうだ」


 完全に癖になる前にやめるべきだと思うんだ。

 でもそんな僕の正論は、ニーズヘッグには届かない。


「ほれほれ、どうだ? 私の胸の感触は」


 むしろさらに調子に乗る始末で。

 ムニュ、ムニュ、と背中に柔らかな感触が押し付けられる。

 あと直に触れてるから柔らかいだけじゃなくて、色々まずい感触が、こう、色々と当たってるんだよ!

 一瞬でも背中が幸せだと思ってしまった自分が恨めしい、相手は竜だってのに。

 温泉から這い出そうとすがるように手を前に出すも、がっちりとホールドしたニーズヘッグの腕によって阻止されてしまう。

 逃げ場はない、頑張れ僕の理性。負けるな僕の理性!


「は、恥ずかしく無いのかよニーズヘッグっ!」

「私は竜だ、人並み(・・・)の羞恥心など持ち合わせておらん。胸部にある脂肪の塊2つで取り乱すとは、人間とは業の深い生き物だのう」

「うっ、うぬううぅぅっ!」


 拳を握りしめてどうにか耐える僕。

 戦況は圧倒的不利だ、逃げようにも退却経路すら塞がれている。

 グリムさえ来てくれれば形勢逆転出来るのに、全然来る様子がない。

 いつまで準備してるつもりなんだよあいつ!

 このままニーズヘッグにやりたい放題されるのだけは、魔王としても男としても避けなきゃならない。

 かくなる上は――攻めるしか無い。


「ニーズヘッグ!」

「んー? どうしたのだ魔王様」


 勝ちを確信しているのか、小馬鹿にしたような口調のニーズヘッグ。


「一瞬でいいから、離れてくれないかな」

「それは負けを認めるということか? 駄目だ、そんなのはつまらん。どうせ力では勝てぬのだから、今ぐらいは圧倒的優勢を楽しませろ」

「違うよ、僕は正々堂々と勝負がしたいんだ」

「ほう、正々堂々とな?」


 変に恥ずかしがるから彼女に好きなようにもてあそばれてしまうんだ。

 羞恥心も無いっていうんだ、だったら僕だって遠慮する必要なんて無い。

 そう、僕は今――14歳、思春期のリビドーを解き放つ!


「ニーズヘッグが恥ずかしくないんなら、僕だって恥ずかしくはない。ここは堂々と、真正面から向き合って決着をつけようじゃないか!」


 何の決着かは知らないけど。

 そもそも僕たちは、一体何を争っているのだろう。


「く、くく……ふふふっ……ははは、あーっはっはっは! さすが魔王様だ、やはり一筋縄ではいかないな! くふっ、まさか、真正面から見せろとくるとは……ふふっ。良かろう、そこまでの覚悟があるというのなら、離れてやろうではないか」


 ニーズヘッグはひとしきり笑うと、僕の背中から離れていった。

 嬉しいような、名残惜しいような。

 いや、こんなことで一喜一憂してる場合じゃない、今からもっと大変なイベントが起きるんだから。


「さあ魔王様、いつでも見てくれ、私の準備はすでに整っているぞ」


 ニーズヘッグは挑発するように言った。

 ごくりと喉を鳴らす。

 振り向けばそこには、女体のワンダーランドが待っている。

 でもそれを見た瞬間、僕は14歳の少年として大事な何かを失ってしまう気がした。

 夢? 希望? 失ってしまうそれの正体を僕はまだ知らない、失ってからじゃないとわからない物なのかもしれない。

 けれど今振り向かなければ、僕は14歳の少年として大事な物は守れても、男として大事な何かを失ってしまうような気がしたから。

 すぅ、と大きく息を吸い込んで、ふっ、と溜め込んだ息を短く一気に吐き出す。

 十分に気合を入れて振り向くと、そこには――


「っ……」


 ――ワンダーランドは、無かった。

 いや、それなりに素敵な光景ではあったんだけど、ニーズヘッグはなぜか胸を両手で隠してたんだ。

 心なしか顔も赤い、ひょっとすると温泉のせいかもしれないけど。

 というか、両手で隠してても溢れんばかりで、目のやり場に困る。


「な、何か……言いたそうな顔をしているな。わかっておる、私にもわかっておるが、反射的にこうなってしまったのだ! 竜だった頃は常に裸のようなものだった、だから平気だと思っておったのだが……人の身体となると、勝手が違うものなのだな」


 今までの不遜な態度はどこへやら、すっかりしおらしくなったニーズヘッグ。

 竜だった頃の力も人格もそのまま、形だけを人間に変えたつもりだったんだけど、体が変われば心も変わるもの。

 完全に一緒というわけにはいかなかったみたいだ。

 けど、ここでそういう態度を取られると、要求した僕の心が痛むというか、やけに恥ずかしくなってしまうというか。


「ここから、どうする?」


 聞かれても困るよ。


「どうしても、と言うのなら……魔王様からの命令なら、私は逆らえない。見せろと言われたら、見せるぞ?」

「見ないから!」

「そうか……それならいいんだが」


 心なしかがっかりしているように見えるのは気のせいかな。


 続く言葉を見つけられない僕たちの間には、気まずい沈黙が流れ始めた。

 状況を打破するために何かを言おうとしても、つい変なことを口走ってしまいそうでうかつに発言できない。

 ニーズヘッグも似たような心境なのか、俯きがちに黙り込んでいる。

 しかしいつまでも胸を隠しておくのが面倒になったのか、少しずつ体を回転していき、再び僕に背を向けた。


「魔王様、後ろを向いてもらってもいいか?」

「うん、別にいいけど」


 指示に従って背中を向けると、ニーズヘッグは自らの背中を僕の背中にぺたりとくっつけた。


「ふぅ……これぐらいが気楽でちょうどいいな。慣れないことはするものではない」


 考えてみれば、ニーズヘッグは長い間あの洞窟に引きこもっていたんだ。

 洞窟の地形が変わり、道が自分の体より狭くなってしまうほど長い時間を。

 その間、他人とのコミュニケーションはテレパシーによる一方通行だけだった。

 そんな彼女にとって、僕とグリムという存在は、久しぶりにまともな会話をした相手だったはずだ。

 ブランクが開きすぎて、勝手だってわからないだろう。

 だからきっと、彼女は今、僕とのちょうどいい距離を探ってる途中なんだ。

 僕だって、竜との距離感なんてよくわからない。グリムとだってどう付き合っていけばいいか考えてる途中なのに。

 近すぎて失敗して、遠すぎて失敗して、そうやって試行錯誤を繰り返して、適切な距離を探っていくしか無い。

 たっぷり時間をかけてね。


 背中合わせで温泉を満喫していると、ようやくグリムが姿を現した。

 何をそんなに時間をかけているのかと思ったら――


「どうですかマオさまっ、世界一美人な魔導書のセクシー水着! あまりの色気にくれぐれも興奮しないよう気をつけてくださいね!」


 グリムはフリフリのレースが付いた水着(もちろん上半身の分だけ)を強引に着用し、僕たちに見せつけていた。

 ヒモを羽根の付け根に引っ掛け、どうにか落ちないようにしているらしい。

 それを一人でやってたんじゃ、そりゃ時間もかかるはずだよね。


「あれ、反応が薄いですね。いまいちでしたか? もっと際どい水着の方が良かったですか?」

「いまいちっていうか……ねえ?」


 ニーズヘッグに振ってみたが、反応はない。


「ん、なんでしょうかこの妙にラブい空気は、やけにマオさまとニーズヘッグの距離感も近いですし。まさか私が居ない間に、私を差し置いて、二人で人には言えないようなことを……!?」

「は、ははは……」


 僕は笑うことしかできなかった。

 相変わらずニーズヘッグは黙ったままだったけど、背中から伝わる彼女の体温がやけに熱かったのは――まあ、温泉のせいってことにしておいてあげるかな。






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