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その41 魔王さま、調査を続ける

 





 ユリ、リヴリーと別れ、僕はヴィトニルを連れてヘルマーの館へと向かった。

 もはやアポイントメントを取る必要すらなく、僕たちはフリーパスでこの館に立ち入ることが出来る。

 ちょうどヘルマーも時間が開いてたみたいで、すぐに面会することができた。


「よく来てくれたね、マオ」


 近頃の彼は見るからにご機嫌で、商売がうまくいっていることが一目瞭然だ。


「おや、今日はヴィトニルちゃんと一緒なんだね。

 メイド服がよく似合っているよ、良かったら今夜だけでも僕専属のメイドになってくれないかな?」

「殺すぞ」


 フェンリル時代を彷彿とさせる冷たい声で言い放った。

 ヘルマーの頬がひきつる。


「は、はは……冗談だって、冗談」

「ならその手はなんだ? オレのどこを触ろうとしてんだ?」


 彼の手は明らかにヴィトニルの臀部に向かっていた。

 ヘルマーって経営手腕だけじゃなくて、そっちの方もやり手なんだよね。

 だからといってうちのメイドに手を出すのは困ったものだけど。


「前も同じことを言った気がするが、もう一度言っておくぞ。

 オレが認め、従うのは魔王サマだけだ、てめえみたいなチャラけた野郎に触らせるほどオレの肌は安かねえんだよ」

「……愛されてるねぇ、マオ」


 僕には苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 さて、気を取り直そう。

 今日は遊びに来たわけじゃないんだから。

 それぞれ椅子に座った僕たちは、話を始める。


「さっき友達とディアボロに行ってきたよ」

「まさか並んだのかい?」

「並ぶのも楽しみだと思って、それに30分ぐらいで済んだからさ」


 30分でも回転率のいい店にしては長いぐらいだけど、いつもはもっと待たされるのだ、今日は運がいい方だった。


「そうそう、マオに報告しておかないとならないことがあるんだった。

 例の学院の卒業生の調査だけど、ようやく結果が出たんだ」


 それは、僕が学院に入学した頃、つまり一ヶ月ほど前からヘルマーに頼んでおいた仕事だった。

 移動手段が馬車しか無く、また電話のような遠方との連絡手段が存在しない状態での調査にしては、一ヶ月は早すぎるぐらいだ。


「結果はどうだった?」

「ほとんどシロだったよ。

 フィナスの大多数と、バーンの一部、プラーニュの成績上位の卒業生は軍に入隊。

 バーンの他の卒業生たちは”学院卒業”って言う箔をつけた状態で実家を継いでる、貴族だからね。

 プラーニュの残りは、貴族に雇われたり、冒険者になったり様々だけど、ほぼ全員がそれなりに有名になってるからすぐに調べはついた。

 問題は、フィナスの卒業生の数人が行方不明になってたことぐらいかな」

「フィナスが……」


 でも、人工モンスターの目撃件数はかなり多い。

 ほんの数人程度が行方不明になったところで、人工モンスターの素材になったと言い切ってしまっていいものか。

 それに、あの天才集団の脳をわざわざそんな実験に利用するだろうか。

 行方不明はもっと別の理由と考えた方がいいかもしれない。


「エイレネ全体の行方不明事案についてはどうだった?」

「件数はほぼ横ばいだね、ここ数年は微増傾向にあるみたいだけど、それも不景気による治安の悪化と思えば不自然な変化じゃない。

 研究が数十年前から続いてるっていうんなら話は別だけど、そうでも無い限りは、一般市民が誘拐されて研究に利用されてるとは考えにくいんじゃないかな」

「だったらどこから研究に使う人間を連れてくるんだろう……」

「帝国から、とかだったりしてね」

「あんな壁に囲まれた国にわざわざ入り込んでまで?」


 さすがに無理がある。

 一流の魔法師なら侵入できるかもしれないけど、わざわざ大きな戦力を失うリスクを犯してまで魔法師に誘拐をさせるメリットが見当たらない。

 もっと別の可能性、例えば――


「研究に政府が関連しているとすれば、そもそも犠牲者は行方不明者としてカウントされていないのかもしれない」

「マオ、それはどういうことだい?」

「例えば……」


 僕の脳裏にユリとリヴリーの会話の記憶が蘇る。

 ユリの姉と、リヴリーの兄は、確か学院の試験を受けて、そのおかげで辺境の警備として雇われたと言っていたはず。

 けど、ユリはともかくとしてリヴリーはわざわざ会いに行ったって話をしてたし……いや、でも調べてもらう価値はあるかもしれない。

 必ずしも全員が研究に使われたってわけでもないだろうし。


「辺境の警備、とかどうかな」

「ああ、学院の入試で成績優秀だった人間が雇われるって話かい?」


 ヘルマーも知ってるんだ。

 僕が知らないのがおかしかったってことなのかな。


「有名な話なんだ」

「有名というか、学院について調べてるうちにね。

 そうか、確かにあれなら肉親に悟られないうちに行方不明になっていてもおかしくはない、それに万が一気付かれたとしても警備中の事故で命を落としたとでも言っておけば言い訳にはなる」

「調べられるかな」

「無理、ではないけど……おそらく卒業者の進路を調べるよりは時間がかかると思うけど、いいかな」

「僕の卒業までに終わるなら」

「それなら問題ない。

 途中でわかったことがあればその都度知らせるようにするよ」


 これで、せめて犠牲者の出処だけでもわかるといいんだけど。

 小難しい話が続いたからか、ヴィトニルが退屈そうにあくびをした。

 このままじゃ本当に寝てしまいそうだから、早いところ話を切り上げるかな。

 でも最後に一つだけ、確認しないといけないことがある。


「あと、もう1つ聞きたいことが会ってさ。

 ヘルマーは、真なる平和の夜明け(リベラティオ・エイレネ)って知ってる?」

「国内で活動してる反政府組織だろう?

 数日前に死んだ議員も、死因は明かされてないけど連中に暗殺されたって話だ」

「じゃあこっちも有名なんだ」

「有名ではないかな、政府はひた隠しにしてるからね。

 彼らの名前を広めないことで、これ以上規模を拡大させないっていう狙いがあるみたいだ。

 それでも、最近は若者を中心に参加者が増えてるらしいね」


 このあたりは前世の世界と一緒か。

 景気が悪くなるとどうしても若者たちの不満が高まり、過激な方に流れる者も多く出てくる。

 まあ、政府が腐敗してるってわかってる以上、僕にはどっちが正しいとも言い切れないんだけどさ。


「で、連中がどうかしたのかい?」

「学院にスパイとして入り込んでる可能性があるって噂を耳にしたから、どんな集団なのか気になったんだ」

「そういうことか。

 あまり近づかない方がいいことはだけは間違いない、僕たちと目指す処は同じかもしれないけど、危険な思想の持ち主だからね」


 近づきたいわけじゃない。

 ただ、気になったんだ。

 もしP-4クラスにスパイが潜り込んでいるのだとしたら、僕が普通に友人として接してる誰かがそのスパイなのかもしれない。

 そう考えると、何を信じていいのかわからなくなっちゃって。

 ……まあ、僕も人のことを言える立場じゃないんだけど。






「んっ……くううぅぅ……っ」


 その日の夜、魔王城の自室に僕の声が響いていた。


「ここですだ? ここがええのんですだ?」

「あぁっ、そこ、そこぉっ!」

「魔王さまは相変わらずええ声で鳴いてくれますだ。

 マッサージのしがいがあるというものですだ」


 半液体のぐにゅりとした圧力が、僕の背中を覆っている。

 学院での勉強と、魔王としての責務。

 その2つで疲れ果てた僕は、最近は毎日のようにミュージィを呼んでマッサージを頼んでいた。

 巧みな力加減で絶妙に凝った部分を揉みほぐすその技巧は、絶対に人間では再現できない至高の快楽だ。

 男のこんな声なんて誰も喜ばないとは理解しつつも――


「はあああぁぁぁぁっ!」


 声を抑えられずにはいられない。

 ああ、こんな顔、ミュージィ以外には見せられないな。

 実は、部屋に居るニーズヘッグにはばっちり見られてたりするんだけど。

 そこ、顔を赤くしない。

 あと太ももをもじもじさせるのもやめてくれ。


「ふぅ……ありがと、ミュージィ」

「お安い御用ですだ、また凝ったら私を呼んで欲しいですだ。

 なんだったら、魔王さまのために一肌脱いで、特別サービスで服越しでなく全裸でのあれやこれやなマッサージもしますだ」


 顔を赤らめながらそう言うミュージィ。

 冗談っぽくないところが非常に怖い。

 せめてそういうのはニーズヘッグが居ない所で言って欲しい。


「それでは、私は帰りますだ」


 部屋を絶妙に微妙な空気に変えて、ミュージィは去っていった。

 気まずさに目をそらす僕と、なぜかガン見するニーズヘッグ。


「別に、私はマオ様を束縛するつもりはない。

 私さえ愛してくれるのなら、他の女に手を出しても構わぬよ」


 そうなんだよね、ニーズヘッグはそういうスタンスなんだよね。

 かといって、僕にそんな甲斐性があるわけもなく。

 とにかく今は、ニーズヘッグに夢中になるので精一杯だから。


 ミュージィを見送るために立ち上がった僕がベッドに腰掛けると、部屋に片隅に座っていたニーズヘッグも僕の隣に腰掛けた。

 ここがすっかり僕たちの定位置になっている。

 ベッドの上に座ってると……こう、色んな展開に対応しやすいからね。


「しかし最近は毎日のようにミュージィを呼んでおるな。

 二重生活で疲れているのであろう、辛くはないのか?」

「楽しんでやってるから、辛いってことはないかな」


 学院に行きたいっていう提案自体、僕のわがままみたいなものだしね。


「マオ様は一般的な魔物に比べて体力では劣っておるのだ、無理はするでないぞ」


 ニーズヘッグはやけに僕を心配してくる。

 この一ヶ月の間に一度だけ風邪をひいたことがあって、ドラゴンはそういう病気にかかることがないから、余計に心配をかけているのかもしれない。

 体力で劣ってるってのも事実だから。


「学院は週1で休みもあるから、その辺は大丈夫だよ」

「ほう、なら今週の休みの日の予定を聞かせてもらおうではないか」

「んー……コロッセオ建築現場を見に行って、連れてきた新しい冒険者のおもてなしの様子見、あとは新しく生まれたフェアリーのお祝いに……」

「休む気はあるのか?」


 コロッセオは完成間近で見ないわけには行かないし、冒険者の件も計画に必要なことだから丸投げには出来ない。

 フェアリーのお祝いは僕の方が勝手にやってることで、今さらやめようとも思ってないし……どれも必要不可欠な用事なんだよね。


「はは、僕がどう思うと予定は勝手に埋まるもんだから」

「世知辛いのう……ならばせめて」


 ニーズヘッグは僕と少し距離を取ると、自分の太ももをぽんぽんと叩いた。


「ここで休むがよい」


 控えめに言って、僕の彼女は最高です。

 遠慮せずに僕はニーズヘッグの太ももに飛び込んだ。

 柔らかく暖かな感触が僕の後頭部を包み込む。

 楽園はここにあったのだ。


「幸せそうな顔をしよって」


 そういうニーズヘッグも、僕に負けないぐらい幸せに笑ってるくせに。

 ああ……確かに学院と魔王の二重生活はきついし、楽しい分を差し引いたってやっぱり辛いものは辛いんだけど――毎晩こうしてニーズヘッグと触れ合うことで、最終的にはプラスになる。

 おかげで、明日もまた頑張れそうだ。






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