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その4 魔王さま、思いがけず掘り当てる

 





 場所は変わり、魔王城。

 ニーズヘッグの洞窟から脱出した僕は、玉座に座りながら、こっちを睨んでくる美少女と対面していた。

 純黒の髪に、黒のドレスを纏った、色白の正統派美少女。

 前世の僕が遭遇していたら、つい一目惚れしてしまうほどのレベルの高さだ。


「く、屈辱だ……このようなことが、あっていいわけが……!」


 彼女はその名を――ニーズヘッグと言った。

 そう、あの巨大で黒くて極めて生意気な竜、あのニーズヘッグだ。

 なんでこんなことになったのかと言えば、僕の魔法、メタモルフォシスによって”強制擬人化”されてしまったのだ。

 彼女がメスだったことは想定外だったけど、尊厳をぶっ壊すという目的は達せたのだからまあ善しとしよう。

 重低音ボイスを聞いた時は、てっきり渋いおじさんだと思ってたんだけどな。


「はっはっは、どうだいニーズヘッグ、さんざん愚かだとバカにしてきた人間になった気分は」

「屈辱だと言っておるだろうが!」


 だろうね。

 僕がかっこいい竜だったとして、いきなり美少女になったら死ぬほど悲しいもん。

 せめてカッコイイ騎士とかにしてくれって懇願するに違いない。

 ただし、別に力を奪ったわけでもなければ、妙な魔法を仕込んで強制的に言うことを聞かせているわけでもない。

 彼女が大人しく城まで着いてきてくれたのは、僕の配下になるという提案を飲んでくれたからだ。


「本当に良かったんですかマオさま、こんな問題児を最初の配下なんかに選んで。ろくに役に立つとは思えませんよ?」

「失礼なやつめ、伊達に邪竜を名乗っておらんわ、私ほどの竜になれば使い道はいくらでもある! それにな、私とて立場ぐらいはわきまえておる、自分より遥かに強い相手に逆らおうとは思わん」

「って言ってるし、割と忠誠心も高そうだからいいんじゃないかな」


 僕的にはデモンストレーションとしては地味かなと思ってたんだけど、あの修復魔法はニーズヘッグにかなりのインパクトを与えたみたいだ。

 今の所、彼女の視線に反抗的な部分は一切見受けられない。


「ぐぬぬ……見た目はこんなんになってしまいましたが、元は邪悪な竜ですよ?」

「こんなんって言うでない、私も気にしておるのだ」

「くれぐれも、寝首をかかれないよう気をつけてくださいね」

「だから裏切らぬと言っておるだろうに……」


 噛み合ってるんだか噛み合ってないんだかよくわからない、愉快な問答を繰り広げるグリムとニーズヘッグ。

 グリムの言うとおり、ニーズヘッグが配下に加わったことで、いくつかの問題は発生するかもしれない。

 けど、昨日よりさらに騒がしくなった魔王城を見てると、そんなことは些細な問題だと僕には思えたんだ。






 住人が一人増えた魔王城だったが、まだまだこの程度ではグリムは満足していなかった。


「さあさあ、どんどん倒してどんどん名を上げましょう、マオさま!」


 東西南北、あらゆる土地に住む強力な魔物の名前を挙げていくグリム。

 ニーズヘッグはそんな話を退屈そうに聞いていたのだけれど、話が始まってから5分ほど経ったところで、おもむろに口を開いた。


「魔王様よ、喉が渇いたのだが水はどこで飲める?」

「ニーズヘッグ、まだ私が話している途中ですよ?」

「私が聞く必要がある話でも無かろう、それよりも水だ。まさか無いというわけでもあるまい」

「実は、そのまさかなんだよね」

「……なんだと?」


 ニーズヘッグは呆れ顔だ。


「なにしろ長年放置されていた城ですからねえ。ライフラインは一切ストップしています」

「おぬしら、どうやって生きていくつもりなのだ?」

「まずは魔王としての実績をあげる方が先だと思ったのです! 城の設備を整えるのは後からでも……」

「僕は先の方がいいと思うな」


 むしろニーズヘッグを倒しに行く前に、水や食料の問題を解決しておきたかったんだけどね、グリムが許してくれなかったから。

 昨日は魔法で生成した水を飲んだり、体を洗うのに使ったわけだけど、住人が増えたらそういうわけにもいかないし。


「むぅ、仕方ありませんね。しかしどうするのです? 以前は水を管理する専門の魔物が居たので問題なかったのですが」

「魔王様が管理する……と言うわけにもいかないだろうな、そんな仕事を魔王がやっていたのでは威厳がガタ落ちだからな」

「なら、水源でも掘り当てるっていうのはどうかな」


 二人はぽかんとしていたけど、僕は本気だった。

 その方法だってとっくに思いついてるからね。






 僕はグリムとニーズヘッグを連れて早速外へ出た。


「本当にそんな方法で見つかるのか?」


 小石を手に取る僕へ向かって、ニーズヘッグが疑いの視線を向けている。

 僕だって理論はわかってないし、オカルトじみた方法だとは思うけど、実績がある以上は使わない手は無い。


「ダウジング、か。長年生きてきたが、そのような方法は聞いたこともないな」

「私も魔導書なのに聞いたことありません、どこで得た知識なのですか?」

「ちょっとね」


 さすがに前世の知識とは言えないので、ここは伏せておく。

 握った小石に魔力を込めると、そいつは糸の無いペンデュラムと化した。

 小石は命を得たようにふわりふわりと僕の周囲を飛ぶと、やがて体を離れて、周辺をしらみ潰しに調べていく。

 僕が知ってるダウジングの光景とは違うけど、やってることは全く同じ。

 水脈を見つけたら、あの小石が動きでそれを伝えてくれるはずだ。

 小石は魔王城の入り口を出て、裏手へと回っていく。


「そういや、まだ裏の方は一度も見たこと無かったけど、何かあるの?」


 グリムに問うと、彼女は心なしか寂しそうに答えた。


「栄光の残骸、ですかね。庭があるんですよ、昔は色とりどりの花が咲き誇り、魔物界が誇る一流の彫刻形の美麗な作品が並ぶ、地上で最も素晴らしい庭園だったんです」


 残骸と言うからには、すでにその庭は残っておらず――僕が目にした城の裏手は、文字通り、いくつかの彫刻作品の残骸が転がっているだけの、荒れ果てた草地と成っていた。

 余裕が出来たら、いつかこの庭を昔の状態に近づけてみてもいいかもしれない。

 前世じゃマイホームなんて夢のまた夢だったし、庭いじりも中々楽しそうだ。

 グリムはノスタルジーに浸りながら、速度落とし庭を漂っていたが、小石はマイペースに庭を横断し、さらに先へと進んでいく。


「どこまで連れて行かれるんだろうねえ」

「水を手に入れるためなんだから、もう少し我慢してよ」

「以前はちょっと脅すだけで、何もかも手に入っていたというのに。不便になったものだ」

「自分で何かを手に入れてみるってのも、案外楽しいかもよ」

「青臭いことを言うのだな、魔王様のくせに」


 ニーズヘッグはやけに冷めている。

 話によると千年以上もあの洞窟に引きこもっていたというのだから、心が温度を失ってしまうのも仕方ないことだ。

 一緒に歩いて、少しずつ熱量を取り戻してくれるといいな……って、これも彼女に言わせれば青臭いってことになるのかな。


 そこから少し進んで、山を下り始めた所で、小石は動きを変えた。

 ある一点を指し示すように、ぐるぐると回っている。


「小石の動きが変わりましたね、ここの地下に水脈があるということですか? ですが、どうやって掘れば……」

「私がブレスで掘ってやろうか?」


 ニーズヘッグに任せても出来るだろうけど、力加減の問題もある。


「いや、僕がやるよ。ちょっとイメージを構築すればすぐに出来るからさ」

「何でもありですね、マオさま」

「それならお手並み拝見と行こうか。再生だけでなく、破壊もどの程度なのか見ておきたいからな」


 そう言えば、彼女にもグリムにも、僕の力で何かを壊す所を見せてなかったな。

 とは言え、言うほど盛大に壊すつもりは無いんだけど。

 必要最低限、水が通る穴さえ開けることができればいい。

 イメージするのは、鋭く、放てばどこまでも飛んでいく光の槍。

 しかし水には非常に弱い、触れた瞬間に消えてしまうほどに。

 これで水脈にたどり着いた瞬間、そこで光の槍は止まってくれるはず。

 あとはこの魔法に、それっぽい名前をさえつけてやれば――


「ピアッシング・レイ!」


 ドンッ!

 僕は拳を地面に叩きつけ、凝縮した魔力を放った。

 強く短い衝撃音が鼓膜を揺らす。

 放たれたピアッシングレイは、土も岩盤も何もかもを硬度を無視して等しく貫き、どこまでも深く進んでいく。

 僕は目を瞑りながら、自分が放った魔力の様子を感じ取っていた。

 そして、光の槍が水脈に触れる。

 その瞬間、放った魔法は泡のようにサッと消滅した。


「よしっ」

「終わったのか?」


 ニーズヘッグは拍子抜けしてしまったようだ。


「悪かったね、期待に添える魔法を見せられなくて」

「いや……むしろ驚かせてもらったよ、もっと大雑把な魔法しか使えないのだと思っていたが、細かい制御までお手の物とはな。穴は深く続いておるというのに、崩れる様子がない。私のブレスではそうは行かないだろう」


 褒められて悪い気はしなかった。

 照れくさくて、思わずそっぽを向いて後頭部をポリポリと掻く。


 しかし水脈はよほど深くにあるのか、中々せり上がってこなかった。

 濡れたら面倒だ、というニーズヘッグの意見で少し離れたところから穴の様子を見ていると、やがてゴゴゴゴゴゴ……と地を揺らすような音が聞こえてくる。

 失敗してたら格好つかないな、と思ってたけど……よかった、ちゃんと成功してたみたいだ。


 ゴポリ、と茶色い水が湧き出してくる。

 けれど湧き出す水の量が増えるに連れ、その色は澄んでいき、やがて天に向かって噴き出すようになるまでには、水は完全に透明になっていた。

 あたりに散る水しぶきが太陽に照らされ、虹を描く。


「うわぁ……キレイですね、マオさま」


 グリムの言葉に、僕は静かに頷いた。

 離れた僕達にも水しぶきはかかっていたけど、顔が濡れたって構いやしない、虹の美しさに比べれば些細な問題だから。

 ……それよりも。

 大きな問題が別にあることに気づくまでに、そう時間はかからなかった。


「なあ、魔王様よ」

「どうしたんだい、ニーズヘッグ」


 彼女もその問題に気づいたのか、僕に話しかけてくる。

 とっくに原因はわかりきっていたけれど、僕は確認のため、一応ニーズヘッグの意見も聞くことにした。


「ぬるいな」

「やっぱ気のせいじゃないよね」


 そう、大きな問題とは、顔に飛んでくる水しぶきがやけにぬるかったこと。

 よく見てみると、天高く噴き出す水……もといお湯からも、モクモクと湯気が上がっている。


「おそらくこれは、温泉だな」


 温泉が出たこと自体は喜んでいいんだろうけど――ほら、欲しかったのは飲料水とかに使える水、だからさ。


「これでは生活用水には使えんな、どうする?」

「ど、どうしましょうかマオさまっ」

「んー……」


 とりあえず悩むふりをしてみる。

 水の問題は解決しなかったんだけど、温泉が出たってことは、もうやるべきことなんて一つしかないんじゃないかな。


「やるべきことは一つしか無いと、私はそう思っているぞ」


 水を欲しがっていたはずのニーズヘッグは、存外に乗り気だった。

 彼女がそう言うんなら、僕も乗っかっちゃっていいのかな。

 どうせこのまま温泉を噴き出したまま放置するわけにもいかないし、風呂もあって困る施設じゃない。


「温泉、作っちゃおうか」


 こうして、水を確保するという目的は見事脱線し――魔王城の中に温泉施設を作るという、妙な計画が始まったのであった。






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