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その31 魔王さま、奇妙な生物を追う

 





 持ち帰った謎の生命体の死体をフォラスに見せると、彼女は眉一つ動かさずに平然とこう言ってのけた。


「女性へのプレゼントとしては最悪の部類だ」


 今それを言う必要、ある?


「そう呆れた顔をするな。

 私だって女なのだから、たまには魔王君から女性らしく扱われたいと軽くアピールしてみただけだ」

「今度は気の利いたおみやげでも持ってくるよ」

「魔王君に気を利かせるのはさすがに忍びない」


 だったらどうしろと。

 絶妙な絡みづらさを感じながら頭を抱える僕をよそに、フォラスはつかつかと死体に近づき興味深そうに観察を始めた。


「頭部が妙だと思ったら、中身は人間の脳みたいだな」

「やっぱりそうなんだ」

「強引に埋め込んだのか、これではまともに機能はしまい。

 しかし、確か言葉は喋るんだったな」

「こんばんはって同じ言葉何度も繰り返してただけだよ」

「夜に出会った相手にはこんばんは。

 その程度の常識と、魔法の詠唱は覚えているわけか。

 まだ未完成なのか、それともあえてそのレベルの知性だけを残しているのか。

 名付けるとすれば……さしずめ、人工魔物と言ったところかな」

「魔物って言葉は使って欲しくないな。

 僕の印象では、水の遺跡で見かけたモンスターに近いように感じたんだけど」


 そういえば、あれも神様とやらの作ったまがい物なんだっけ。

 侵入者を見たら片っ端から襲うという、本能だけで作られた化物だった。

 どちらかと言えば、生物言うよりは機械に近いような。


「確かに、これと同じに扱われるのは私も嫌だな。

 ならば人工モンスターとでも呼ぶか。

 しかし、人間からしてみれば我々の呼び名など関係ない、獣の体を持ちながら言葉を喋り、魔法を放ってくるのならそいつは魔物だ。

 魔物のイメージ改善に尽力している所なのだし、放置しておくのはあまり良くないのではないか?」

「せっかく頑張ってるのに、イメージダウンだよね。

 もう少し情報を集めてみるよ、可能なら駆除してしまいたい所だけど、せめて一体どこの誰がこんな真似をしてるのかぐらいは把握しておきたい」

「私ももう少し死体を詳しく調べてみよう。

 何かわかったら、魔王君の所に報告に行くよ」

「忙しいのにありがとね」

「気にするな、忙しいのは嫌いではない」


 以前のフォラスなら何よりも実験を優先しそうな印象だったけど、今の彼女は本心からそう思っているようだった。

 それだけ教師としての生活が充実してるってことかな、今じゃディアボリカ中の子供が フォラス先生フォラス先生って懐いてくるぐらいだからね。

 爆発フェチって聞いた時は驚いたけど、何が向いてて何が不向きかなんて、直感だけじゃ意外とわからないもんだ。

 もっとも、今もフォラスの嗜好は変わっておらず、定期的に研究室に引きこもっては、色んな物を爆発させて悦に浸ってるようだけど。

 ……爆発を見て、頬を紅潮させながら、エビのようにのけぞってるあの姿だけは子供たちに見せたくないな。






 翌日、僕はヘルマーの元へと商談に向かうついでに、例の人工モンスターについて知らないか聞いてみることにした。

 するとどうやら心当たりがあったみたいで、すぐさま僕の質問に答えてくれた。


「ちょうど二ヶ月ぐらい前だったかな、サルヴァ帝国との国境付近で妙な魔物が現れたっていう情報が流れたのさ」


 ヘルマーは砕けた口調でそう話す。

 僕たちの運命は一蓮托生、かしこまった喋り方はやめようと昨日決めたからだ。


「その後も目撃情報は相次ぎ、最近じゃ本当に襲われる者まで現れた」

「国境付近か……」

「いや、それ以外の場所でも目撃情報は出てる。

 体は獣なのに、喋るのは人間の言葉。

 どう考えても魔物としか思えない生物だった。

 けれど、何らかの原因でエイレネ周辺の魔物が居なくなった事実はすでにみんなが知るところだ。

 そのせいもあって、しばらくするととある噂が流れ始めた」

「噂?」

「魔物の出現は、隣接するサルヴァ帝国の仕業だ、ってね。

 噂のせいで、最近は国境地帯を中心に緊張が高まってる。

 政府も、金鉱の採掘量減少や、政治のゴタゴタから国民の目をそらすために反帝国感情を煽ってるみたいで、自体は沈静化するどころか悪化する一方だ」


 いかにもありそうな手段ではあるけど、煽った先にあるものは戦争しかない。

 エイレネ共和国とサルヴァ帝国は数十年前まで本当に戦争をやりあってて、今も休戦状態というだけで正式に和平が成立したわけじゃない。

 エイレネ側がこんな手段に出るっていうんなら、帝国も黙ってないと思うんだけど……。


「政治家との繋がりが強いユリシーズ商会からしてみれば、不安定な情勢は商売のチャンスってところなのかな」

「そうかもしれない。

 僕が思うに、政府は戦争を経済状況改善のための起爆剤にしたいんだと思う」


 そう目論んでいた所に、タイミング良く帝国が魔物を放ってくれたってことか。

 いや、待てよ。さすがにそれは都合が良すぎないかな。

 エイレネ共和国とサルヴァ帝国は休戦中とは言え、完全な断交状態にあって、今や帝国は中の様子をうかがい知ることすら難しい。

 そこまで徹底してエイレネを拒絶する彼らが、魔物を放つなんて、回りくどくてうかつな方法を使うとは思えない。

 妙な胸騒ぎを覚えながら、僕はマーキュルス商会の館を後にするのだった。






 魔王城に戻ってきた僕を玉座の間で待っていたのは、不機嫌そうに腕を組んだヴィトニルだった。


「なあ魔王サマ、昨日から城でいやーな匂いがするんだが、心当たりは無いか?

 血なまぐさいっていうか、獣臭いっていうか」


 元獣がそれを言うか。

 しかし、ヴィトニルが言いたいこともわかる。

 彼女はフェンリルの時の性質を引き継いだまま人型になったから、今でも鼻が利いてしまうのだ、おそらく僕が持ち込んだ例の人工モンスターの匂いに気づいたんだろう。


「ごめん、ちゃんと言っておくべきだったね。

 昨日の帰り道、妙な生き物に遭遇してさ。

 その死体をフォラスに調べて貰ってるんだ」

「それでこんなことに……血は嗅ぎ慣れてるから別にいいんだが」


 そう言って去っていくヴィトニル。

 しかし割と我慢強い彼女が言うぐらいなのだから、相当不快な匂いだったんだろう、フォラスの調査もほどほどに早めに処分しておいた方が良さそうだ。


「匂いかぁ」


 どうやって人工モンスターの出処を探るか、なかなかいい案が思い浮かばなかったんだけど、ヴィトニルのおかげで1つだけ思いついたかもしれない。


「センスアップ」


 僕は最近よく使う魔法を発動し、嗅覚を研ぎ澄ます。

 今や僕の鼻は、犬より高性能な匂いセンサーと化した、これで人工モンスターの匂いを覚えて、遭遇した森を調べれば――

 そんなことを考えてみたんだけど。


「う……ぷっ……」


 脳に叩き込まれる、混沌(カオス)としか言いようのない強烈な臭いの塊。

 そいつが三半規管を破壊したのか、視界がぐらりと揺れる。

 まともに立つことすら出来ず、僕は吐きそうになる口元を片手で抑えながら、壁に寄りかかった。

 もちろん、センスアップはすでに解除している。

 どうも僕の嗅覚は、城の中に存在するありとあらゆる物体の臭いを嗅ぎとってしまったみたいだ。


「嗅覚が……ここまでとは……はあぁ……」


 そのまま床にへたりこむ。

 聴覚の時はまだ行けたんだけどな、嗅覚はきっついか。

 鼻でこれなら、味覚とかも無理なんだろうな。


「魔法が強力すぎるのも考えものだ……」


 とは言えヴィトニルは常にあれを嗅ぎながら生きてるわけで、要は慣れってことなんだろうけど……僕はパスかな、

 匂いを追うのは素直にヴィトニルにお願いすることにしよう。







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