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その22 魔王さま、人間と触れ合う

 





 ザガンがスープを持って部屋に入ってきたのは、会議も終わり長たちがいなくなった後だった。


「どうだまおーさま、わたしの特製ポタージュだぞ!」


 なぜかザガンは、スープを自慢げに僕の方に見せてきた。

 オークが作るジャロ芋を使ったポタージュのようで、芋の身が元々紫色だから、スープ自体もなかなか毒々しい色をしている。

 でも、香りを嗅いだだけで味が間違いないことはわかった。


「よく出来てるね。じゃあさっそく、あの子に飲ませてあげてくれないかな」

「はっ、そうだった!」


 本気で忘れてたのか、さすがザガン。

 彼女は今度こそ少女の方にスープを持っていくと、少量をスプーンで救い、その口元へと運んだ。


「ザガンの姿が見えないと思ったら、スープを作らせていたんですね」

「とりあえず胃袋に何か入れてあげないとと思ってね」


 放って置いたらあと1日も保たなそうだったから。

 それにしても、さっきからグリムが何だか不機嫌そうだ。

 前魔王を否定したのがまずかったのかな。


「人間にもお優しいんですね、魔王さまは」

「さっきも言ったけど、彼女の力が必要だから」

「そうですよねー、必要ですよねー、使えない魔導書の私なんかよりよっぽど人間の方が役に立ちますもんねー」

「まさか人間に嫉妬しているのか、グリムよ」


 ふてくされるグリムに、面倒な絡み方をするニーズヘッグ。

 今回の件に関しては、グリムには黙っておいた僕が一方的に悪い。

 ここは素直に謝っておこう。


「申し訳ないと思ってるよ、でも以前の魔王に仕えていたグリムに話したら反対されるだろうと思って黙ってたんだ」

「反対するに決まってます! 人間の社会に魔物の文化を根付かせるなんて、そんな発想は以前の魔王は……しなかったわけでは、無いのですが」

「無いの?」

「はい、一応はそういう案もありました。ですが、当時は魔物が勢いに乗ってましたから、そんな日和った案は採用されなかったわけです」


 前の魔王も色々大変だったんだな。

 統治者として、ただがむしゃらに領地を広げるってわけにもいかなかったろうし、かといって立ち止まるわけにもいかないだろうし。


「そう考えると、早い段階で長たちに打ち明けたマオさまの判断は正しいのかもしれません。今はマオさまに従順な種族ばかりですし、彼らは血の気もあまり多くないですからね」


 なら何が不満なんだろ。


「で、も! 私に黙って計画を練っていたことはやっぱり納得いきません。最近はニーズヘッグとばかりいちゃいちゃしてるようですし、たまにはいたいけで従順な可愛らしい魔導書がいることも思い出して欲しいものです」

「いっ……いちゃいちゃなどしておらん!」


 僕もしたつもりはないけどさ。

 顔を真っ赤にしながら反論したって効果は無いと思うよ、ニーズヘッグ。


「おいしいか? まだまだいっぱいあるから、たんと飲むんだぞ!」


 少女はザガンの手に触れながら、ゆっくりとスープをすすった。

 あっちはそこそこうまくいってるみたいだ。

 物を飲み込む力も残ってないんじゃないかと思ったけど、スープは順調に減っている。


「それにしたって、人間とは愚かな生き物ですね。自分と同じ種族の子供を、金のためとはいえ魔物に売り渡すだなんて」

「奴隷売買は法律で禁止されてるはずなんだけど、まだまだ裏では売買が盛んに行われてるみたいだね。僕も噂で聞いたことはあったけど、実際に見ると……」

「裏で取引が行われていることがわかっているのなら、なぜ取り締まらないのだ? やろうと思えばできるはずだが」

「奴隷を買えるのなんて、金を持ってる貴族だけだよ。制度を作ったのも貴族たち、奴隷売買するのも貴族たち」

「法律に自分たちにとって都合のいい”穴”を残しておいたわけか」

「やっぱり愚かですね」


 それに関しては、僕も全く同じ感想を持ってる。

 素直に雇えばいいのに、なんでわざわざ奴隷なんて買うのか。

 まあ、十中八九、人には言えない用途に使うためなんだろうけど。


「だ、大丈夫か? 無理して起きないでいいんだぞ?」


 寝そべっていた少女がゆっくりと体を起こしている。

 スープを飲んで体力が戻ったのかな、顔色も良くなったみたいだ。

 これで一安心だ。


「たべ、る?」


 起き上がった少女は、ザガンに対してそう尋ねた。


「このスープはおまえのだ、わたしは食べないぞ?」

「ちがう。たべる?」


 よく見ると、少女は自分の腕をザガンの方へと差し出していた。

 僕としたことが――何が一安心だか。

 僕は奴隷に対して、生活に困窮した親に売られるとか、山賊に攫われるとか、戦争孤児だとか、そんな嫌々奴隷になるシチュエーションばかりを想像していた。

 でも世の中には、自分が人間である以前に奴隷なのだと自覚ししてしまう人間だっている。

 歪んだ常識、間違った倫理観を正しいこととして教え込まれた、生まれつきの奴隷たち。

 たぶん、それがこの少女だった。


「気を使うな、わたしは食べないと言ったら食べないからな。そうだ、そういえばおまえの名前を聞いてなかったな」

「なまえ? よく、わからない」

「名前だぞ? 人間だったら名前ぐらいあるだろう」

「ごしゅじんさま、カント、よんでた」

「そうかカントか、おまえの名前は――」

「ザガンッ!」


 僕が声を荒げると、ザガンは肩をビクッと震わせた。

 いや、ザガンだけじゃない、少女も、ニーズヘッグも、グリムも、なぜ僕が大きな声を出したのか全く理解できてない様子だった。


「まおーさま、どうしたんだ? びっくりしたぞわたしは」

「……ごめん、ボリューム調整を間違えた。その……カントって名前は、奴隷だった時の名前なんだよね。でも彼女はもう奴隷じゃない、立派なこの国の住人だ。だったら、ちゃんと新しく名前をつけてあげるべきだと思うんだ」

「そういうことか。でも、どんな名前をつけたらいいんだ? まおーさまが考えてくれるのか?」

「んー……」


 言い出したのは僕なのに、すぐに浮かんでこないのはかっこ悪いな。

 女の子だし、可愛い名前がいいんだろうけど。

 変にひねる必要は無いのかな、例えばオーソドックスに――


「フラウ、とかどうかな」

「花か、可愛らしいネーミングセンスをしているのだなマオ様は」


 ニーズヘッグに可愛いと言われてしまった。

 すごく恥ずかしい。


「そういうわけだ、今日からおまえの名前はフラウだぞ」

「フラ、ウ?」

「そう、フラウだ。花って意味らしいぞ、素敵な名前じゃないか」

「フラウ……わたし、フラウ……」

「まおーさまがくれた名前なんだから、大事にしないといけないぞ。お礼も言わないとな」

「まおーさま、ありがと」


 そう躾けられているのか、深々と僕に頭をさげるフラウ。

 丁寧なお辞儀だったが、僕にはそれがとても痛々しいものに見えて、引きつった笑顔を返すことしかできなかった。


「まおーさま、質問、いい?」

「いいよ、気になることがあったら何でも聞いてよ」

「どうして、わたし。もう、奴隷じゃない? どうして、奴隷にしない?」

「フラウがこの国の住人だからだよ。王として、みんなには幸せになって欲しいと思ってるからね。その範疇にフラウも含まれてるんだ、奴隷になんてするはずがない」

「奴隷じゃない、どうしたら、いい?」


 フラウは今までの人生の全てを奴隷として過ごしてきた。

 栄養失調気味の体だから、外見から年齢はわからないけど、たぶん僕とそう変わらないはず。

 とっくに奴隷としての生き方が全身に染み付いている。

 それを今更変えろと言われても、戸惑うのは当然のこと。


「どう生きていきたいかは、フラウ自身が決めることだよ。急かさないから、少しずつ考えていくといい」

「よく、わからない」

「大丈夫だぞ、私もいっしょに考えるからな!」


 ザガンがフラウの手を取って言った。

 彼女の底なしの明るさは、フラウの閉じきった心を強引に開こうとしている。


「わからない、だらけ。わたし、ずっと奴隷。それ以外、知らない。やっぱり、よく、わからない。わからない、けど……わたしは、生きてて、いい?」


 その時、僕はフラウから初めて感情らしい感情をぶつけられた気がした。

 死への恐怖って、本能だ。

 どんなに怖くないと思っても、生きてる時点で、大なり小なり死への恐怖感は必ず心のどこかに生まれてしまう。

 それは奴隷として生きてきたフラウも例外じゃない。

 本当は生きていたかったんだ、餌になんてなりたくなかったんだ。


「ああ、思う存分生きていいんだよ。フラウが生きることを邪魔するやつが現れたら、僕が必ず守ってみせるから。それが魔王としての僕の務めだ。だから……今まで手に入らなかった分、好きに生きるといい」


 好きに生きていい。

 その言葉を理解したのか、フラウはホロリと涙を流した。

 頬を流れる雫に指で触れ、濡れた指先を見てフラウは戸惑っている。


 自分の感情をさらけ出すことすら許されなかった。

 ただひたすらに、従順に使われるだけの人生だった。

 それが突然に終わりを迎えた事に対する戸惑いと、喜びとが混じり合って、溢れ出して、それがフラウにとって人生最初の涙になったんだ。


 僕はフラウの面倒を、同じ女の子であるザガンに任せることにした。

 ザガンにはなついているようだし、あれで家事もできる上に、面倒見もいいみたいだから。

 会議室を出た僕たちは、少し休むために自室へと戻る。

 ナチュラルにニーズヘッグとグリムが付いてきたけど、今に始まった話じゃないからそのまま話を続けよう。


「あの時、なぜカントという名前を拒絶したのだ?」


 ベッドに座るニーズヘッグが問いかけてくる。

 出来れば忘れて欲しかったんだけど、そりゃ聞くよね。


「なんていうか……あんまり良くない言葉なんだよ」

「奴隷らしい言葉ということですか?」


 グリムも興味津々だ。

 後悔しても知らないからね。


「カントは……あれだ、男性用の道具っていうか。そういう、性欲を処理するためにつかうやつで……」

「ああ、そうか。あの年端もいかない少女を、そのような目的で使っておったということか」

「やっぱり人間は愚かですね」


 言葉をぼかしたけど、二人とも理解してくれたみたいだ。

 フラウは人間としてすら扱われていなかった。

 道具として使われ、売られ、最後には捨てられて。

 魔物たちに売られた奴隷も同じなんだろう、きっと悲しいとか辛いとか考えちゃいない、最初からそういう運命だったんだって受け入れてる。


「それでも魔王さまは、人間たちと戦わないって言うんですね」

「逆だよ、だからこそ力以外の方法で支配したいと思うんだ。壊すんじゃなく作り変える。裏だろうと表だろうと、奴隷商人なんて出来ない世界を作ってみせるよ」


 僕は拳を握り、決意を新たにする。

 そんな僕の横顔を、なぜかじーっと見つめるニーズヘッグ。


「いい顔つきだな、最初に出会ったときとは大違いだ」

「そう?」

「ああ、私はその顔が好きだ。マオ様はまだまだ顔つきに子供っぽさが残っているが、だからこそ時折見せる大人っぽい表情とのギャップが映える」

「まーたいちゃつき始めましたね、この2人は」

「だから違うってば!」


 全力で否定するも、僕の言葉はグリムには届かないのだった。






 そうこうしている間にも、フェンリルの進軍は進んでおり――

 彼らからの使者を名乗る魔物が魔王城を訪れたのは、会議の翌日のことだった。






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