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その21 魔王さま、戦争を回避する方法を見つける

 





 魔王城の一階には、元々会議室らしい部屋があった。

 貴重なアイテムが無いからかさほど荒らされておらず、掃除をしてほぼそのまま会議室として利用している。

 僕が奴隷の少女を抱えて部屋に入ると、すでに集まっていた各種族の長たちは騒然とした。

 ニーズヘッグとグリムも少し驚いている。

 ひとまず少女を部屋の片隅の椅子の上に寝かせ、僕は一番奥の椅子に座った。


「さて、聞きたいことは沢山あると思うけど、まずは僕の話を聞いて欲しい。

 今日集まってもらったのは、北の大地の魔物、主にフェンリルたちが徒党を組んで、南への侵攻を開始しているという情報をケットシーたちから入手したからだ」


 長たちはさらに動揺する。


「魔王様、その話は本当なのか?」


 樹人族の長スィドラが落ち着いた様子で問いかけてくる。


「今朝、僕が直接この目で見てきたよ」


 ケットシーの長老が「早いにゃ」と呟く。


「結果から言うと事実だった。イエティを含む巨人の種族が隊列を組んで進軍してたよ」

「フェンリルでハ無カッタノか?」


 カルヴァトスの疑問はもっともだ。

 僕も最初は不思議に思った。


「僕が見た限りでは、フェンリルは軍勢を先導する2体だけしかいなかった。たぶん彼らは別働隊なんだと思う、本隊は別に居るんじゃないかな」

「その本隊が、ここまで攻め込んでくるってことか?」


 ライムは不安げだった。

 いや、彼女に限った話じゃない。

 会議に出ている長は誰もが不安そうだった。


「十中八九攻めてくるだろうね、そのために色んな魔物の里を襲撃して、戦力として吸収してるんだろうから」

「それじゃ戦争になるですだ? 戦いは怖いですだ、スライム族はあまり戦いに向いてないですだ」


 ミュージィが怯えながらそう言った。


「そこは安心してもらっていいよ、戦争にはならないから」


 戦争はしない。

 僕は決意も含めて、そう言い切ることにした。

 もちろん誰も納得はしてくれない、僕の傍らに飛んでいたグリムですらも。


「無理ですよ魔王さま、このままでは衝突は避けられません! 戦争をしたくない気持ちはわかりますが、ここは戦わないと」


 まったくもってグリムの言う通りだ。

 僕だってそう思ってるよ。


「戦わないとは言ってない」

「でも戦争はしないと?」

「うん、僕たちがやるのは戦争じゃない」


 僕はこの目で彼らの戦力を見てきた。

 まだ本隊は見ていないけど、別働隊があの程度(・・・・)ってことは、本隊もせいぜいあの倍か3倍程度ってことでしょ?

 だったら、戦争なんてはじめから成立しない。

 僕たちと北の魔物たちがぶつかった時に起きるのは――


「蹂躙だよ」


 最初から負けるはずのない戦いを、戦争とは呼ばない。

 500体強の巨人? 2000体を超えるかもしれないフェンリル?

 なんだ、その程度だったら、ニーズヘッグ1人でだって相手できる。

 だってさ、軽く放ったブレスが山をぶち抜く威力なんだよ?

 それを軍勢のど真ん中に放てば、一割ぐらいは数を削れるんじゃないかな。

 部隊は三割も削られたら全滅扱いだって話を聞いたことがある。

 つまり、奴らを相手するにはニーズヘッグのブレス三発だけでいいわけだ。


「戦うのは僕とニーズヘッグぐらいで十分じゃないかな。配下のみんなに危険は及ばないよ、いつも通りに生活してくれていい。今日はそれを言いたくてここに集めたんだ」


 笑いながら話す僕を見て、長たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 同じく笑ってるのはニーズヘッグだけだ。


「……そんなに変なこと言ったかな」

「おぬしが魔王様でなければ、誰も信じなかったろうさ。それぐらい変なことを言っているぞ」


 困ったな、それぐらいは出来ると思われてるつもりだったんだけど。

 じゃなきゃ、冗談でも世界征服だなんて言葉を使ったりしないよ。


「質問があれば受け付けるけど……フェンリルたちについての話はこれで終わりってことでいいかな?」


 長たちがゆっくりと首を縦に振る。

 まあ、一応納得してくれたってことでいいのかな。

 僕としては次の話の方が本番だから、ここでつまづかなくて助かったよ。


「じゃあ次にいこうか。たぶん気になってると思うけど、そこの人間の少女について話したいと思う。フェンリルの話は終わりと言ったけど、実は彼女も連中に関係があるんだ。今朝、偵察に行った時、フェンリルたちの軍勢から離れていく馬車を見つけた。その馬車は奴隷商人のもので、魔物たちに奴隷を売りに来たらしい」

「魔物が人間を買うんですだ?」

「奴隷商人は餌だって言ってたよ。だから、やせ細った彼女は魔物の餌としてすら買われなかった」

「ソレでサラッテ来キタのカ」

「さらうっていうか、馬車ごと持って帰ってきた。馬も2頭いるから、良かったらオークで使ってよ」

「ム……馬か、ソレは助カル」


 オークに引き渡すことに不満がある長は居なかった。

 やっぱり動物を扱えるのはオークだけ、か。

 ケットシーはどうなんだろう、新参者として出しゃばらないように気をつけてるだけの可能性もあるし、あとで聞いておこう。


「でも、なんでわざわざ人間まで連れて帰ってきたですにゃ?」

「そうだな、人間は馬と違って役に立つわけでもない。途中で捨てて来てもよかったのでは」

「僕だって人間なんだけど」

「魔王さまは魔王さまですだ、他の人間とは違いますだ」


 やっぱりそういう扱いなのか。

 目上の存在として認めてくれてると思えば、嬉しくないわけではないんだけど。

 でもそれじゃだめだ。

 本当の意味で世界を征服するつもりなら、避けられない問題なんだから。


「僕は、彼女を配下として迎え入れようと思ってる」


 再び長たちがざわつく。

 下手したら、フェンリルたちの存在を伝えた時以上に。


「この際だからはっきり言っておくけど、僕は前回の魔王の失敗は、人間と敵対したことだと思ってる。知能も技術レベルも高く、数で勝る人間を相手に戦うのは愚の骨頂だ」

「魔王様、失望させないでくれ。

 魔物のための国を作るというからこそ、我々はあなたの配下になったというのに!」


 スィドラが声を荒げる。

 他の長たちも同調する中、ライムだけは冷静に話を聞いていた。

 彼女には花畑の件ですでに話してたからね。


「知ってるよ、僕だってそのつもりだ。けどね、現実的に考えて人間を殲滅することなんて不可能だよ、彼らはフェンリルなんかと比べ物にならないぐらい数が多いんだから」

「ならばマオ様はどうするつもりなのだ?」


 長たちから文句が噴出しそうになる前に、ニーズヘッグが僕にそう問いかけた。

 彼女だけは僕のことをフォローしてくれてるみたいだ、心強い。


「魔物の素晴らしさを人間たちに知らしめる。戦争なんてする気が起きなくなるぐらい、徹底的にね。ねえスィドラ、樹人族が育ててるあの果実、何だったっけ?」

「ネクトルのことか?」

「そう、1個だけ味見させてもらったけどさ、僕はあんなに甘くて美味しい果実を食べたことがない。あれで栄養も高くて健康にも良いって言うんだろう? そんな果実は人間の世界に存在しないよ」

「環境さえ整えば栽培は容易だ、あんな物はいくらでも取れるが」


 さらっと恐ろしいことを言うスィドラ。


「あんな代物が人間の世界に安価で普及したら、果実業界は壊滅的なダメージを受けるだろうね。フェアリーの作る服や花も、オークが作る芋や習得している武術も、スライム族の水の浄化魔法やマッサージ技術も、そのどれもが人間より遥かに優れた物だ。確かに人間は”平均値”で魔物に勝る。けれど、一芸に秀でているのは間違いなく魔物の方だよ」


 それは僕が彼らを近くで見てきて確信したことだった。


「色んな種族が力を合わせれば、必ず人間を超える文化を作ることが出来る。そして自分たちには再現出来ない、より優れた文化を見た時――人間たちはその文化に触れずにはいられない。より良いものを、より便利なものを、人間の欲望って際限ないから。そして魔物の文化が人間の生活の一部になれば、もうこっちのもんさ。人間たちにメリットの無い戦争なんて出来るわけがない、勝っても負けても失ってしまうのは自分たちの方なんだから」


 みんなは黙って僕の話を聞いていた。

 人間に勝つなんて、考えたことなかったんだろう。

 しかも戦争をせずに。


 人間は学ぶ生物だ。

 一度負けても、次の人間が弱点を見つけ出して再び挑んでくる。

 一点特化タイプが多い魔物たちは、例えば水が無ければ生きていけないスライムや、火に弱い樹人族のように、弱点をつかれるといともたやすく負けてしまう。

 そして魔物たちは基本的に、異なる種族で力を合わせようとはしなかった。

 これだけ姿形も生態も違うのだから仕方のないんだけど。

 必要なのは、強引に統治する誰かの存在だったのだ。

 だからこそ、昔の魔王は一気に勢力を広げ、人間たちを追い込んでみせた。

 そこで戦争ではなく、全く別の手段で人間を支配する方法が思いついていれば、この世界はとっくに魔物の世界になっていたのかもしれないけど――


「無理にゃ、そこまでうまくいくとは思えないにゃ」

「そうですだ、いくら話を聞かされても信じきれないですだ。私たち魔物の力だけで、本当にできるですだ?」

「出来るよ」


 強く言い切る。

 虚勢じゃない、僕は本当に出来ると信じているから。


「フェアリーにオーク、スライム、樹人、ケットシー、そしてこれから配下になるだろう魔物たち。ニーズヘッグだっている、グリムも、ザガンも、フォラスだって。みんなの力を合わせて――そして僕の力も合わせれば、実現出来るはず。いや、絶対にしてみせるさ」


 すでにイメージは出来ている。

 さすがにこれは魔法で一気に実現させることは出来ないけれど――達成までの道中に立ちふさがる壁は、僕に乗り越えられないものじゃない。

 だったらあとは、一手ずつ確実に歩を進めていくだけだ。


「そのためには、どうしても人間の力が必要になる。ネクトルを売り込むにしても、いきなり魔物の果実と明かすわけにはいかないからね。最初は、人間が作ったって体で広めないと。納得できない気持ちはわかる、不満があって当然さ。その時は僕に言って欲しい、場合によっては別の方法も考えて――」

「考エル必要ナド無イぞ、魔王様」


 カルヴァトスが僕の言葉を遮った。


「ソコまデ言イ切ルのデアレバ、配下ノ我々ハ信ジるダケダ」

「フェアリーは主に従うだけだよ」

「そうですだ、魔王さまは信頼できる人ですだ。疑ったりして申し訳なかったですだ」

「我々も、ネクトルをべた褒めされたのでは協力するしかないな」

「新参者は文句を言わないにゃ。魔王さまが信じろと言うのなら、信じてみるにゃ」


 理由は様々だけど、長たちは僕のことを信用してくれている。

 自信と責任感が沸いてきた。

 言い切ったからには、なんとしてでも実現させなきゃ。


「ありがとう、みんな」


 いつもの癖で、つい深く頭を下げてしまう。

 案の定、すぐさまグリムに「魔王らしくないです」と小言を言われてしまった。

 それを聞いたニーズヘッグが「それこそがマオ様らしさだ」と言うと、長たちは”違いない”と言わんばかりに笑うのだった。






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