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その20 魔王さま、偵察する

 





 フェンリルたちの南下は驚異的速度で進行し、すでに魔王城から真東の地域にまで及んでいた。

 東を進軍しているのは、遠くから見た限りでは主にイエティ、アイスジャイアント、そしてサイクロプスと言った巨大な種族ばかりみたいだ。

 僕は離れた丘に降り立つと、センスアップを使い視覚を研ぎ澄ます。

 巨人の足元には、大陸の至る所に生息するゴブリンや、湿度の高い洞窟や沼地に生息するリザードマンが歩いていた。

 彼らは北の大地に生息する魔物じゃないはずだから、フェンリルたちの脅しに屈したんだと思う。

 けど、白い毛をなびかせる狼、フェンリルは隊列の戦闘に2体ほどしか居ない。

 城を出る前にグリムに聞いたときは、『フェンリルは繁殖力も高いので、北の大地には沢山いますよ』と言っていたはずなんだけど。


「フェンリルが居る本隊は別にあるってことかな……」


 僕の視界に居る魔物だけでも500体は下らない。

 しかも巨人が多いもんだから、数以上に足音がうるさいし迫力も抜群だ。

 別働隊であの規模なら本隊は1000以上、下手すればその倍はいるかもしれない。


「見逃してくれるって雰囲気でも無いか。むしろ、うちに攻め込むために魔物たちを集めてるんだろうし」


 どう相手したものか。

 可能な限り平和な解決策が無いものかと頭と悩ませていると……地表に不思議なものを見つけた。

 魔物の軍勢から離れていく”馬車”だ。

 馬車ってのは基本的に人間の乗り物で、魔物たちが利用するものじゃない。

 それが軍勢から離れて、人里の方へ移動してるってのはとにかく不自然だ。

 魔物が人間と取引をしたってこと? 一体何のために。


 僕みたいな例外を除いて、魔物たちは人間を嫌っている。

 脆弱な存在だと罵る一方で、数の暴力と知恵の恐ろしさを知っているからだ。

 それに、人間側も魔物を駆除対象としてしか見ていない。

 オークの里での出来事がいい例だ。

 だからこそ、取引なんてするとは思えないんだけど――


 僕はタイミングを見計らって、こっそりと馬車へと近づいた。

 まずは木の陰に隠れて様子を見る。

 馬の手綱を握っているのは、間違いなく人間だった。

 搭乗者は2人、荷台に載っている荷物が少ない所を見ると、やっぱり魔物に何かを渡したあとなのかな。

 フィジカルアップで身体能力を向上させ、走る馬車へと駆け寄った。

 地面を蹴り跳躍、荷台の上に飛び乗り、中へと入る。

 近くに置いてある袋は微かに口が開いており、中に見覚えのない薬草のような物が入ってるのが見えた。

 魔物たちが人間の通貨を持っているとは思えないし、物々交換でもしたのか。


「いくら報酬が良くても、もうこんな無茶な取引はこりごりだよ」

「どうせ例の草を売りゃ一生遊んで暮らせるんだ、奴隷商人からは足を洗うさ」


 取引が無事終わり気が抜けているのか、男性2人は全く僕に気づかない。


「奴隷と言えば、あれはどうするんだよ?」

「あれ? ああ……しばらく進んだらその辺で捨てるよ。魔物の餌にすらなりやしないんだ、持ち帰ったって商品にはならないだろうな」


 彼らの会話を聞きながら、僕は荷台を探った。

 奴隷商人か、ってことは売ったのは十中八九、人間。

 すでに取引後なら、これ以上探っても仕方ないかな――と諦めかけていると、僕の指先が何か暖かく、硬いものに触れた。

 腕だ。

 ほとんど肉が付いていない、骨と皮だけで出来たような細い細い腕だった。

 腕の先を辿っていくと、もちろん体があった。

 頬がこけ、肋骨が浮き出て、生きているのか疑わしいぐらいだ。

 けど、胸が微かに上下している、かろうじて生きているんだろう。


「ぁ……ぁ……」


 微かに口が開き、ぎょろりとした眼が僕を見た。

 その瞳には、自分を助けてくれという懇願も、ようやく救われるという希望も無く、ただただ無感情に揺れている。

 まるで自分の現状を、当たり前のことだって受け入れるみたいに。


 久しぶりに、人間らしい怒りが湧き上がった。

 こんなの、見てられない。

 気づけば体が動いて、商人の頭を握りつぶすように掴んでいた。

 もちろん、手のひらには魔力を集中させながら。


「振り向くなよ、人間」

「ひっ!?」


 僕は魔王を演じながら、冷淡に言い放つ。


「振り向かず、僕の質問に全て答えたら、生かして解放してやる」


 無言で首を縦に振る男たち。

 僕は言葉を続けた。


「フェンリルたちに何を見返りに何を売ったんだ、早急に簡潔に答えろ」

「ど、奴隷だ、目的は知らないが奴隷を売った! 見返りは、薬草だ。北の大地で取れる薬草はあらゆる病を治すと言われてる、それを貰ったんだ!」

「荷台に残ってる子は?」

「売れ残ったんだ、細すぎて買ってもらえなかった」

「この子をどうするつもりだった?」

「……そ、それは」

「早急に答えろと言ったはずだが?」


 手のひらに微かに力をこめる。


「ひいいぃぃぃぃっ!」


 もちろん握りつぶそうとは思っていない。

 けれど商人は手をガタガタを震わせながら酷く怯えている。


「捨てるっ、捨てるつもりだった! もう売り物にもならないから、持って帰っても無駄だと思ったんだ! 答えた、答えたぞ、これで命は助け――」

「ああ、命”だけ”はな」

「へっ?」


 ドゴォッ!

 次の瞬間、商人たちは僕の放った魔法で宙に浮いていた。

 馬車も薬草も、もちろん奴隷の少女も、まだまだ発展途上の魔物の国に取っては貴重な資源。

 使い物にならない部分以外はちゃんと有効活用しないとね。

 ふわりと馬簿と宙に浮かぶ馬車。

 地面に叩きつけられた男たちは、すがるように手を伸ばしながら、その光景を見上げていた。






 空から降りてきた馬車を見て、広場のケットシーたちは目を剥いて驚いていた。

 ちなみに、馬は宙に浮いたあたりでかなり怯えていたの眠らせてある。

 馬車はオークあたりに渡せば有効活用してくれるかな。


「まおーさま、おかえり!」


 ちょうど広場にいたザガンが、元気よく僕を迎えてくれた。


「ただいま、ちゃんと指示通り動いてくれたみたいだね、えらいえらい」

「えっへへー、そうだろう、わたしはえらいんだぞー!」


 こんなことを言いつつも、いくら褒めたって調子に乗らないのがザガンのいい所なのだ。


「迎えてくれたのがザガンでちょうどよかったよ。スープを一人分作って欲しいんだけど、頼んでいいかな?」


 意外なことに、彼女はけっこう料理が出来る。

 一人旅が長かったおかげらしい。


「いいけど、まおーさまお腹がすいたのか?」

「違うよ、お腹を空かせてる人がいてね」


 僕は馬車の荷台に乗り込むと、奴隷の少女を抱き上げ外に出した。

 日光が眩しいのか、少女は目を細めている。


「人間、か?」


 あの素直なザガンですら微妙な反応だった。

 周囲に居たケットシーたちも、何やらひそひそと耳打ちしあっている。

 どれだけ人間が嫌われているのかよくわかる。

 僕が人間扱いされてないってこともね。

 魔物と人間、その間にある確執は僕の想像よりずっと深い。

 少しずつでいいから、今のうちから間を埋めていかないとな。


「そう、人間だよ。フェンリルたちに売られた奴隷みたいだ」

「あのフェンリルたちが人間を買ってたのか?」

「餌にするためみたいだけどね、彼女はその売れ残りだってさ。どうやら長い間何も口にしてないみたいだし、できれば刺激の少ない物を食べさせてあげたいんだ」

「んー……わかった、作ってみる。まおーさまがその人間を助けたいって思うんなら、きっとそれが正しいことなんだ」

「ありがとう、ザガン」


 いつもみたいに頭は撫でずに、僕は深々と頭を下げて礼を告げた。


「やめてくれまおーさま。まおーさまがまおーさまなら、もっと堂々と胸を張って命令するべきだぞ」


 ザガンに怒られてしまった。


「でも、そこがまおーさまの良いところだけどな!」


 そして褒められてしまった。

 飴と鞭の扱いが上手すぎる、成長したら恐ろしい女性になりそうな気がする。


 僕は少女を抱えて、ザガンと共に城へ向かって歩きだす。

 素直なザガンですら微妙な反応を見せたんだし、他の魔物たちは、少女を見たらもっと露骨に嫌な顔をするだろう。

 現に、通りがかったオークやフェアリーもざわついているし。

 会議でどう説明するべきか。

 変に言い訳をしても不信に思われるだけだし――

 なら、素直に全てを話すしか無い。


 僕は一つの決心をして、会議へ臨むのだった。






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