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その2 魔王さま、うっかり承諾してしまう

主人公、ようやく魔王になります。

 





 それから僕は、とにかく無我夢中で逃げ続けた。


 飲料水は魔法でどうにかなる、食料も魔法で狩りをすれば手に入るし、肉もちゃんと火を通せばお腹を壊したりはしないはず。

 そんなこんなで、一人での逃亡生活は割と順調だった。

 ……って素直には喜べないんだけどさ。

 いつの間にか追跡には軍も参加するようになってて、訓練された兵士を追い払うのは中々に面倒な作業だった。

 だってあっちは命がけで任務を遂行しようとしてんだもん、それを手加減して命を奪わないってのが難しいのは当然のこと。

 そして軍から逃げるうち、僕は人里からどんどん離れていき、北の未開の地へと進み――その”城”にたどり着いた。


 おどろおどろしい外観、蜘蛛の巣、ほこりだらけの内装。

 山のてっぺんにあるっていうロケーションからして、これってもしかして、伝説に残ってる魔王の城だったりする?


「魔王として追われた僕が、魔王の城に逃げ込む羽目になるなんてね」


 苦笑いするしかない。

 城は結構広かったけど、かつての戦いで勇者に荒らされてしまったのか、宝箱やタンスには何も入っていなかった。

 そして一番奥、玉座の間へとたどり着く。


 綺麗な装飾が施された玉座が、部屋の中央にでーんと偉そうに鎮座していた。

 宝石は全部外されてたけど、それでも十分すぎるぐらいの威厳を感じる。

 誰も使ってない玉座を見ると、座りたくなるのが人間の(さが)ってやつらしく、僕は溜まっていたホコリを手で払うと、玉座に可能な限り偉そうに腰掛けた。

 昔のゲームでは、城の玉座を調べると勝手に座り、高笑いをする小ネタがよく仕込まれてたりしたけど……うん、その気持ちがよく分かる。

 この椅子に座って、部下に苦しゅうないとか言ってみたいなあ。

 そんなアホな事を考えながら、玉座の座り心地を満喫していると――


「お待ちしておりました、魔王さま」


 そんな声がした。

 幻聴かと思ったけど、残響がそれを否定する。

 確かに、誰かが喋った声だ。

 けどこんな僻地に一体、誰が?


「ここです、ここですよ魔王さま」


 少女の声は玉座の背後から側方へ、そして前方へと移動していき、ようやく目の前に姿を現す。

 

 本、だった。

 

 小さな羽根をパタパタと上下させた本が、僕の目の前に現れたんだ。


「お久しぶりです魔王さま、私は魔導書グリモワール。生前にあなたの補佐を勤めていた者です、覚えておられますか?」


 そう告げる魔導書グリモワール。

 色々と聞きたいことや、ツッコミどころはあったけど、まず最初にこれだけは聞いておきたい。


「魔導書とグリモワールって意味被ってないかな?」


 とにかくそこが気になっていた。


「で、では略してグリムでどうでしょうか!?」

「いや、別に僕はグリモワールでもいいんだけど……」

「グリムで! グリムでいきますから!」


 グリムは必死にバタついている。

 グリモワールとグリムじゃ意味が違うと思うんだけど、それでいいのかな。


「というか、名前をそんな簡単に変えちゃっていいの? 魔王の時代からグリモワールでやってきたんでしょ?」

「構いません、私は魔王さまの命令には絶対服従でしゅから!」


 あ、噛んだ。

 別に命令してないんだけど、ま、いっか。

 顔が無いんで分からないけど、きっと人間だったらグリムは顔が真っ赤になってると思う。


「そっか……じゃあグリム」

「はい、なんでしょう魔王さま!」

「僕、魔王じゃないんだけど」


 沈黙が流れる。

 そんな気まずそうに黙られても、ねえ?

 本当に僕、魔王じゃないし。ちょっと不法侵入して玉座を満喫してただけだし。


「ふ、ふふっ、くふふふふふっ! 私を騙そうとしても無駄ですよ魔王さま! 私は魔王さまの側近として、誰よりも近くであなたを見てきたのですから間違えるわけがありません!」

「そうは言うけど僕の両親、人間だよ?」

「そういうこともあります!」


 あるのか、あっていいのか。

 魔物の王で魔王なんだよね、なのに僕が人間でも魔王になれるってそれおかしいと思うんだけど。

 いや、僕を追ってた町の人達や軍の連中にも同じことが言えるんだけどさ。


「でもやっぱ違うと思うんだけどなー……」

「いいやあなたは魔王さまです! あなたは魔王さまなのです! あなたは魔王さまー……あなたは魔王さまー……あなたは魔王さまー……」


 グリムは頭の周りを周回しながら、念仏のように唱えている。

 耳元を飛び回る蚊のようなうざったさだ。


「洗脳しようとしないでよ!」

「いいじゃないですか、認めましょう、認めて魔王になりましょう! あなたからはすっごい力を感じます、魔王としても行けるはずです!」

「いや、予言によると本物の魔王がどこかに居るんでしょ? あとで出てきたらどうするの」

「鞍替えします」

「血も涙もないな!」


 さすが魔物、最高に冷酷(クール)だ。


「冗談ですよぅ、魔王として認めた以上は最後までお仕えします! 絶対です! 魔導書、嘘つかない!」

「しょっぱなから嘘ついてたやつに言われたく無いね」

「そうは言いますがが、どうせ他に行く場所は無いんでしょう?」

「う……なんで知ってるんだよ」

「こんなに強力な魔力をもった人間が、こんな僻地にわざわざ来るなんて、普通じゃありません。強すぎる力を持っていたから追い出されたってことぐらい、魔導書にだって推理はできます」


 ぐうの音も出ない、見事な図星だった。

 この城を出た所で、僕はどこへ行けば良いのか。

 家族にも見捨てられ、国にも見捨てられ、今や俺にこうして話しかけてくれるのは胡散臭い魔導書だけ。

 泣けてくるよ、せめて話しかけられるなら、魔物でもいいから可愛い女の子とかが良かった。


「今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」

「胡散臭い魔導書だなーと思ってただけだよ」

「歯に着せぬ物言いっ! ですが、それが魔王っぽいと思いますよ、ハイ」

「何でも魔王だね」

「それだけあなたには魔王の素養があるということです! そう言えば、先ほどからあなたあなたと呼んでいますが、お名前を聞いてもよろしいですか?」


 出来れば答えたくなかった、グリムが調子に乗るのが目に見えてたからだ。

 でも、言わないわけにもいかないだろう、どんなに酷くても僕の名前なんだしね。


「マオだよ」

「魔王?」

「マ、オ! マオ・リンドブルム、それが僕の名前」

「おおおおおぉぉぉぉおおっ! なんとっ、なんという偶然っ、いや運命! 魔王じゃないですか、とっくに身も心も魔王じゃないですかマオさまっ!」


 ほれ見たことか。

 グリムに目は無いけど、あったら絶対にキラキラ輝いてると思う。


「さあさ、運命もマオさまを後押ししています、これはもう魔王になるしかありませんよ!」

「どうしてもやらなきゃだめかな?」

「他に誰も居ません!」


 居ない方が世界は平和で良いと思うんだ。


「政治とかさっぱりなんだけど」

「そこは私がサポート致します!」


 限りなく不安だ。


「人間、殺したりはしないよ?」

「せ、世界征服さえ出来れば問題はありません!」


 なぜそこでどもるのか。


「戦争とか絶対にしないからね」

「ぐっ……ど、どうにかしてみましょう!」


 最後の最後まで不安な感じだったけど、まあ、いいかな。

 どんなに強い力があっても、孤独には勝てない。

 絶対に捕まることはないという自信があっても、一人での逃避行は辛かった。

 けどこの騒がしい魔導書が居れば、寂しさに心を削られずに済むだろうから。


「わかった。そこまで言うんなら……魔王になってあげてもいいよ」


 あぁ、答えてしまった。

 魔王呼ばわりされて追い出されてきたのに、本当に魔王になってしまうとは。

 笑い話にもなりやしないよね、まったく。


「グリム感動ですぅ……ようやく……ようやく、再び魔物の時代が訪れるのですね、何千年待ったことか!」


 魔王の時代――つまり魔物が世界の半分を支配していた時代の話は歴史書にすら残っちゃいない。

 それは遺跡や大地に残された傷跡だけが記憶しているもので、グリムの言う通り何千年も昔の出来事だった。

 その時代からずっと待ってたんだよね、グリムは。

 健気なやつめ、泣かせるじゃないか。


「それじゃまずは――」

「はいっ、世界征服のための第一歩、何でもご命令くださいマオさま!」


 やる気に満ちたグリムの声。

 けど残念、出鼻をくじくようで悪いけど、そのやる気には答えられないんだ。

 世界征服の前にやるべきことがあるから。


「城の掃除から始めようか」

「えっ」

「この城、汚すぎ。とても住めたもんじゃないんだよ」

「ええぇぇぇぇっ!?」


 グリムの叫びが玉座の間に響く。

 うるさいやつだけど、賑やかしにはちょうどいい。


 かくして、僕の魔王ライフが始まったのであった。






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