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その19 魔王さま、猫と戯れる

 





 2匹のケットシーに案内され夜の森を進むと、奥に微かな灯りが見えた。

 どうやらそこが、彼らの一時的な拠点みたいだ。

 城からそう遠くないはずなのに誰も気づけなかったのは、空からは見えないようにカモフラージュしてたからか。

 しかし、様子を見るだけならここまで手のこんだことをする必要はないはず。


「あ、あそこに長老がいるにゃ……」


 首根っこを捕まれ大人しくなったケットシーは、拠点のテントを指差した。


「協力ありがとね」


 手を離すと、ケットシーは「にゃんっ」と声をあげ尻餅をつく。

 その後、そそくさと森の中へと逃げていった。

 あの2人、森で迷わないといいんだけど。


 一人になった僕は、堂々と拠点へ踏み込んだ。

 そして、人が入るには小さすぎるテントに近づく。

 けど、もちろんそう簡単にはいかないわけで。

 チャキッ。

 テントの入口の両脇に居た2体のケットシーが、僕の目の前で槍を交差させた。


「何者にゃ」

「こんな所に人間が何の用にゃ!」

「長老に話があるんだけど、通してくれないかな」

「ダメにゃ、お前みたいな怪しいやつを通すわけにはいかないのにゃ!」


 もちろん通れるとは思ってないけどね。

 気づけば僕は20体ほどのケットシーに囲まれていて――槍や剣、弓と言ったさまざまな武器を向けられていた。

 みんな服も着てるし、武器の質もなかなか、文化レベルは結構高そうだ。


「なにが起きてるにゃ、ずいぶんと騒がしいようだがにゃ」

「長老!? 出てきてはダメですにゃ!」


 テントの中から、赤いローブを纏った茶色いケットシーが現れる。

 毛の色と服装以外は区別がつかないけど、どうも彼が噂の長老らしい。


「まさかお前は……」

「いかにも、僕が魔王だよ」


 ケットシーたちがざわつく。

 特に至近距離に居る槍を持ったケットシーは酷い驚きようだった。


「とりあえず、君たちの目的を聞かせて欲しいんだけど」

「ふん、人間の分際で一人で突っ込んでくるとは、とんだ愚か者にゃ。どんなからくりで魔物たちを支配してるかはしらにゃいが、お前を倒して、領地も水のアーティファクトも全部我々が頂くにゃ! 全軍、一斉攻撃にゃー!」


 ああ、そんな気はしてたけど。

 やっぱ話は聞いてくれないんだね。

 さて――この調子に乗った生意気な魔物たちを、どうやって脅してやろうか。

 四属性の魔法は遺跡で試したし、あとはやっぱり光と闇かな。

 せっかく夜なんだし、ここは闇で行こう。

 怯えさせるだけなら威力は必要ない、痛みは余計な反感を買うだけだから。

 闇っていうのは恐怖そのものだ。

 子供の頃、夜中に起きてトイレに行く恐怖は、結構な人が覚えているはず。

 廊下の向こうに漂う夜闇は不安を煽り、居もしない化物や幽霊を想像させる。

 僕がこの魔法で行うのは、ただその状況を再現することだけ。


「ダークナイト」


 映画みたいな魔法名になっちゃったけど、他に相応しい名前が思いつかなかったんだから仕方ない。


「何を言ってるにゃ? 弓兵たち、さっさとこいつを撃つのにゃ!」


 長老が命令をしても、弓は僕に放たれない。

 それもそのはず、とっくに弓兵たちは僕の作り出した闇に飲まれているからだ。

 視覚はおろか、聴覚も、触覚も、自分の存在すら感知できない深い闇の中に。


「い、いにゃい? 何が起きてるにゃ、何をしたにゃ!?」

「さあ?」


 僕がとぼけてみせると、長老は怒りを露わにして「やってしまうにゃ!」と槍兵たちをけしかける。

 フォンッ!

 間髪入れずに放たれた槍を僕は軽々と避けると、足で槍の柄を蹴飛ばした。

 弾き飛ばすつもりだったのに、バキッと意図も容易く折れる槍。


「にゃっ!?」

「しまった、ここまで脚力が上がってただなんて」


 向上した力の程度を、僕はまだ把握しきれていない。

 まあ、武器を手放させるっていう目的は達したからいいんだけどさ。

 そうこうしている間にも、闇は少しずつ周囲に迫ってくる。

 ボフッ!

 僕は槍を持った2体のケットシーを風の魔法で吹き飛ばし、闇の中へと葬った。


「これはなんなのにゃ!? なんであたりが真っ暗になってるにゃ!?」


 闇は少しずつ長老へと迫る。

 すでに、彼を覗く全てのケットシーは闇の飲まれていた。

 慌てふためく長老に、答えてくれる者はもういない。

 あとは彼自身が闇へ飲まれるのを待つだけだ。


「こんなの嫌にゃ、どうして我々がこんな目に合わなければならないにゃ? おかしいにゃ、我々はひっそり生きてきただけなのにゃ、追い出されるようなことはしてないのにゃ!」

「いきなり喧嘩を売ってくるからだよ、こっちは話し合うつもりだったのに」

「くっ、ただの人間だと思って油断してたにゃ……」


 そんなことだろうと思ったよ。

 まあ、実際に力を見るまでは僕が魔王だとは信じられないよね。


「さて、この状況でまだ戦おうとは言い出さないよね。落ち着いて話し合いをしよう。まずはさっきの、追い出されたって話から詳しく聞かせてもらってもいい?」

「聞かせたら……仲間は解放してくれるにゃ?」

「うん、約束するよ」


 真っ先に仲間の心配をするあたり、悪いやつじゃなさそうだ。

 長老は闇に怯えながらも、なぜ住処を捨てて城にまでやって来たのか、その理由を話してくれた。


「お前は、北の大地をしってるかにゃ?」

「雪に閉ざされた場所、だっけ」


 城から遥か北にある、魔物すら住むのが難しい場所だと聞いている。


「そうにゃ、とてもじゃにゃいけど我々では生きていけないぐらい大変な所にゃ。けど、そこにも魔物が住んでるにゃ。毛むくじゃらの巨人イエティや、狼のフェンリル、雪の精であるフロスト、体が氷で出来ているアイスジャイアントなんかもそうにゃ。連中は厳しい大地で生きてきただけあって、とても強い魔物たちにゃ」

「で、その北の大地の魔物がどうしたの?」

「……フェンリルの指揮で南下してきたのにゃ」


 南下。

 つまり、領地拡大のための侵略行為ってことかな。


「新たな魔王が現れたという噂を聞きつけて、”北の大地の魔物こそ世界を統べるに相応しい”と主張して色んな魔物の住処を荒らして回ってるにゃ。近い場所に住んでいた我々は、まっさきに住処を追い出されてしまったにゃ。他の魔物たちも同じ目に合うのは時間の問題にゃ、だから……新たな魔王がどれほど強いのか、様子を見ていたにゃ。本当に魔王を名乗るに相応しい力を持っていたら、そのまま配下になってフェンリルたちに対抗するつもりだったにゃ」


 それで偵察を繰り返してたんだ。


「だったら、なんで早くその情報を伝えてくれなかったの?」

「がっかりしたからにゃ。話では化物じみた力を持った、残忍で冷徹な魔物だと聞いていたのに、いざ見てみたら人間の子供が魔王のコスプレをしてるだけだったのにゃ」


 ガクッ、と体から力が抜ける。

 コスプレって……たしかに、まだ衣装に着られてる感じはするけど。

 それでも、以前に比べればずいぶんと馴染んだほうだと思うんだけどな。


「でも、これでわかったにゃ。見た目で判断してはだめにゃ、これだけの魔法を詠唱も無しに扱えるなら、フェンリルたちと戦うこともできるかもしれないにゃ」

「戦う、ねえ……」


 僕は戦争をする気はない。

 出来れば話し合いで解決したいし、相手を傷つけて余計な恨みを買うのも勘弁して欲しいんだけど――他の種族の住処を荒らすような無法者に、話し合いなんて通用しないんだろうな。


「フェンリルたちと戦うかどうかは別として、これだけははっきりさせておこう。ケットシー族は、僕の配下になるってことでいいんだね?」

「部下の命は補償してくれるにゃ?」

「もちろん。領地は与えるし、水も好きに使ってくれていい、城周辺の発展に尽力してくれるなら食料の供給も補償する」

「それは破格すぎるにゃ、胡散臭いにゃ……」

「疑うのは別にかまわないけど――」


 僕はダークナイトを解除する。

 一気に辺りを覆っていた闇が晴れ、ケットシーたちが姿をあらわす。

 長老は彼らを見ると、ほっと胸をなでおろした。


「彼らも消耗してる、あまり長い時間悩んでる余裕はないんじゃないかな」

「うっ……それも、その通りにゃね。わかったにゃ、お前の……いや、魔王様の言うことに従うにゃ」


 長老はそう言うと、おもむろに地面に仰向けになって寝転がる。

 その姿を見たケットシーたちは、激しく動揺した。


「ちょ、長老っ! 一体何があったのです、なぜそのポーズを!?」

「ん? え? それ、何?」

「服従の儀式にゃ、魔王様の配下になるという私からの誠意にゃ。さあ、早く私のお腹を撫でるにゃ、それで儀式完了にゃ」


 お腹を見せながら僕を誘う長老は、こう言うと失礼に当たるんだろうけど……殺人的に愛くるしかった。

 僕は迷いなくそのお腹に手を伸ばし、指先でマッサージするように撫で回す。

 すると長老は「ゴロゴロ」と喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を細めた。

 完全に猫だこれ。

 和む僕とは対象的に、あられもない姿を晒す長老を見て、目を背けたり、涙を流して悔しがったりするケットシーたち。

 そんなに屈辱的なポーズなんだ……と納得しつつも、僕は満足するまで長老のお腹を撫で続けるのだった。






 何はともあれ、これでケットシーは僕たちの配下になった。

 領地の件は翌日に持ち越し、今晩はこのまま拠点に宿泊してもらうことに。

 さすがに広場で雑魚寝ってわけにもいかないからね。


 翌朝、ニーズヘッグとザガンにケットシーたちを広場まで誘導するよう頼み、グリムには日が最も高く登る時刻に会議を開くという旨を各種族のリーダーに伝えるよう指示を出しておいた。

 そして僕は単身魔王城を発ち、とある場所を目指す。

 向かう先は城から北東に進んだ先にある、ケットシー族の元集落。

 会議の時間までに、フェンリル族の情報や動向を掴んでおきたかったのだ。






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