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その18 魔王さま、ラブコメる

 





 夕食を終え、就寝時刻まで各々が自由に過ごしている頃。

 魔王城の二階にある窓から、麓を見下ろすニーズヘッグの姿があった。


「ニーズヘッグ、どうしたのこんな所で」


 たまたま通りがかった僕は、思うところがあって彼女に声をかける。


「ここは領地がよく見えるだろう? 最初に比べれば立派になったものだ、と感慨にふけっておったのだ」

「確かに、まだ大して時間は経ってないはずなのにね」


 喋りかけながら、僕はニーズヘッグの隣へ移動する。


「ああ、短期間でここまでやってのけたことを、おぬしはもっと誇るべきだ。恥ずかしがって謙遜している場合ではないぞ?」


 僕に体当たりするように、ニーズヘッグは肩でぐりぐりと小突いてきた。

 まるで友達のような距離感に、僕の心臓が少しだけ跳ねる。

 月明かりに照らされた彼女はとても綺麗だ、油断すると見惚れてしまうほどに。


「私はな、ここに来るまでずっと一人で生きてきた。竜族は極端に数が少ない、その代わり強い力を持ち、寿命も長い。数十年に一度1体新たな個体が生まれれば良い方だ」

「竜がそんな沢山居たら、とっくに天下を獲ってるよ」

「……いや、私が言いたいのはそういうことではなくてな。とにかく、孤独だったのだ。対等に付き合える相手など居ないからこそ、他者から奪い生きてきた」

「後悔してるの?」

「そんなものはとうの昔に捨てておる。私は、力を持つ者としてまっとうな生き方をしてきただけだ。必要だからそうしてきた。だが……今の私は、どうにも必要ない生き方をしている気がしてな」


 僕たちと一緒に居るのが嫌ってことだろうか。

 色々と面倒な部分はあるけど、僕個人としては、ニーズヘッグのことはかなり気に入ってるんだけどな。

 もちろん、美人って部分も加味してね。

 そこを無視できるほど、僕は清廉潔白な聖人にはなれない。


「なあ魔王様、遺跡の中で私がおぬしにパンを渡したことを覚えておるか?」

「あー……そういや、一口もらったね」

「渡したあと、私は死ぬほど驚いたよ。完全に無意識だった。損得勘定をせず、自然と他者に分け与えていたのだ。それがどういう意味か魔王様にわかるか?」

「いや、わかんないかな」

「そうだろうな、私にもわからん」


 ズルッ。

 思わずコケてしまう僕を見て、ニーズヘッグはくすりと笑った。

 くそう、むかつくけどやっぱ美人だな。


「そう睨むな、わからんのは事実だが……ああ、なんと言えば良いのか。特別なのだ、きっと。私にとっておぬしという存在はな。今まで居なかった、私の人生において初めての”何か”。それが魔王様だということを、伝えておきたかった」

「よくわかんないけど……たぶん、僕が思ってることと同じと考えていいのかな」

「そう、なのか?」

「うん、こんな物を渡したいと思える程度にはね」


 ぶきっらぼうな態度で、僕は手に握った小さなそれをニーズヘッグに握らせた。


「これは……」


 彼女の手のひらの上にあったのは、小さな指輪だった。

 指輪には、遺跡で見つけたボスが落とした宝石がはめこまれている。


「最近、ニーズヘッグが僕のせいで色々と心配をかけたみたいだから。少しは恩返ししたいなと思って、作ってみた」

「い、いいのかこんなもの!? たぶんすごい物だぞ? 水のアーティファクトに次ぐお宝なのだからな」


 秘められた魔力の大きさは、指輪を作った僕が一番良く知っている。


「まあ、どうせ僕には必要ないものだから」

「だからと言って私に渡すとは、もう少し冷静に考えたらどうなんだ。貰ったからにはもう返さぬがな」

「じゃあ黙って貰ってよ、サイズもニーズヘッグに合わせたんだからさ」

「いつの間に測ったのだ?」

「魔法でどうにでもなるよ、僕は魔王だからね」


 そう言い捨てて、僕は自室へと戻ろうとニーズヘッグに背中を向ける。

 廊下を去る直前、ちらりと後ろを振り向くと、指輪を月の明かりに照らしながら、嬉しそうに眺めるニーズヘッグの姿があった。

 なんだかんだ言って、素直に喜んでくれてるんじゃん。

 指輪を作るのは初めてだから不安だったけど……苦労した甲斐はあったみたいだ。


 機嫌よく部屋に戻ると――ベッドの上に、来訪者が座っていた。

 窓から勝手に入ってきたらしい。

 まあ、彼女が勝手に侵入するのは今に始まったことではないんだけど。


「レモン、今日もまた不法侵入かい?」

「許可をもらえなかったのです。魔王さまは、ニーズヘッグといちゃいちゃしてましたですから。邪魔をするわけにはいかないと思い、こっそり入ったのです」


 ちょこんとベッドの上に座りこむレモンはどこか不機嫌そうだ。

 理由はわかってるんだけどね。


「いちゃいちゃって……僕とニーズヘッグは別にそういう関係じゃないんだけど」

「”まだ”なっていないだけなのです。見た限りでは、すでに軌道に乗っている感じがするのです。いかがわしい関係になるのは時間の問題なのです」

「そう見えるかなあ?」

「見えるのです、間違いなくです。王は色を好むものです、そういうのもありだとは思うです。ですが、ここにもはっきりと好きと告げているレディがいるのですから、もっと私のことも相手してくれてもいいと思うのです」


 要するに、そういうことだ。

 レモンは僕のことを大層気に入っていて、今着ている服を仕立ててもらった後も、こうして定期的に僕に会いに来ていた。

 そして惜しげもなく好意を僕にぶつけてくる。

 嫌いじゃない、けどさすがにサイズ差がありすぎてね。

 特殊性癖の持ち主じゃない僕には、レモンをそういう対象として見れないんだ。

 こうやって話してる分には、楽しいからいいんだけどさ。


「色んな女性の相手をして大変だとは思うですよ、魔王さまも」

「してないから、仮にニーズヘッグがそうだったとして他に誰が居るの?」

「グリムです」


 本じゃないか。


「あとはザガンに」


 百歩譲歩しても妹的存在でしかない。


「他にはフォラスもです」


 あれで中身がまともだったらね……。


「それにスライム族のミュージィさんも興味がありそうな雰囲気です」


 最近配下に加わったばっかりじゃないか!


「私も含めるとすでに5人もいますですよ。魔王さまは、サバトでも開くおつもりなのですか?」

「レモンは想像力豊かだねー」

「ん……うぅ、こんなことで撫でられても嬉しくないのです、やめるのです!」


 とか言いながら、顔は嬉しそうだ。

 ちょろいちょろい。

 やりすぎて慣れられても困るので、ほどほどの所で止めておいた。

 レモンは乱れた髪を両手で直しながら言った。


「そういえば、大事なことを言い忘れていたのです」

「今度はどうしたの」

「そう興味なさげにしないで欲しいのです、これは本当に大事なことなのです」


 だったら先に言ってほしかったな。


「昨日のちょうど今ごろ、近くでケットシーを見かけたのです」

「ケットシー?」

「猫の姿をした二足歩行の魔物なのです。先ほどグリムに聞いた所、本来は城の北東あたりに住む魔物との事なのです」

「スライム族や樹人族みたいに配下になりにきたってことなのかな」

「私からは偵察のように見えたのです」


 様子見しているのか、それともまた別の目的があるのか。

 昨日のこの時間現れたということは、今日も付近に居る可能性がある。

 周辺の広範囲を魔法で探知してみる?

 いや、それより僕の感覚を研ぎ澄ましたほうが効率がいいか、自分の体だからイメージもしやすい。

 身体能力はフィジカルアップなわけだし、五感の能力を引き上げる魔法ならこれしかない。


「センスアップ」


 拡張された感覚は、城で暮らす魔物たちの息遣いはおろか、領地内全てのあらゆる音声すら聞き取ることができる。


「……? 魔王さま、魔法を使ったのです?」


 近くで喋るレモンの声が、やけに鮮明に聞こえた。


「今日もケットシーが来てるかもしれないと思ってね、探知してる」

「そんなことまでできるのですか。便利すぎるのです、魔王さまの魔法は」


 言われなくたってわかってるっての。

 これはオーク、これはスライム、これはフェアリー――音声の取捨選択を繰り返し、異物を、配下にしていない魔物の声を探す。


『あしたも……しゅぎょー……がんばる、ぞ……ぐぅ』


 違う、これはザガンの寝言だ。

 夢の中でまで修行のこと考えてるのか、健気だなほんと。


『指輪、か。ふふふっ、キザったらしいことをしよって、魔王様のくせに』


 これはニーズヘッグの声だ。

 声だけで嬉しさが伝わってくる、ああもう恥ずかしいな!


『ねむいにゃ』


 ん……にゃ?

 そんな特徴的な語尾の住人いたっけか。


『夜行性のくせに夜に眠いとは何事にゃ』

『眠いものは眠いにゃ、いくら命令とはいえ監視だけとは退屈すぎるにゃ』

『今は耐えるにゃ。追い出されてしまった以上、長老の命令に逆らえば見捨てられて終わりにゃ』

『……むぅ、世知辛いにゃ』


 2人いる。

 どちらも聞いたことの無い声だ。


「ケットシーって喋る時に語尾に”にゃ”をつけたりする?」

「ああ、グリムがそんなことを話していた気がするのです。私はあざとすぎると思うのです」


 つまり、どうやらこれがケットシーの話し声のようだ。

 しかし、いくら猫の魔物だからって、”にゃ”はないでしょ、”にゃ”は。

 レモンの言うとおり、いくらなんでもあざとすぎるしベタすぎる。

 ま、現在位置がわかったし、逃げられる前に首根っこを捕まえておくかな。

 配下になるべきか決めあぐねているのだとしても、先手は取っておきたい。

 後手に回るより、そっちの方が遥かに話の主導権を握りやすいからだ。


「もしかして、見つかったのです?」

「うん、フェアリー族の里から少し離れた木の上で監視してるみたいだ。ちょっくら懲らしめてくるよ」

「むう、行ってしまうのですか。こうなるなら報告しなければよかったのです」

「おかげで事前に察知できたんだ、暇が出来たらいくらでも付き合ってあげるよ」

「その時が来ることを、期待はせずに待ってるです」


 出来る限り約束は守りたいけど、忙しいのでそうもいかないのが現状。

 せめて少しでも機嫌を直してくれるようにと、ケットシーの元へと向かうついでにレモンを家へと送っていく。

 小さな体を肩に乗っけると、レモンは「これぐらいで私が満足すると思ったら大間違いなのです」と言いながらも上機嫌になってくれた。


 名残惜しそうな彼女を家に送り届けると、フィジカルアップで身体能力を向上させ、夜の森へと足を踏み入れる。

 聞こえる音を頼りに、気だるげに城周辺の監視を続けるケットシーを発見。

 音を消し、気配も消し、素早くその背後に迫った。


「……にゃ?」


 その首に手刀をとん、と当てるとケットシーはマヌケな声を出した。

 ケットシーは、大きくなった猫がそのまま二足歩行になったかのような姿で、正直すごく可愛らしい。マスコットキャラにしたいぐらいだ。

 もっとも、魔物は見た目によらないから、油断は出来ないけどね。


「な、何者にゃ!?」


 手刀を当てられなかった方のケットシーが、裏返った声で叫んだ。

 何者だって聞かれたら、この場合、僕が答える言葉は一つしか無い。


「魔王だ」


 そう言い切ると、2体のケットシーの体がびくんと震えた。

 まさか親玉がいきなり現れるとは思ってなかったんだろう。


「そう警戒しないで欲しいな、なにも殺そうってわけじゃないんだから」


 我ながら無茶なことを言ってると思う。

 首に手刀を当てながら”殺す気はない”とか言うやつの言葉なんて、僕だったら絶対に信じない。


「ただ、君たちの目的を知りたいだけなんだ。

 そういうわけで、僕を一番偉い人の所まで連れて行ってくれないかな?」


 僕は怯えさせないよう、出来る限り優しく言ったつもりだったんだけど、それが余計に怖かったらしく――ケットシーたちは体を縮こまらせ、「にゃう」と怯えながら首を縦に振った。






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