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その16 魔王さま、宝より大事なものを手に入れる

 





「いやっほぉーう!」


 ザガンははしゃいでいた。


「まおーさまもぼーっとしてないで、一緒に喜ぶぞ! ほら、いやっほぉーう!」

「い、いやっほー……」


 そしてなぜか僕も巻き込まれるのだった。

 浮かれてしまう気持ちはよくわかる、これだけ大量の宝箱が目の前にあるんだから。

 僕の気持ちもザガンほどではないにしろ、浮足立っていた。


「どういう仕組みかはわからんが、あのモンスターたちは宝箱を体内に飲み込んでおったのか?」


 そこは突っ込んじゃいけないところだニーズヘッグ。


 宝箱の謎はさておき、さっそく僕たちは手分けして大量の宝箱を開けることにした。

 全てのモンスターが箱を落としたみたいで、ざっと見た限り100個はある。

 特にボスが落とした宝箱はやたら豪華で、箱だけでも持って帰って置物にしたいぐらいだ。


「おおぉ、これはっ!」

「どうしたー、ザガン」

「つよそうな鎧をてにいれたぞ!」


 ザガンはさっそく着用している。

 至る所に呪文が刻まれているし、魔法の力が篭った強力な品みたいだ。

 呪いとか無いと良いんだけど。

 袋に入れるとかさばるし、ザガンが着たまま持って帰るんなら何も言うまい。


「魔王様」

「どうしたのー、ニーズヘッグ」

「またパンが出てきたのだが」


 うん、知ってた。

 さっそく箱からパンを取り出して食らいつくニーズヘッグだったけど、噛みちぎる前に何かに気づき動きを止める。


「むぐ、あまい……」


 どうやら中にジャムが入ってたみたいだ、さすが地下99階。


「ふむ、これは薬品か? 効果は未知数だが、どれちょっと飲んでみるか」


 フォラスは知的好奇心に身を任せて、片っ端から薬品を口にしている。

 幸いなことに毒薬には当たっていないみたいで、むしろさっきより顔色が良くなってる気がするぐらいだ。

 エリクサー的な何かを飲んでるのかもしれない。


「さすがにこの量では袋には入りませんね、どうやって持って帰りましょうか」

「箱に詰めていけばいいんじゃない? 両手は塞がるけど、もうモンスターに襲われることもないだろうし。あと、できれば箱自体も持って帰りたいってのがある」

「箱、ですか」

「どうかしたの?」

「こういう豪華な宝箱を見てると、魔王城に勇者が攻め込んできた時の記憶が蘇ります……」


 よほどのトラウマみたいだ。

 そりゃいきなり人間たちが城に乗り込んできて、宝物を根こそぎ奪った挙句に主を殺していったらトラウマにもなるよね。

 ちなみに、ボスが落とした宝箱の中に入ってたのは、ちっこい宝石が1個だけだった。

 きっとすごい宝石なんだろうけど、出来ればもうちょっと大きくてインパクトのある物のが良かったかな。


 なにはともあれ、無事宝箱を開け終えた僕たちは、袋と箱にアイテムを詰められるだけ詰めて遺跡を出ることにした。

 帰り道ももちろん、遺跡を破壊しながららくらく帰還。

 ダンジョン製作者の恨み節が聞こえたような気がしたけど、たぶん幻聴だと思う。






 空はすっかり茜色に染まっていて、相当長い時間ダンジョンに潜っていたのだと実感させられる。

 魔王城を出たのが朝だったしね。

 もっとも、本来はもっと苦労して時間をかけて攻略するダンジョンなわけで、それをたった数時間でクリアしたのだから、文句を言うのは贅沢というもの。

 水のアーティファクトなんて、とんでもないアイテムも手に入ったんだし。

 水問題が一気に解決するって知ったら、フェアリーやオークのみんな驚くだろうな。


「魔王様よ、随分と嬉しそうだな」


 空を飛び城へ帰る途中、ニーズヘッグが「くくっ」と笑いながら僕の方に近づいてきた。

 顔に出てたかな、笑ってたつもりはないんだけどな。


「そんなにわかりやすかった?」

「ああ、誰が見たってひと目で分かる程度にはな、気味が悪いぐらいニヤニヤしていたぞ。ふふっ、見ているこっちまで上機嫌になってくる」

「気味が悪いくせに上機嫌になるんだ」

「普段はむすっとしているお前が悪い」

「そうかな?」

「そうだ。見るたびに、ホームシックでも患っているのではないかとヒヤヒヤしているこっちの身にもなってみろ」

「僕には帰る家なんてないよ、ホームシックになんてなるわけないって」


 とう人間の世界なんて捨ててるし、オークたちに肩入れした時点で、わずかに残った未練だって断ち切ったんだ。


「そう簡単にはいかないものだ、故郷への想いや家族への未練と言うのはな。呪いのように死ぬまでつきまとってくる。忘れたつもりでも、死ぬ間際あたりに思い出して、女々しく”故郷の景色を見たい”と言い出してしまう、そういうものだ」

「家族に見捨てられて、殺されかけたとしても?」

「だとしても、だ。彼らが知らぬ場所で野垂れ死んたことを知って、心が揺らがぬ自信があるか?」


 極論だ。

 だけど完全に未練を断ち切るというのは、そういうこと。

 軽々しく”完全”なんて言葉を使うもんじゃないな。

 ちょっと想像しただけで胸が痛くなったよ、あれだけ兄の才能に嫉妬してたくせにね。


「……ある、とは言えないかな」

「そういうことだ。だが、別にそれを責めているわけではない。そういった感情は、誰にでもあるものなのだ」


 ニーズヘッグは過去へ思いを馳せるように視線を彷徨わせた。

 彼女にもあるんだろうか。

 引きこもってた洞窟への未練は無さそうだけど、それ以前の彼女を僕は知らないから、今何を考えているのか全くわからない。

 それが、なぜか僕は少しだけ嫌だった。


「だがしかし、笑えたのならそれももう安心だ」

「最初からニーズヘッグが心配するようなことじゃなかったんだって、家族のことを思い出したのも今が久々なんだから。僕がずっと難しい顔をしてたのは、たぶん……掘っても掘っても温泉しか出てこなくて、なかなか飲める水が確保できないことに頭を悩ませてたからじゃないかな」

「それならいい、杞憂で良かった」


 杞憂だったとはいえ、僕がニーズヘッグを心配させてしまったのは事実。

 今だけじゃなくて、ザガンが来た時も、なぜか自然とフォラスが付いてきてることだって。

 きっと彼女は、僕が気づかないうちに色んなことに頭を悩ませてて。

 まあ、元は邪竜を名乗って悪いことをしてた彼女が悪いと言えばそうなんだけど、感情は理屈だけで納得できるものじゃない。


「ありがとね、ニーズヘッグ」


 礼を言われるとは思っていなかったのか、ニーズヘッグは驚いていた。

 こんなことで驚かれたって困るんだけどな。

 言葉だけじゃ、この感謝の気持ちを伝えるには足りないと思ってるんだから。






 城へと戻った僕たちは、さっそく水のアーティファクトのお披露目をすることにした。

 場所はフェアリーとオークの里の南に位置する広場。

 誰も彼もが興味深そうに、僕の手の上にある青色の球体を覗き込んでいる。

 後ろの方に居る子供オークには見えてないみたいなので、僕はアーティファクトをみんなに見えるように宙に浮かべることにした。

 そして、ついにアーティファクトを起動させる。

 軽く魔力を与えると、球体から滝のように水が流れ出し――


「おおおぉぉぉぉ!」


 広場は歓声に包まれた。

 そのリアクションに、僕は満足していた。

 僕の庇護のもとにある限り、二度と水不足に悩まされることはない、その事実は住人たちに大きな安心感を与えるだろう。

 安心感って、つまり忠誠心だと僕は思う。

 この人に付いていけば安心だと思わせること、魔王として魔物たちの頂点に立つためにはそれが必要だ。

 その要素の一つを、僕は手に入れた。

 唯一無二だ。

 水のアーティファクトはこの世に一つしか存在しない、つまり他の国にはない、僕たちだけの武器に成りうるはず。

 魔王になって今まで、初めてづくしで不安だらけだったけど……この時、僕は初めて魔王として、統治者として”自信”を得ることが出来た。

 ニーズヘッグの言う通りだ、たぶん僕は、いつもむすっとしていた。

 ホームシックではないにしろ、何かに頭を悩ませて、常に不安で、それを隠すことも出来ずに顔に出しちゃってたんだ。

 けど今日からは違う。

 笑ってやろうと思う。

 水もある、力もある、仲間も居て、自信も出来た、何を恐れることがある。

 やってやろう。魔王として、この魔物の国を広げて、やがて人間の世界すらも取り込んで――世界を征服する。

 僕は改めて、そう誓ったのであった。






 そしてこの日以降、僕が自信を得た影響なのか、まだ名前すら無い魔物の国は、僕も驚くほど急速に発展していくこととなる――






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