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その15 魔王さま、ダンジョンを台無しにする

 





 フォラスと呼ばれた女性は、変態という言葉からは程遠い、パッと見で知的な女性だった。

 変態と言う割には眼鏡と青髪がよく似合っているし、変態という割には服装も落ち着いている。

 でも壁の中で笑ってたのは事実なわけで、つまり変態要素は性格の方にあるんだろう。


「フォラス、ひさしぶりだな!」

「おうザガンよ、大きくなったなあ。魔王を目指すという夢はどうだ、順調か?」

「ゆめはおわった!」

「おおそうか、ようやく現実を見る気になったんだな、偉いぞー!」


 ザガンは頭をわしゃわしゃと撫でられて笑っている。

 夢終わってるのに、そこ褒める所なのかな。


「ところで、君たちは誰だ? どうやらそこの黒い少年が私を救ってくれたようだが」

「まおーさまだ、つよいんだぞ」

「はははっ、ザガンもジョークが言えるようになったんだな。このどう見ても普通の人間である彼が魔王だって?」


 フォラスは訝しげに僕の方を見た。

 そりゃそうだよね、いきなり魔王なんて言われたって信じるわけがない。


「そうですよ、魔王様は無限の魔力を持つ偉大なお方なのです! 先ほど壁を破壊したのも魔王様がやったんですよ?」

「ふむ……確かに強い魔力を感じる。どうやら、私では手も足も出なそうだな!」

「ちなみにこっちの女性はニーズヘッグ、かの有名な邪竜ですよ」

「ニーズヘッグか。ふふ、確か洞窟に引きこもって、脅し取った食料で生き延びてる陰気な竜だったか?」


 やっぱりみんなそういう認識だったんだね。

 事実なだけにニーズヘックは大きなダメージを受けたみたいで、フォラスを殺気の篭った眼で睨みつけた。


「潰されたいのか、デーモンよ」

「はははっ、いやあ暴力は苦手なんだ、研究者なんでね」


 一触即発って雰囲気だ。

 初対面なんだから、いきなり喧嘩腰にならなくてもいいのに。

 まあ、ニーズヘッグは人見知りっぽい部分があるから仕方ないのかな。


「まあまあ落ち着いてよ二人とも。

 ところでフォラスは、どうしてあんな場所に閉じ込められていたの?」

「遺跡を探索していたら、カチッと何かスイッチを踏んだ音がしてな。次の瞬間には壁の中だった、かれこれ3日は閉じ込められていたから気が狂う所だったよ、はっはっは!」

「災難だったね」

「ああ、爆破魔法で脱出しようと試みたがダメで、もう笑うことしかできなかった」


 それで笑ってたのか、いや今も笑ってるけど。

 そういや今の所、多少ハイテンションなだけで変態っぽい要素はどこにもないみたいだ。

 別にみたいわけじゃなくて、無いなら無いでいいんだけどさ。


「魔王様、まさかあいつも連れていくつもりではないだろうな」

「連れてくよ?」

「また増やすのか……」

「増やすに決まってるよ、それが目的なんだし」

「そういうことでは……いや、なんでもない」


 なんでもないと言いながらもニーズヘッグはどこか不満げだった。

 何が不満なんだろ、城に戻ったら一回聞いておいたほうがいいのかもしれない。

 部下のメンタルケアも上司の仕事だしね。


「さてと、それじゃ先に進もうか。良かったらフォラスも一緒に来てくれる?」

「おおういいのかい、願ってもない提案だ。ザガンが居るなら信用できるし、さすがに一人では厳しいということを痛感した所でね」


 フォラスを加えた僕たちは、早速階段を降りて次のフロアへ向かおうとしたんだけど――


「ふと思ったのだが、魔王様が壁を壊せるというのなら、床も壊せるのではないか?」


 立ち止まったニーズヘッグが、そんなことを言い出した。

 確かに、全く同じ理屈で守られているのなら、同じく大量のエネルギーを送り込むことで破壊できるはず。


「もしかしたら、わざわざ僕がやらなくても、もう破壊できるのかも。エネルギーを転移させていた先の空間はすでに破壊したわけだし」

「そうか……なら試しに私がやってみよう」


 ニーズヘッグが地面に向けてブレスを放つ。

 手から放たれた光線は床を貫き、見事な正円形の穴を開けた。


「本当に行けたな」


 つまり、律儀に階段を降りていく必要はなくなったということ。

 こうなったらもう、ダンジョンを攻略する必要もない。

 新たなパンが手に入らなくてニーズヘッグは残念そうだったけど、何より水のアーティファクトを入手する方が優先だ。


 そして穴を通ってたどり着いた、地下100階。

 本来なら、一大スペクタクルを経てたどり着くべき部屋にあっさりと入ってしまった僕たちは、特に何の感慨も無く祭壇に祀られていた水のアーティファクトを手に入れてしまった。

 本当にこれでいいのかな、と思わないでもないんだけど、楽に越したことはないよね、うん。


「おぉ、これが『創生歴書』に書かれていた水のアーティファクトか。ふふふ、一体どんな仕組みで水が沸いてくるんだろうね、興味深い」


 フォラスは研究者らしく、興味深そうに僕の手の上にある水のアーティファクトを凝視している。


「いや、それより爆発させた時にどんな散り方をするのか、それが気になるよ」


 しかしその後の発言で一気に雲行きが怪しくなってきた。

 ついに変態要素が出てくるのか?


「だめだぞフォラス、なんでも爆発させたら。これはまおーさまが国で使う大切なアイテムなんだからな!」

「わかってるわかってる、けど想像するぐらいはいいだろう? ふふ、ふふふふふ、さぞ素晴らしい爆ぜ具合なんだろうねぇ……貴重な物が破壊される瞬間にこそ、真の美は存在するッ!」

「あいかわらずだなー、フォラスは」


 ザガンは呆れながらも、どこか慣れた様子だ。

 あれっていつものことなのか。


「なあザガン、フォラスってまさか……」

「うん、爆発ふぇちだって父さまは言ってた。ふぇちって言うのはわたしにはよくわからないけど、しょっちゅう自分の家を爆発させて、そのたびに私の家に居候してたんだ。そして色んなひとに協力してもらって新しい家を建てるくせに、また爆発させるんだぞ。な、へんなやつだろ?」

「うん、変なやつだ」


 爆発フェチ……か。

 今も水のアーティファクトが爆ぜる瞬間を想像しながら、うっとりとしている。

 僕より早く水のアーティファクトを手に入れていたら、これも爆発させてたんだろうか。

 急いで城を出てきて本当によかった。


 水のアーティファクトの使い方だけど、当然マニュアルなんかはついてない。

 強い魔力が宿ってるのは間違いないから、あとはちょっとしたきっかけで水が溢れてくるはずなんだけど。

 試しに軽く魔力を与えてみると――内側で飽和していた魔力があふれるように、アーティファクトから水がだばだばと出てきた。


「うわっ!? こんなに簡単に出てくるもんなんだ」

「なかなかの量ですね」

「たぶん魔力量を調整すればもっと出せると思う」

「それは素晴らしい! これさえあれば、もう我が国が水で困ることはありませんね」

「うん、温泉が出て来るたびに頭を抱えないでも良さそうだ」


 天候にも左右されず水が手に入る。

 それが住む者にどれだけの安心を与えるか、素人の僕にだって理解できる。

 スライム族あたりは、水のアーティファクトがあるってだけで国に来てくれるかもね。

 僕が再び軽く魔力を与えると、アーティファクトの水は止まった。制御も問題ないみたいだ。


「これでいっけんらくちゃく、だな!」

「……そうだな」


 あっさりと遺跡探索が終了してしまい、ニーズヘッグは不満な様子。

 確かに、せっかく深くまでやって来たのに、フロアを探索しないで戻るというのも味気ないかな。

 地下90階ともなると、強力なアイテムとかも転がってるだろうし、美味しいパンもあるに違いない。


「んー……せっかくだし、上のフロアも探索していく?」

「良いのか?」

「ニーズヘッグは新しいパンが食べたいんだよね?」

「べ、別にそういうわけではないのだが……食べられるというのなら、食べたい気がしないでもない」


 素直じゃないなあ。

 でもまあ、新しいパンがどうしても食べたいみたいなので、1フロア上がって地下99階へと向かうことにした。

 幸い、デーモンも含めて空を飛べる面子ばっかりなので、上へのぼる時も楽ちんだ。


「なんだか、おごそかな雰囲気だな、それにやたらひろいぞ」


 ザガンの言うとおり、地下99階は壁も床も白い大理石のようなてかりのある石で作られており、天井も高いため、神殿のような雰囲気を漂わせている。

 まさに最終ステージと言った様相だった。

 神様も気合を入れて作ったんだろうに、強引に突破した僕たちをみてがっかりしているに違いない。


「何が出てくるかわからないし、念のため固まって移動しよう」


 ここまで来ると、雑魚モンスターでも相当に強力になっているはず。

 四方を警戒しながら、ゆっくりと進んでいく。


 しばらく歩いていると、やけに広い部屋に出た。

 フロア自体がほの暗いので、奥の壁が見えず、どこまで広いのかは今の所わからない。


「魔王君、何か来るようだぞ」


 フォラスが注意を喚起する。

 確かに、奥から何かの影が近づいてきている。

 それも、壁が迫ってきているのでは無いかと見紛うほどの大群で。

 しかも1匹1匹がやたらデカイ。

 一つ目の巨人サイクロプスに、巨大な牛のような姿をしたアークデーモン、そして色とりどりのドラゴンたち――最終ステージを飾るに相応しい名だたるモンスターたちが、一斉にこちらに行進してきているのだ。

 さらにその後ろには、巨大な触手だらけの、クトゥルフを連想させるモンスターが控えている。

 見ただけで正気値が下がっていきそうなあれば、この階のボスなんだろう。


「さすがにあの数ではブレスで一掃はできそうにないな」

「わたしもあれには勝てそうにない、くやしいがまおーさまに任せる」


 僕もあの量の魔物を同時に相手したことは無い。

 けれど、勝つイメージは見えていた。


「さっきはよくわからなかったから、今度こそ魔王君の本気を見せてもらうよ」

「魔王さま、ずばっとやっちゃってください!」


 そう、ずばっと。

 先ほどの壁を破壊した時、サーチファイアで別空間への転移と言う概念を、なんとなくだけど理解していた。

 理解できればイメージも出来る、イメージが出来れば魔法として実現も出来る。

 僕は左手を右肩あたりに移動させると、その爪先に魔力を集中させた。


「ディメンジョン・ラパロトミー」


 僕は冷静に魔法名を告げた。

 目の前の空間に、開腹手術を行うようにメスを入れるイメージ。

 メスは僕の左手だ。

 肩に構えた左手を水平に振り切り、溜まった魔力を放出する。

 音は無かった。

 切り口――つまり僕の目の前に広がる空間はほんの一瞬だけグパッと開くと、自己回復能力によってすぐにもとに戻る。

 しかし、一瞬でも切られ、開いたという事実は変わらない。

 迫りつつあった大量のモンスターたちは、自分ではなく空間を切断されるという防御不可能な攻撃によって体を上と下に両断されてしまった。

 ずるりとずれていく上半身、力を失い倒れていく下半身。

 巨大なボスも含めて、全てのモンスターは血を流しながら地面に倒れ伏し、やがて光の粒子となって消えていった。


「一瞬か、つくづく化け物だな魔王様は」

「化け物呼ばわりは酷くないかな?」


 ニーズヘッグだって僕に任せたくせに。


「そうですよニーズヘッグ、魔王さまに失礼なことを言ってはダメです。……まあ、今のは私もちょっとびっくりしましたが」

「すごくつよいってことしか、わたしにはわからなかったぞ!」

「困ったな、今のは私にも何が起きたのかさっぱりわからない、研究者なのにな」

「空間を切り裂いただけなんだけど、そんなにわかりにくかったかな」

「ははっ、簡単に言ってくれるな魔王君。現実離れしすぎた光景というのは、脳が理解を拒むものだ。それだけ君は、とんでもないことをやってのけたということだよ」


 いつも通りの延長線上だから、僕にはその感覚はよくわからない。

 とりあえず、あれを使えば色んな人を驚かせられるって覚えておけばそれでいいかな。


 まあ驚くのもいいんだけど、そんなことより――

 倒したモンスターたちが落とした大量の宝箱、どう処理するか考えた方が良いと思うんだけどな。






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