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その1 魔王さま、この世に生を受けてしまう

気楽にサクサク世界征服していく話です。

 





 田中健太、35歳。

 東京で仕事を辞め早々にドロップアウトした後、地元の田舎に戻り薄給の事務員をして暮らしている。

 俺以外の事務員はみんな女で、営業の連中にも仕事が出来ないと罵られつつ、肩身の狭い思いをして毎日を過ごしていた。

 やるせない日々の中、趣味で読んでるラノベやらアニメだけが俺にとっての心のオアシス。

 ただの現実逃避だとしても、そうでもしなけりゃやってられないのだ。


 さて、そんな俺は現在――絶賛落下中だった。

 

 昼休み、居心地の悪い事務所を飛び出して近くのビルの屋上へとやってきた俺は、飛び降りようとする一人の少女を目撃してしまった。

 その少女を見た瞬間、俺の体は勝手に動いていた。

 ずっと脇役だった俺の人生。

 一度でいいから、主人公を気取ってみたかったんだと思う。

 けど世の中そううまくはいかないもんで――待っていた結末は、とっさに助けようと全力疾走、そして勢い余って俺だけ落下、という実にアホらしい物だった。

 まあ、どうやらそのおかげで少女は自殺を踏みとどまったみたいなんで、結果オーライ……なのかな?

 俺の体はビルの屋上からフリーフォール。

 そしてあっという間に地面に接触して――

 ぐしゃ。

 グロテスクな音を立てながら、痛みを感じる間もなく俺は命を落とした。

 今度の人生では、整った顔かチート能力でも持って、楽に生きたいもんだなぁ、などと考えながら。






 次の目を覚ました時、”僕”は14歳だった。

 タイムスリップしたわけじゃない。

 僕はすでに田中健太ではなく、剣と魔法の世界で生きる、金髪碧眼、ついでに童顔の少年――マオ・リンドブルムとして生まれ変わっていたんだ。

 生まれた時でなく、14歳で記憶が戻ったのは、35年分の記憶を取り戻しても平気なぐらい精神が成熟する必要があったからなのかな。

 とにかく僕は記憶が戻って、戻って……かと言って、特に役に立つ記憶があるわけでもなく、生活は特に変わらなかった。

 前世では別に特技なんて無かったし、他人に胸を張って誇れるほどの趣味も無かったからね。


 僕が生まれたリンドブルム家は、田舎にあるそこそこ裕福な貴族だった。

 そして僕自身も、そこそこ成績優秀、そこそこ眉目秀麗と、どこをとっても”そこそこに”優秀だったため、周囲からの評判も中々高い。

 成績優秀だったのは、前世の記憶が微妙に残ってたからかもしれない。

 けれど、僕はとにかく目立たない少年だった。

 なぜかと言えば、僕には、僕をそのまま上位互換にしたような存在、兄のラオ・リンドブルムが居たからだ。

 成績はトップ、僕の顔を更にイケメンにして大人にしたような顔は老若男女問わず大人気で、そして僕にはない高い社交性も身につけていた。

 正直、憧れていたし、嫉妬もしていた。

 兄さえ居なければもっと僕が注目されたのにと思う一方で、彼が居なかったら僕は今の自分になることすら無かっただろうから。

 けど、僕は記憶を取り戻すと同時に、兄にも無い力を手に入れ――いや、自分の中に存在していることに気づいてしまった。


 それは、人並み外れた”魔力”だ。


 この世界じゃ魔力は誰もが持ってる物で、生活の中でも頻繁に魔法を使う。

 周囲を明るく照らしたり、火をつけてみたり。

 魔法には、魔力を物理現象に変えるための道筋――つまり”詠唱”が必要となる。

 説明は難しいけど、例えるなら詠唱は”絵描き歌”みたいなものってこと。

 例えば最も簡単と言われる、火を付けるための魔法なら、詠唱はこんな感じ。


『不可視の力よ熱量へと形を変えこの世に顕現したまえ』


 ライター程度の小さな火を付けるために、これだけの詠唱が必要になる。

 他にも光を照らすときには、


『我が体に脈々と流れる魔の力よ闇を裂き我らを明るく照らしたまえ』


 という無駄に長ったらしい詠唱が必要となる。

 懐中電灯だったらスイッチon/offするだけで一発なのにさ。

 けど、これは仕方のないことなんだ。

 限られた魔力で理想通りの魔法を描くのなら、無駄は許されないんだから。

 少しでも詠唱を間違えたり、集中が途切れたりすると、魔法は上手く発動しなかったり、必要以上の無駄な魔力が消耗されてしまう。

 だけど、僕には詠唱なんて必要なかった。

 軒並み外れた魔力のおかげで、ただ大まかに想像するだけで、あるいは魔法の名前を唱えるだけで、魔法を発動できてしまうんだ。

 言うなれば僕の魔法は”粘土細工”、しかも粘土は無限に存在している。

 失敗しても成功しても、好きな形を、好きなだけ作ることが出来た。


 この世界じゃ、優秀な魔力を持つ人間は15歳になると同時に国家魔法師になるための学校――いわゆる魔法学院への入学することになる。

 国家魔法師とは国に雇われた魔法師のこと、つまり公務員としてのエリート人生が約束されるってことだ。

 僕は自分の中にある力を自覚した瞬間、驚くほど晴れやかな気分になった。

 兄への劣等感は消え、ようやくマオ・リンドブルムという一人の人間として独立できたような気がしてたんだ。


 僕が田中健太だった頃の記憶を思い出してから三ヶ月後。

 季節は夏。

 照りつける太陽に汗をにじませながら、僕は町の近くにある丘へ繰り出した。

 ここは町の近くにある広大な森が一望できる、お気に入りの絶景スポットだ。

 人のあまりいない場所で、もちろん今日だって周囲に人の影はない。

 よしっ、絶好の実験日和だ。

 

 僕は一発逆転のカタルシスを得るため、15歳になるまで、自分の持つ魔力の存在を隠し通そうと心に決めていた。

 生活の中で最低限必要な火や明かりを生み出す魔法も、他の人たちと同じように詠唱を行って発動していた。

 けど――やっぱりさ、一回ぐらいは自分の力ってもんを見ておきたいんだよね。

 だから誰もいないここにやって来た、全力で魔法を放つために。

 

 どんな魔法を発動するはとっくに決めてる。

 雷だ。轟く雷鳴、天から落ち、大地を引き裂く一筋の光。

 もちろん完全に想像通りの光景が実現出来るとは思ってないけど――僕は最後に想像を具現化するための手順として、脳内のイメージに名前を与えることにした。

 大丈夫、前世の知識のおかげで中二病っぽい名前ならいくらでも思いつく。

 ――そして僕はそれっぽい魔法名を叫び、体内の魔力の形を変え、想像を具現化する!


「トールハンマーッ!」


 どこかで聞いたことのあるネーミングだけど、この際それはどうでもいい。

 空はあいにくの晴天、雷など落ちるはずが無いのだが、僕の魔法によって周囲の空は一瞬にして分厚い雲に覆われる。

 あれ、思ったよりえらいことになってないか……?

 ゴロゴロー、ぐらいの雷を想像していた僕は、自分で発動した魔法に呆気にとられることとなる。


 カッ!


 周囲が眩い光に包まれると、次の瞬間。


 ドゴオオオォォォォォンッ!


 落雷と言うよりは、爆発に近い轟音が響いた。

 あたりは煙で包まれ、何が起きたのかは僕にすらわからない。

 やがて晴れる視界、明らかになった被害の状況。


「うわぁ……」


 自分でドン引きしながら、僕は想像を絶する光景を見た。

 想像を具現化したはずなのに、絶しちゃうのもおかしな話だけど――森の真ん中にどでかいクレーターができてるのを見たらさ、誰だって引くって。

 しかもそれを引き起こしたのが僕だってんだから、なおさらにさ。


「ひっ……」


 自分の魔法に唖然としていると、背後から女の子の声が聞こえた。

 僕は慌てて振り返る。

 やばい、知らない子だけど、見られてたのか?


「ま、待ってよ、今のは僕じゃ――!」

「きゃああぁぁぁぁっ!」


 声をかけただけで、叫びながら逃げていく女の子。

 状況が状況なだけに仕方ないんだけど、その反応は男として結構ショックだ。


 かくして、逃げた女の子によって僕の持つ膨大な魔力は町中の人間に知られることとなる。

 まあ、僕としては予定よりちょっと早くバレただけだし、エリート街道への道が開かれるのが早まっただけ、と気楽に構えていた。

 これだけの力があるんだし、国も放っておいてはくれないだろう。

 前代未聞、14歳での魔法学校への入学、なんてなったらどうしようかな。

 一瞬で有名人だよ、兄なんて目じゃないぐらいにさ。

 だけど、僕のそんな甘い想像はすぐに霧散することとなる。

 家に帰った後、町長や町の有力者に囲まれながらの聞き取り中、父親が発した一言によって状況が一変したんだ。


「この子は、”予言の日”に生まれた子供なんだ」


 周囲がざわつく。

 予言の日ってのは、かつて世界の大半を支配し、人間を絶滅寸前にまで追い込んだっていう伝説の魔王が”再誕”すると言われている日のことだ。

 ちなみに魔王ってのは、そのまんま魔物の王。

 予言は、王都のメランプスとかいう有名な占い師のばーちゃんの物だ。

 僕は全く信じてなかったんだけど、町の人達を含め、この世界の人達はそういうのを信じちゃう人間が多いらしい。

 家に集まった中年男性たちの空気は一気に重苦しくなる。

 僕は助けを求めるように兄の方を見る。

 気まずそうに目を逸らされた。母も同じく。

 すごく嫌な予感がする。

 話し合いは次第に妙な方向へと進んでいって、俺を監禁すべきだとか、処刑するべきだとか、おっかない話が始まりはじめた。


「名前もマオだしな……」


 いや、違うから……と否定しても、中年男性の集いは聞き入れてくれない。

 彼らは目が血走っている、正直めちゃくちゃ怖かった。

 そしておっかない話はやがて具体性を帯び、処刑の方法や拷問の手段にまで話題は至り――最終的に、冷静さを取り戻した町長によって処分が決定された。


「拘束して王都に突き出すしかあるまい」


 その後に町長は、「どうせ処刑されるだろうが」と付け加えた。

 誰ひとりとして、その言葉を否定しない。

 頭が真っ白になった僕は――家から、町から逃げ出した。

 もちろん町の人達は僕を追いかけたけれど、魔法で脚力を強化した僕に追いつけるはずがない。

 さらに体を浮遊させるレビテート、加速させるアクセラレートを駆使して、誰にも追いつけない速度で町を離れていった。






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