ゆらり、歩む
いずみちゃんにはみんなに秘密にしていたことがある。
ひとつめはアルビノだということ。
ふたつめはそれを隠すために髪を染めてカラコンをしてまつ毛には念入りにマスカラを塗っていること。
みっつめは普通にしてたら誰も気付かない、太ももの付け根に自傷行為の跡があることだ。
あたしもいずみちゃんに言われるまで知らなかったくらいだから、他のみんなも知らなかったんじゃないかなあ?
夜間の高校に通ういずみちゃんは日中はファミレスでバイトをしている。不自然に白い肌を隠すために長袖のワイシャツで。あたしは日焼けしたくないのかな?というくらいにしか思っていなかったけど。
たまにあたしはいずみちゃんに会うためにファミレスに1人向かう。あたしが来るとにやにやとしながらいらっしゃいませ!おひとり様ですか?と問う。それにあたしも同じくにやにやとしながら1人です。と答える。
いつもドリンクバーにドリアを頼むあたしにポテトも頼みなよ、裏でこっそり食べてから渡しにくるから!と馬鹿なことを言う。
あたしがポテトを頼むのはいずみちゃんがあがる10分前のときだけ。ポテトをつまみ食いして唇が少してかっているいずみちゃんがポテトを運んできて、にやりと笑ってちょっと待っててねと言う。
いずみちゃんを待っている数分間の間にケチャップとマヨネーズをぐちゃぐちゃに混ぜて待つ。いずみちゃんが向かいの席に座りながらまたぐちゃぐちゃにして!もう!と怒りながらポテトにぐちゃぐちゃに混ざりあったケチャップとマヨネーズをつけて口に運ぶ。ドリンクバーと一緒にパスタを頼んで下らないことを話す。それがあたしたちにとっていつも通りの日常だ。
あたしは夜間の高校に通いながら日中は実家のケーキ屋を手伝う。お客さんのケーキの相談に乗ったり、季節のケーキをおすすめしたり、お父さんの試作品のケーキをつまみ食いしたりでそこそこ忙しい。
一応家族だけど、バイト扱いにしてもらっているので給料ももらえるし、賄いと称してケーキがもらえるのでいずみちゃんのバイトがない日はよくいずみちゃんの家に持って行って一緒に食べる。
いずみちゃんのお気に入りは苺のタルトなので売り切れにならない限りは必ず持っていく。
ゆみのお父さんはケーキを作る天才だね!と屈託なく笑ういずみちゃんにあたしは禿げてるのがちょっと残念だけどと返して笑う。
いずみちゃんの両親は海外で働く超忙しい人たちで小中学生のときは親戚の家に預けられていたのだそうだ。
おじさんもおばさんもその家のお兄ちゃんもいい人だったよと笑う顔は少し寂しそうで、何かあったの?と口から出た。
うちね、実はアルビノでね、知ってる?アルビノ。と呟く。知ってるよと短く答えた。
ああ、だからいつも長袖の服を着ていたのか、そう思った。
あのね、おじさんたちね、よくしてくれて優しかったけど、白い髪も少し赤い目も気持ち悪がられてたの。口には出さないけど、目で言ってた。だから髪染めたりカラコンしたりして気持ち悪がられないように中学にあがってから頑張ったんだ。
中学あがってからすごい成長期で胸もおっきくなってね、気がついたらおじさんに押し倒されてたの。でも、両親は海外だし、心配かけたくないし、おばさんにも言えなくてね、その家のお兄ちゃんに相談したんだけどね、なんだかなあ。結局襲われてね、味方がいなくなったの。
いずみちゃんは見てと言って、ショーパンの裾を捲りあげた。ここ、この傷。その当時本当に誰にも言えなくて苦しくてカッターで切っちゃったの。えへへ、と笑った。
あたしはミミズのように白く浮いた傷跡を指で撫でて、苦しかったねと言った。
ゆみにだけだよ。アルビノってことも自傷行為してたこともおじさんたちに襲われたこととかいろいろ話したの。
秘密だよ。人差し指を唇にあててそう言って笑った。
いずみちゃんがあんまり悲しそうに笑うからあたしは思わず抱きしめた。弱々しく抱きしめ返してくれたいずみちゃんが小さな声で呟く。
あのね、これも秘密だったんだけどね、うち、ゆみのこと好きだよ。恋愛的な意味で。ごめんね。
あたしはいずみちゃんを抱きしめる手を強めてあたしもいずみちゃんのこと好きだよ。同じ意味で。と笑った。
あたしたちは小さい子どもが意味もわからずするようなキスをして、ぽろぽろと涙を流しあった。
いずみちゃんはあたしと付き合いはじめてから、何度も黒染めをしてぼろぼろだった髪は元の綺麗な白に戻ったし、カラコンはしなくなった。少し赤い目で見つめあって笑えるようになった。
よっつめ。最後の秘密。
いずみちゃんはあたしと結婚することを約束していたこと。
付き合いはじめの頃は周りから非難された。同性でレズで気持ち悪いと。いずみちゃんはやっぱり容姿についても散々非難された。
でも、あたしたちが生きているうちに同性間での結婚ができるようになったのだ。目尻の皺は幸せの証。お揃いのリングをはめた左手はしわくちゃだ。
あたしはいずみちゃんの目尻の皺をそっと親指で撫でて眠りについた。
ほら、あたしの髪も真っ白になったよ。お揃いだね。しわくちゃの手も曲がった腰もお揃いだよ。
ねえ、いずみちゃんは幸せだった?
あたしは幸せだったよ。
おやすみ、いずみちゃん。