第十五話「激闘」
団長に続いてぞろぞろと25階層に足を踏み入れていく。なんとなくそれまでの階層とは雰囲気が違う気がする。しかし、俺らは相変わらず遠足気分のままの奴らが多くいる。雑談しながらダンジョンを進む奴らがほとんどだ。
「お! モンスター発見! とっととぶっ倒そうぜ」
小金井班の鶴飼が狼型モンスターに突っ込んでいった。団長が止めようとするが無視。さすがに俺はカチンときた。
結局、小金井たちがモンスターを全部倒してしまったが、団長の指示を聞かず、油断してたのは事実だ。あいつらの勝手な行動で俺らが迷惑をこうむる事がこれからあるかもしれない。
「おい。お前らもうちょい団長の指示を聞けよ。いくら強くても油断はするなって言ってただろ」
「あ? うるせえよ。テメェ何もしてねぇだろうが。無能もいい所のクセして俺らに口出すなよ」
ちょっと語気を強めて言ってみたが、まるで相手にする気がないようだ。団長をチラリと見てみると、申し訳なさそうな顔をして、肩をすくめて首を振っていた。「何を言っても無駄だろう」という意味合いらしい。
なんとなく、嫌な予感がしてきたがその後もなにも起こらず進んで行った。
団長曰く、25階からは一つの階が広くなってるので途中で休憩を取ることになった。
だんだん大穴の数が増えてる気がする。気をつけないと落ちそうだ。
すると、なにか騒がしくなった。ふと、騒ぎのほうを見ると案の定小金井たちがなにかやっていた。
「すげぇな。これ。落ちたら俺ら死ぬだろうな! ギャハハ!」
大穴の近くに座って穴の中を覗いてるらしい。なんでも、穴の奥のほうに赤くが輝いている複数の物体があるそうだ。
「セリウス団長、このダンジョンにそんなものありましたっけ? 赤く輝く鉱石なんて聞いたことないですよ」
「ふむ。確かに聞いたことが無いな。新しい鉱石が生まれたのか?」
騎士団員と団長のその会話がやけに耳についた。
「おい。お前ら、穴の近くは危ないからもうちょっと離れろ。それと、龍二。その赤い物体ってのはどこにあるんだ?」
団長が小金井たちに近づいて、物体の確認をしようとした。
「あれ? なんか、近づいてきてねぇか?」
「……? 確かに、近づいてるような……」
鶴飼と小金井がそう言ってると、なにか音が聞こえてきた。
岩を削ってるような、ガッガッガッガッという音だ。
小金井たちを後ろに下がらせて団長が穴を覗く。そして一気に顔が青ざめた。
「お前ら! 下がれ!! モンスターだ!」
そう叫ぶやいなや団長は腰に下げてる剣を引き抜く。
穴から飛び出してきたのは、巨大な体躯の獅子だった。それも、ただの獅子ではない。体長は9メートルはあるだろうか、しかも頭が双頭になってる異形の形をしていた。赤く見えていたのはこいつの眼球だった。
「いいか! すぐに今来た道を引き返せ! こいつは俺が食い止める!」
そう叫んだ瞬間、獅子は身震いをし、吼えた。
「ガルァァァァアアアア!!!」
その咆哮に足が竦み、動けないクラスメイトが生まれてしまった。
団長は舌打ちをしながらも、団員たちに瞬時に指示をだす。
「騎士団員全員に命令だ! 動けない奴らを担いでこの階層から脱出しろ! グリザイユとメルディは俺の援護を頼む!」
小金井が前に飛び出した。
「俺も戦います! いくらセリウス団長でもこいつは厳しいでしょう!」
「黙れ! 今までお前らが戦ってきたモンスターとは格が違う! 俺の指示に従え!」
小金井たちが団長の後ろに並びだした。
獅子は何故かこちらに攻撃してこない。唸りながらなにかを待ってるような……
すると、再びあの音が響きだした。
ガッガッガッガッ!
出てきたのはかなりの数の狼型のモンスターだ。どうやらこいつらは獅子の手下らしい。おそらく、さっきの咆哮はこいつらを呼ぶためのものだろう。
1匹1匹はたいした強さじゃないが、こうも数が多いとかなり厄介だ。既に何10匹もの数が穴から出てきてる。しかも、まだ増えるようだ。完全に囲まれてしまった。
獅子は涎を垂らしながら爛々と輝く赤い目で団長や小金井たちに向けている。突進をしようと前足で地面を大きく蹴った。
瞬間、獅子の踏み込みにより地面が抉れた。突進してくる。獅子を止めるために団長と団員が魔法を使い障壁を発動。王国が誇る騎士団の最高戦力の多重障壁。
獅子の前方に不透明な白い壁が幾重にも張られた。
獅子と障壁が衝突した瞬間、衝撃波が生まれた。クラスメイトたちは一瞬でパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。団員の誘導ももはや意味をなしていない。
誠一や勝たちが狼型モンスターの相手をしながら何とか活路を見出そうとしているが、あまりにも数が多すぎる。恐怖で座り込み、動けなくなってる女子生徒たちを守りながら戦う伊藤の姿も見えた。パニックのあまり、訓練通りの動きをせず、ただ魔法やスキルを発動させてる奴もいる。
これはヤバイな。 獅子は今のところなんとか抑えられているが、それも時間の問題だろう。あの障壁が破られたら最後、俺らは全員皆殺しだ。
「……しょうがねぇか」
空悟はそう呟き、近くにいた誠一に話かけた。
「おい、誠一」
必死の形相で振り向く誠一。
「あ!?なんだよ! 今は話をしてる場合じゃねぇだろ!?」
「まぁ、確かにそうだが。お前には伝えておこうと思ってな」
戦闘真っ只中なのに穏やかな笑みを浮かべながら空悟は誠一に話を続ける。
「お前と会えてよかった。……後は頼んだ」
そう言うやいなや、空悟は無限収納を発動する。誠一の表情が固まる。
「おい。ちょっと待てって……」
しかし、グローブをはめた空悟は聞く耳を持たない。瞬間空悟は魔法纏を発動。誠一の視界に映る空悟の姿がぶれた。強い風が吹いたと思った次の瞬間、誠一の付近にいた狼はすべて地に付していた。
空悟は次々に狼を仕留めていく。このスキルを手に入れてから色々検証をしていき、その過程で魔力総量が増えたとはいえ20秒間が1日に発動できる時間だ。1秒も無駄に出来ない。
伊藤優香は焦っていた。が、依然として状況は変わらない。自らの背後には女子生徒が2人いる。置いていくわけにも行かない。しかし、狼の猛攻をこれ以上抑えられる自信が無い。
「くっ!」
これはやばい。さすがに避けきれない。ーー死
と、思ったその瞬間、狼の首から血が噴き出した。深く短剣が突き刺さっていた。空悟が狼を仕留めたのだ。
「怪我ねぇか?」
何ともないような顔でそう聞いてくる空悟。
「無いけど……あなた、なんで……」
すべて言い終わらないうちに空悟はその場を脱兎の如く離れた。
「……ありがとう」
もうその場にいない空悟に礼を呟き、緊張の糸が切れたかのように座りこんだ。
騎士団長たちは獅子相手にかなり疲弊していた。今のところ結衣がスキル『結界』を発動しているためなんとか獅子の猛攻を防げているが、それも時間の問題だ。既に結界はボロボロになりいつ崩壊してもおかしくはない。
獅子はスピードもかなりのものだが、防御力も異常なほど高い。小金井たちは自分たちのチートステータスとスキルが通用しないことに絶望してへたりこんでいる。
「お前ら! 俺が囮になる。この場から撤退しろ!」
セリウス団長が叫ぶ。
「ダメです! 団長が死んじゃいます!」
結衣がそう返すが、もう結界も限界だ。その時、獅子が油断した結衣に対して咆哮をあげながら突進した。
「あっ……」
結界は破壊され、そのままの勢いで口を開けて仕留めようとしてくる獅子の姿がハッキリと結衣の目には写ってしまった。
(死んじゃう、のかな……)
そう心の中で呟く結衣。
「……ごめんね」
その言葉はおそらく最愛の人への言葉だったのだろう。呟くと結衣は死を受け入れた。そして、目を閉じようとする。
が、獅子の攻撃は当たらなかった。
疾風のように現れた空悟によって阻まれたからだ。彼は獅子の体にむかって全体重をのせて思いっきり前蹴りをかましてぶっ飛ばした。壁に激突する獅子。双頭の頭を振り、混乱している。状況を把握出来ていないようだ。
「吉永、怪我はないな? 俺がこいつの相手をするからお前は団長たちと一緒に逃げろ」
彼は結衣を見ながら、そう告げる。
「え? 空悟くん? なんでここに……」
戸惑う結衣。しかし、詳しく説明する時間はない。空悟は迷わずへたりこむ結衣を抱き抱えると離れている団長たちの元に瞬時に連れていく。
「セリウス団長、吉永を頼みます。ここから離れてください」
セリウス団長は、戸惑いながらも吉永を受け取る。
「俺があいつの相手をしてる間に逃げてください。それが、ここにいる全員を逃がすことができる最善の作です」
そう言うと空悟は獅子の元に走り出した。
「グルァァ……」
唸る獅子。さきほどの前蹴りのダメージはほぼないが、獅子にとって、あの攻撃をよけれないということは充分に警戒するべき事なのだ。故に相対する空悟の出方を待つ。しかし、空悟は薄く笑い、あろうことか両手を地面に付け始めた。
この行動に対し、獅子は激昂した。自らの脚力を生かし、一瞬で間合いを詰める。前足を振り上げ、空悟にむかって振り下ろす。
しかし、激突する瞬間、空悟は"魔法纏"を発動。瞬時に背後に回り込む。
獅子もそれに反応し、即座に迎撃体制をとろうとする。
だが、空悟のほうが一枚上手だった。
空悟は獅子を挑発するために地面に手を置いていただけではない。スキル、"錬金"を発動して地面を柔らかく、脆い性質に変えていたのだ。
地面は獅子の巨体を支えきれずに崩れていく。この足場では迎撃体制も作れない。その隙を空悟は狙う。
空悟が有する最高攻撃力。女神ユリアも見たことがないと言われた、柔軟な発想から生まれたあの魔法。
「"フレイムソード"」
……ネーミングセンスが無いのはご愛敬だ。
しかし、威力は抜群。獅子の頭を一つ斬ることに成功。
だが、獅子の頭は双頭だった。片割れの頭が怒り狂いながら空悟の腕を狙う。
そして、獅子は空悟の左腕に噛みついた。激痛に顔を歪める空悟。しかし、顔に焦燥の色は見えない。これすらも空悟の作戦の一つだった。
左腕に残った魔力のすべてを注ぎ込む。そして打ち出す魔法は……
「"ファイヤーボール"」
初級魔法。が、口内で発動するそれは容赦なく獅子の頭を弾け飛ばした。
同時に、空悟は左腕を失ったが。
しかし、空悟は気にしてない。もとより空悟はここで死ぬつもりだった。それゆえの作戦だった。
左腕を失った空悟と、頭ふたつを失った獅子。
勝ったのは空悟だが、着地する地面は既に崩れてしまっている。奈落の大穴がまた一つ生まれてしまっている。
魔力切れを起こして意識が遠のく空悟。吸い込まれるように大穴に落ちていく。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは泣いている親友たちの姿だった。
(逃げろ、って言ったはずだがな……)
「じゃあな……」
そう呟くと彼は目を閉じ、薄く笑った。そしてそのまま奈落に落ちていった。