天球の七夕
訳あって初投稿作です。恋愛モノと無縁な人間がラブコメを作るとどうなるのか・・・・・・。楽しんでいただければ幸いです。
心地よい夜風舞う今日この頃、
陽は既に遥か彼方、水平線の向こうの国に明日を告げるべく消えていってしまった。
今日は7月7日、
町灯りを見下ろせる国道沿いを行く。
待ち合わせ時間を随分と過ぎてしまった。
久々の全面オフな日の経過が早すぎるんだ・・・・・・。
気付けば7時ぐらいまで畳の部屋で眠りこけてしまった。
どれだけ寝てたんだ?ええと、1、2・・・・・・4時間!?
俺は神様の意地悪に愕然しつつも道路脇の白線上を疾走するしかないようだ。
夜道を登ること数分、
見えてきた朱塗りの鳥居の奥から祭囃子が聞こえマラソン嫌いな俺を励ましてくれている(ような気がする)。
「もー!!遅いよぉー!」
石段の上から恐れていた彼女の声、随分と待たされてご立腹な様子。
「ゴメンゴメン。おぉ、キレイじゃん!」
現れたのは彼女と彼女を包む桃色を基調とした流紋の浴衣。はっきり言って俺好み。
でも、ただただ「うん、ナイス・・・」程度の言葉しかあげられないなんて、俺も彼氏失格だな・・・・・・。
「怒って・・・・・・いるよね?」
「別に怒ってないし!蚊に刺されまくっていないし!!周りからの「彼氏待ちかなぁ~」っていう視線も注がれてないし!!!」
せっかくの整った顔は例えるなら―――――――――そう、リンゴ飴みたいに真っ赤だ。
「うわあ!マジでごめんなさい!!」なんて調子の良い台詞も出なかった。
「ほら!早く行こっ!」
ぐんっ、と手を引かれ休む間もなく人ごみのど真ん中へと連行されてしまう。
なんとか挽回しなければ・・・・・・。
◇ ◇
そんなこんなで祭りの会場、
立ち並ぶ露店の数々に彼女は目を奪われている。
「今年も盛り上がってるね~」
「そういや親父さんよく許してくれたな。勉強とか大変なんだろ?」
「今日ばかりは特別に、だって」
「そっか。よし、今日は奢るよ」
「んじゃ、遠慮なく♪」
「え?」
視線を下げれば俺の財布、
中には俺の全財産(おそらくは二千円)。
こんな地方の町で牛の世話をしている人間、しかも高校生の財力を期待されても困る。
「あっふ!ねぇ、ほーひはの(どうしたの)?」
顔を上げると彼女が幸せそうな表情で何かをモグモグしている。
「ちょっ!早速すぎない?!」
「まぁまぁ、たこ焼き2人分あるからさぁ」
「ふ・・・・・・2人分?!何そのイタい優しさ?!」
「ごちそうさまぁ♪」
俺の全財産――――――1400円
「たこ焼きで600円・・・・・・」
「ほいひーねぇ~(美味しいねぇ~)」
遅刻の代償が絶大すぎる。この世界と彼女に戦慄を覚えた瞬間だった。
その後の記憶は―――――――――――あまり無い。
彼女が射的でコルクの弾と俺の小銭をマシンガン紛いに連射、
金魚すくいで「あぁん、袖濡れちゃったぁ~。あぁ、金魚こっからここまでくださーい!」
みたいなコトがあったのは辛うじて覚えている。
俺の全財産―――――――2円
嗚呼、もうどうにでもなれ。
◇ ◇
人の波をかき分け、めぼしい店も思い出のように過ぎ去る。
石畳の上に落ちたヤキソバやら消し炭みたいな物体を回避するのにも一苦労。
「ねぇ」
「カネナラネーヨ」
「ねぇねぇ!」
「カネナラネーヨ」
「ねぇったら!!」
「だから俺の財力じゃ某アイスすら買えないんだって!!」
「あれ見て」
彼女が指差す先、
子供たちがテントの下に並べられた机に向かってせっせと何かを作っている。
そしてその隣でさらさらと心地の良い音色を奏でる笹の葉を俺は無性に懐かしく思えてしょうがなかった。
一筋の風と戯れる色とりどりの短冊。
「せっかくだからさ」
彼女の声で、俺は現実に引き戻された。
少し曇った声色には真剣さが見え隠れしている。
「七夕だからさ、何か書いておこうよ」
「・・・・・・どうかしたの?」
「別に。
ただ、こんな幸せな時間がもっと増えますようにって、
ずっと一緒にいられますようにって。
それだけ」
一瞬、俺は言葉を失った。
彼氏としては嬉しい限りのはず。
けれど、彼女のうつむき加減がどうしても心に残る。
ふと空を見上げる。
露店の赤提灯、取り囲む木々、
星の無い、暗い空。
地上の光が強いほどに天上は闇の中という皮肉。
立ち向かうべき使命を受けたような気分だ。
この気持ちを伝えたい。一番混じりっけのない方法で。
「・・・・・・いや、書かなくていい。そんな願い」
「そんな・・・・・・」
「だってさ、そんなの俺が頑張ればすぐに叶う夢じゃん?そんなの神頼みする必要ないと思うんだよね」
「えっ?え!?ちょ、ふえぇ・・・・・・」
彼女はひどく赤面した。無論、俺も同様に。
こうなったら、意地でも彼女の笑顔を取り戻す。
俺に出来る数少ない償いで―――――――
「見せたいものがあるんだ!とっておきのがさ!」
今度は俺の番なんだ。
すっかり火照った彼女の手を引いて、一歩、二歩と駆け出すんだ。
◇ ◇
周りの視線も気にせず、人ごみを最短距離で切り裂く。
どんどん歩幅を広げて、オレンジランプの光が折り重なる線みたいになるほど加速する。
「待って!待ってよぉ!」と言いつつ、彼女は袖を揺らして付いて来てくれた。
露店街を抜け、暗がりの石段を一気に駆け上がる。
ペースをあげたことを後悔する頃、誰もいない本社にたどり着いた。
「はっ、はぁっ、鍛えときゃよかったな」
「で、何を見せてくれるの?」
「後ろ、見て」
「・・・・・・キレイ」
彼女が見上げる先、
天と地に煌めきが同居していた。
眼下に広がる町灯り、神社に遅れてきたからこそ見つけた光。
そして―――――――
「星、こんなに見えたんだね」
それは正に満天の星。
無数の光源が身を寄せ合い夜空を彩っている。
遥か昔、羊飼い達が語り継いだ星座は神話と共に空にあった。
「ここが一番よく見えるんだ。今まで誰にも教えたことないんだぜ?」
「中二クサ~い」
「えええぇぇ・・・・・・!?」
「でも、
ありがとっ♪」
そう、その言葉が聞きたかったんだ。
長い間迷惑をかけてしまった、その許しが欲しかったんだ。
「それにしても以外だなぁ~。あなたがこんなにも中二び」
「別にいいだろ!?だって趣味だから!」
「んじゃ訂正、ロマンチストだもんね!」
「ぐぬぬぬぬ・・・・・・!」
彼女の無邪気な笑顔はイラッとするが少し安心できた。
「ねぇ、天文学詳しいの?」
「まぁ、それなりに」
「その・・・・・・天の川ってさ、なんであんなに星が集まっているのかな~なんて」
「そんなに不思議?」
「うん」
まさか真顔で言われるとは思わなかった。
「あれはさ、銀河系なんだよ」
「銀河系ってあの?」
「それの断面。あの渦みたいやつを内側から見てるだけさ。厚みは1000光年もある」
「ねぇ、あの星」
彼女が見上げる先、特に輝く星が三つ。明るさからして一等星だ。
「夏の大三角か」
「あの二つ、離れ離れだね・・・・・・」
確かにある。天の川に引き裂かれた二つの綺羅星が。
「こと座のベガ、わし座のアルタイル」
この時点で俺は彼女の言いたいことが分かっていたのだろう。
彼女は敢てタブーに踏み入ろうとしている。
けれど、それを理解したくない自分がいる。
「あんなに近く、目鼻の先なのに・・・・・・なんで」
背けたその顔は、きっと悲しんでいる。きっと君は苦しんでいる。
きっと―――――――――――――――それは俺の所為だ。
俺がずっと傍にいてやれなかったからだ。
働くためとはいえ君に酷な思いをさせた、俺は最低なやつだ。
「辛い」とはっきり言えなくて、二人を星になぞらえてもらって、それでやっと気付いた男だ。
ごめん・・・・・・、ごめん・・・・・・、ごめんよ・・・・・・、ごめんよ・・・・・・、
「ごめんよ・・・・・・」
するり、と生まれ落ちた言葉。
空が、視界が、世界がぼやけていく。
何か熱いものが頬を伝っていくのを感じた。
激しい劣等感に押しつぶされそうになる。
意識が・・・・・・遠のいて・・・・・・
「泣かないで」
振り向いてくれた彼女。
穏やかな笑みを浮かべているが、目頭には涙を携えている。
「せっかく、久しぶりに会えたんだよ・・・・・・。私が悲観的なのキライって知っているでしょ?」
桃色の袖で涙を拭い、彼女はニッと笑った。
彼女の強がりで、俺の世界に再び色が戻っていく。
「二人とも、忙しかったんだよね・・・・・・。
こんな世間知らずの私だけど、あなたは懸命に好きでいてくれた。
さっきカッコつけて言ってたでしょ?「努力すれば神頼みなんか必要ない」って。
今度は二人で頑張ろう?
だから、笑って?」
それもそうだ。どうも俺は真面目過ぎたんだな。
これ以上カッコ悪いとこは見せられない。ぐしぐしと目元を擦った。
「ああ、彼氏がこのザマじゃ悪いね。
迷惑かけ・・・・・・ん?そういや何か矛盾してない?
今まで一緒にいれなかったから悲しい、ってことなんだよね?」
「うん、そうだよ。
でもね、もしかしたら一緒に暮らせるかもしれないの」
「はい!?どういうこと?」
「今朝パパがね、「そろそろあの若造を許すべきか」って呟いてた。
私があなたとイチャイチャするのが気に入らなかったみたいだけど、最近になって気持ちが揺らいでいるみたい」
「だからって気が早いんじゃないか?それに一貫性もないような」
「一緒にいられるように努力してくれるんだよね?」
「まぁ、うん」
「パパに直談判するのも努力だよね?」
「・・・・・・ハイ?」
「パパに直談判、よろしくね♪」
「え?何?そういうこと?今までの全部前フリ!?」
「うん」
「じゃあ俺が乗り越えたタブーは!?」
「あなたの想像力の賜物だよ?」
「君のあの涙は!?」
「だって私はかまってちゃん!!」
「うわあああん!!」
「アハハハハ!」
彼女はイタズラが成功した小学生みたいに無邪気に笑うばかり。
何故だろう、得体の知れない悔しさの中に俺は安堵を抱いていた。
「あー、宣言しちゃったしなぁ。わかったよ、こうなったら意地でも君を取り戻すさ」
もう後には退けない。選択の余地など微塵も無かった。
「そろそろ時間かな」
時計を見る。23時50分、もうじき七夕の日も終わる。
宵闇の空を見上げると、散りばめられた星々のいくつかがこちらへ向けて降りてくる。
それらは徐々に輪郭を得て、やがて真っ白なカササギの群れが現れた。
さながら夜空を彩るオーロラの如き光景を、俺は毎年憂鬱な眼で眺めたものだ。
だが、今は違う。
彼女のいない364日にこの手で終止符を打つ好機がやってきたのだ。
「あのね」
「うん?」
「来年もまた来よう?」
「気に入ってくれたのかい?この天然の天球を!」
「まだチョコバナナ食べてないもん」
「頼むから自腹で買ってくれ・・・・・・」
こうしている間にもカササギ達は俺と彼女を見つけ旋回を始める。
幾万もの翼は連なり合い、一瞬にして空の彼方へと続く螺旋階段が形作られた。
彼女が差し出した細く白い手を握り、不安定な段へと一歩踏み出す。
小さくなっていく祭り会場を、俺の第二の故郷を見下ろす。ため息がひとつ、闇に消えた。
「お願いだからパパを恨まないであげて。あなたを下界に落としたのも、結局は私たちのため・・・・・・。
ホラ、二人ともお仕事する気にならなかったから」
「同じ失敗はしないよ。今度は君も牛も大切にするからさ」
「私と牛、どっちが大事なの!?」
「さぁ、どうだかねー」
「もー!はっきりしてよぉー!」
俺はもう一度取り戻す。彼女と過ごす日常を。
天球の星々が祝福するかの様に瞬いた。
「待ってな!天の神さんよぉ!!」
よく考えると結局のところは神頼みだがそんなの関係ない。
今はただ天を見据え、彼女と歩むことに専念しよう。
俺の願いはただ1つ――――――――――――――――