【第21話 うなじに張り付く髪の毛】
ボーン、ボーン
屋敷の古時計が2時の鐘を鳴らす。
もう夕方か、そろそろ葵を迎えに行かなきゃな。
いつもはもう少し遅いのだが、今日は早くなると葵からメールが来ていた。
「ふんふふ~ん」
「兄さんご機嫌やなー」
「ですー」
「そうか? そうかもな?」
俺はリビングのテレビの上に飾ってある写真立てをハンカチで拭いながらアルとクロノにそう答えた。
何を隠そうこの写真立て、友達からの誕生日プレゼントなのだ。
さらにその写真立てに収められている写真は俺の誕生日パーティーの写真だ。
俺を中心に友達やグリ、それに何やらファンシーな動物の人形が並んだその写真は皆の仲の好さを表しているようでそれを見るだけで俺の心は満たされていくのであった。
「実にいい天気だ」
俺は外を眺めてそう呟く。
「いや、大荒れやん……」
空は厚く黒い雲に覆われ、庭の木々は時折風に大きく煽られている。
窓ガラスには大粒の雨が勢い良くたたきつけられ、雷も鳴っている様だった。
「俺がいい天気と思えばそれがいい天気なんだよ」
「そないかー……」
そう言いながらアルは自室に戻って行った。
もうすぐ俺の誕生日パーティーから1か月が経とうとしている。
誕生日パーティーの別れ際、月に1回程度遊びに来ると霧島達は言い残し去って行った。
そう、月に1回程度なのだ。
そして間もなく1か月が過ぎようとしている。
つ・ま・り。
「もうすぐ友達が訪ねてくるっていうことなんだよ!」
「何急に叫んでるです……?」
はっ、つい心の声がこぼれてしまった。
「いや、そろそろ霧島達が来るかなーって……」
「流石に連絡なしで急に来ることは無いと思いますですよ?」
「え?」
「急に訪ねて行っても留守と言うこともありますし、相手の用事もあるじゃないですか」
そ、そうか。
そうだよな、普通はそうなんだよな。
つい小学校や中学校の時のノリで考えていた。
「そうだったな……」
「それよりもそろそろ葵を迎えに行かなくていいんです?」
クロノに促されて俺は車のカギを手に取る。
倉庫に行く時に少し濡れるだろうな。
ここの所雨続きだからやる気がしないけど、雨が止んだら別館から倉庫へ続く道に屋根とか作るかな。
窓から外を眺めながら俺は少し溜息を吐いた。
「んじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃいですー」
大雨の中、車を走らせる。
徐々に雨脚は強まってきており、裏山の土砂が崩れないか少し心配になってくる。
もっとも、そのあたりはグリ達が確認しておりまず大丈夫だそうだ。
「この辺で待ってればいいかな」
俺は駐車場の中でも極力校舎に近いところに車を止め、その旨を葵にメールするとタオルの準備をする。
いくら近いとはいえ車まで走ってくる途中で多少濡れるだろうし。
そう思っていると携帯がメールの着信を知らせる。
見ると葵から友人も車で家まで送ってほしいとのことだった。
「そうか、ちゃんと友達出来たんだな」
うんうん、いいことだ。
友達は大切だからな。
「わかった。っと」
葵のメールを返すとタオルの追加を準備することにした。
ラジオからは気象情報が流れている。
季節外れだが、猛烈な超大型の台風が接近しており明日の朝に直撃するらしい。
まだ外縁に引っかかるかどうかと言った状況でこれだけの雨を降らすのだ。
川の近くでは洪水も心配されるだろう。
これは明日は学校休みかな。
そんなことを考えていると校舎から走ってくる女の子たちが見えた。
予想以上にびしょ濡れになっている。
ガチャッ、バタン。
「お待たせしました……」
「お邪魔しますっ!」
「失礼しますー」
「おぅ、大丈夫か?」
「すごい雨で傘が役に立たなくて……」
教室の掃除でごみを捨てに行った際にびしょ濡れになってしまったらしい。
うん、ちょっと、その、透けて見えてあまり目によろしくない。
「そこ、タオルあるから」
何とかそういうと俺は目を逸らした。
「あ、はい、ありがとうございます。それですみませんが、その、皆ちょっと下まで濡れてしまったので……」
「あ、ああ。待ってるから後ろで着替えてきなさい」
別名動くホテルの名を持つこの車であればその程度造作もない。
俺は葵達に車の後ろで着替えるように伝えると瞼を閉じた。
じゃないとバックミラーを見てしまいそうだからね……。
シャッ、シャッとカーテンが引かれる音に続き、シュルシュル……パサッ……と服を脱ぐ音が聞こえてくる。
……、俺は無言でラジオの音量を上げた。
「おまたせしました」
「すみませんがお願いしますっ!」
「お願いしますー」
「ん、それじゃ行こうか。と言っても家の場所が分からないからナビセットしてもらえるかな?」
「わかりました、ちょっと失礼しますね」
そう言って後ろから体を乗り出してナビをいじり始める少女。
ナビに住所をセットしてもらう時に少しいい香りがしたのは秘密だ。
ナビがルート検索している間にちらっと横を見ると葵はジャージに着替えたようだった。
うなじに張り付いた髪の毛が色気を感じさせる。
雨も良い物だ。
そんな風に考えていると後部座席から声がかかった。
「渡さん、でいいんですよね?」
「うん? そうだよ」
「私は山岡 彩って言います。それでこっちが前田 志保です」
「よろしくおねがいしますっ!」
「そっか、俺は敷紙渡だ。よろしくね」
「「はいっ」」
自己紹介を済ますと俺は車を発進させた。
水飛沫を上げて車が雨の中を走って行く。
雨の中のドライブなんて久しぶりだ。
それも美少女を3人も乗せて。
俺は気分よくアクセルを踏み込むのだった。
首筋とかペロペロしたくなるのは私だけではないはず。




