【第9話 バケノカワ】
「いや~、参った。降参だ。黒山羊の盟主殿はなかなかのやり手なようだね」
彼は急に声のトーンを変えてそう言ってきたのだった。
「悪い悪い、特に危害を加えようっていうんじゃないんだ」
「ソウデスカ……」
「おいおい、そんな疑いの目で見ないでくれよ?」
急に変わった彼の調子に俺は不信を隠せないでいた。
「ああ、この喋り方が素だよ。さっきまでのは演技さ」
「何のために? と一応聞いておこうか」
「そうだね、これは七芒星の戒めの説明にもなるんだけど」
そう言って彼は語りだす。
魔法を悪用しようという者がいるように、それに対抗しようとする者もいる。
そしてそれは一つだけではなく、複数存在していると。
それぞれが連携をするための会合、それが七芒星の戒めと言うことだった。
「不可能を可能にする神の如く力を得た者は、その力に溺れることが多いからね」
「まぁ確かに魔法を使える者からすればその存在すら知らない人達はカモでしかないです」
「対抗手段ないしなー」
クロノとアルが頷く。
カモと言うのは言いすぎな気がするが、確かに魔法で何かされてもわからないだろうしなぁ。
「一つ一つの組織はそこまで大きいものじゃないんだけどね。それでも束ねればそれなりの力になるのさ」
「三本の矢の如く、か」
「そういうこと。とはいえ、ここのところはずっと苦戦していたんだ」
組織を運営するためにはお金がいる。
そしてそのお金はやはり魔法を悪用した方が効率よく集めることが出来る。
そう彼は語った。
さらに、資金不足により活動不能となった組織が発生しその所為で戦力が落ちてしまっていたらしい。
「一昔前には強力に支援してくれるパトロンがいたらしいんだけどね……」
「パトロン……」
誰の事だろうなぁ。
俺には皆目見当がつかないぞ?
本当だぞ?
「それで白山羊を喰った、黒山羊の盟主殿にもぜひとも参加してもらいたかったのさ」
「……、俺の名前は敷紙だ。黒山羊の盟主殿なんて仰々しい呼び方はやめてくれ」
背筋に何かゾワゾワしたものを感じてしまう。
そう、黒歴史ノートを見ているような……。
「くっくっく、やはり君は面白いね」
「そうか?」
「ああ、一応忠告しておこう。自分の名前や姿を軽々しく見せないことだ」
「それはどういう意味か、聞いてもいいか?」
「もちろん。恥ずかしいことだがね、獅子身中の虫がその場にいないとも限らないからね」
「なるほど……」
そんな奴らに名前や姿が知られると後々面倒なことになると。
「それで僕もこんな姿をしてるって訳さ」
マスクや髪の色はもちろん、実は肌も特殊メイクで偽装していたらしい。
声は彼の魔法によるものだそうだ。
「ん? と言うことは俺が何も抵抗せずそのまま行っていたらどうするつもりだったんだ?」
「その時はその時さ。それにこの程度、乗り越えられない様では話にならないからね」
新人への洗礼ってことだったのか。
まったく、性質の悪い。
「そんなことは私達がさせないわ」
「はは、これは……、なかなか大変だね?」
彼は俺に向かって意味深にそう言ってきた。
別に大変なことなんてない、むしろ俺たちの世話をしているグリが大変なくらいだろう。
「それと、僕の名前は霧島と言う」
「……、教えてよかったのか?」
「名乗った相手に対して名乗らないのは失礼というものだよ。ただし会合の場では呼ばないでくれよ?」
「わかった」
「うん、頼む」
相手が俺を信用して名を明かしてくれたのだ。
それを裏切るような事は出来ない。
ただ会場での呼び名に困るぞ、これ。
毎回、宵の明星の盟主殿何て呼んでたら舌噛みそうだ。
「それじゃ、会合の場ではなんて呼べばいいんだ?」
「そうだな、アカリとでも呼んでくれ」
「分かった、それなら俺の事はクロで頼む」
うん、これならなんとか噛まずに言えるだろう。
「まぁ、君の実力はよくわかったよ。魔導書を3冊も保有しているとはね。白山羊を屠った、その事実に間違いなさそうだ」
「大したことはしてないけどな」
「いいや、これで連中の手が一つ潰せたんだ。とてもありがたいよ」
「連中、ね」
「それについては追々説明するよ。すまないが時間が押しているんだ、出来ればすぐにでも同行してもらえるとうれしいんだけど」
「まぁいいだろう。だが最後に一つ質問だ」
「なんだい? 僕に答えられることならなんでも答えるよ」
そう言ってもらえると助かるな。
俺の中では割と重要な質問なので。
「なに、大したことじゃない。その、だな。その奇抜な恰好、しなきゃダメなのか?」
「散々溜めた挙句にその質問かい……」
「ええやん、兄さん、うちらがコーディネートしたるわっ!」
「任せるですっ!!」
……、俺に拒否権はなかった。
魔法陣を抜けた先は大理石の上に赤い絨毯の敷いてある廊下だった。
壁と天井も大理石で作られたその廊下を揺れる蝋燭の火が照らしていた。
正面には重そうな鉄の扉が存在を主張している。
「その扉の向こうが会場だよ」
霧島、いや、アカリに促され廊下を進む。
近づくと俺達を歓迎するかのように扉が開いて行った。
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