【第1話 外に出る服が無い】
第6章、開始です。
「これなんていいんじゃない?」
「あら、良いですわね」
グリが白い生地にトキ色の花柄の入ったワンピースと、鶯色のカーディガンを勧めると葵は鏡の前に向かい嬉しそうに体に合わす。
うん、葵の少し暗めの茶髪によく似合う。
「それならこれなんてどうです?」
「ちょっと子供過ぎるような……」
葵は少し頬を染めながらイヤイヤと首を振る。
クロノ……、それは服と言うか……、いやまぁ服と言えば服なのだが。
水色の生地にうなぎをデフォルメしたようなキャラクターがちりばめられ、フリルが随所にあしらわれたそれはどう見てもパジャマであった。
それにしても、何故うなぎ?
「それならこれでどうやっ!」
「……、なんですかそれ……?」
「メイド服や!」
おいおい……。
流石にそれは無いだろう。
葵はお嬢様だぞ?
「これが? ふむぅ、良いかもしれませんね……」
良いのか……。
葵の感性がいまいち理解できない。
楽しそうに買い物を続ける女性陣。
そして今、俺は絶賛衆目の目にさらされています。
どうしてこうなった。
そもそも何故服を買いに来ることになったのか。
まぁ服以外にもいろいろ買うものはあったのだが、服まで付き合う必要ないと思うのだが……。
ショッピングモールで雑貨を購入し、服を買いに行く段になったら俺は席をはずそうと思っていたはずなのに。
「よろしければ服を選んでいただけませんか?」
葵のこの一言で俺も付き合うことになってしまった。
親子と言うには近すぎて、兄妹と言うには遠すぎる俺と葵。
それに美幼女3人を足した5人組。
そりゃ奇異の視線で見られますわ。
女物の服屋なので当然俺はすることが、いや、居場所が無い。
嗚呼、針の筵……。
そこにとどめが飛んでくる。
「旦那様」
服を選んでは持ってきて俺にお伺いを立てる葵のこの一言だ。
「こ、この服はいかがでしょうか?」
不安と期待を綯交ぜにしたような表情で聞かれれば、俺は否とは言えない。
「ああ、似合っているよ」
「そ、そうですかっ! ……、それならよかったですわ」
一瞬、ぱぁっ!と音がしたと勘違いするほど顔を綻ばせ、その後取り繕うように澄ました顔をする彼女。
周りの視線がさらに痛くなる。
「これなんてどや?」
「こ、これはっ……、だ、だめです!」
「なんでや? 兄さん、こういうのきっと喜ぶで?」
「……っ! そ、それでは1つだけ……」
「これもいいと思うです!」
「それもですか!?」
一体何の話をしているのか……。
「まぁ悪くないとは思うわよ? 私も一つ買おうかしら」
「それならお揃いにしません?」
「ええな、んじゃうちはこっちー」
「私はこっちです!」
「後で渡にも見てもらいましょ」
「えっ、そ、それはちょっと……」
「誰かに見てもらわんともったいないで」
「それは、そうかもしれませんが……、でも殿方にそんな姿を見せるなんて……」
知りたくない、いや知っちゃいけない、そんな気がする……。
時間よ、早く過ぎろ。
そんな俺の思いとは裏腹に、彼女たちの買い物は延々と続くのであった。
――1時間後。
「これも素敵だけれど、こちらもいいですわね……」
「こっちの方が良いんじゃないかしら?」
「ですです」
「いやいや、こっちの方がええやん」
女の買い物は長い。
俺はその事を実体験をもって思い知った。
――2時間後。
1時間前の俺はまだまだ甘かった。
何を知った気になっていたのだろうか。
現実を知るべきだ。
――3時間後
もう……、勘弁してくれ……。
――4時間後。
……。
――5時間後。
「まだ物足りないけど、そろそろ終わりにしましょうか」
「そうですわね。続きはまた次の機会にいたしましょう」
「お腹すいたです~」
「ああ、もうこんな時間やん」
時刻は6時を回っていた。
延々彼女たちの後ろについて回った5時間だった。
ちょくちょく意見を聞かれるが、適当に答えると睨まれるので気も抜けず。
次から次へと買い物袋が手渡され、俺の両腕には紙袋が大量にぶら下がっている。
魔力で力を強化していなければ立つことすら困難だ。
そんな状態だったので途中から周囲の視線が同情的になってきたことだけが救いだった。
そんな救いなんて要らねぇよ!
心の中でそう悪態をつく。
「というか、財布は大丈夫なのか……?」
流石にこれだけ散財できるほどの余裕はなかったはずなのだが。
明日からもやし生活とか嫌だぞ、俺は。
「大丈夫よ、お爺さんにお小遣いをもらったから」
「は……?」
え、待って、俺貰ってないんだけど?
「渡の分も私が預かってるわ。渡に直接渡すと碌な使い方しないから管理してくれって頼まれたの」
「……」
爺さん……、少しは信用してくれよ……。
孫の俺よりグリの方が信用されてるってどうなのよ……。
というか、これだけ散財できる程の小遣いって一体いくら渡したんだ。
「私達は1人300万円。葵は1000万円ね」
グリがこそっと耳打ちしてくる。
俺達が1人300万円と言うのも驚きだが、葵の1000万円ってなんだ。
「支度金ってことでしょうね」
まぁ、家財が一切合財無くなってしまったしなぁ……。
これからのことを考えるとそれくらいは必要……、いやいや、高すぎるだろ。
別の意味が含まれているんじゃ……。
いい加減現実を見つめるべきか。
「あ、渡の分は10万円だって」
俺は現実から目を逸らした。
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