【第19話 掴めぬ希望】
「そうはいってもな、俺は君の事は名前すら知らないんだが……」
「っ……。そう、なら教えてあげるわ。あなたの一族が、何をしてきたのかを」
そう言って彼女、来栖 葵は語りだした。
元は3代前に遡る。
当時の来栖家の当主と敷紙家の当主の敷紙 肇、俺の曾爺さんは同好の士として仲が良かった。
そして曾爺さんが魔導書を手に入れたその場に居合わせたそうだ。
場合によっては魔導書を巡っての殺し合いになってもおかしくなかったが、特にもめることもなく、むしろ祝福したらしい。
その後、敷紙家は大戦を契機に大きく勢力を伸ばす事になる。
来栖家と共に。
もちろんその陰には魔導書の存在があったことは想像に難くない。
「それなのに、それなのに!」
曾爺さんが亡くなる10年ほど前くらいだろうか。
敷紙家は方針転換を行う。
魔導書に頼らない、それどころか魔導書を封印する方向に動いた。
しかも盟友たる来栖家を真っ先に切り捨てて。
敷紙家から急に切られた来栖家は難しい舵取りを迫られる。
結果、没落。
両親はお家再興を夢見て無理をして働き、そして力及ばず失意の中病没。
今ではこの屋敷しか財産は残っておらず、それも近いうちに処分せざるを得ないところまで追い込まれた、と。
使用人は皆やめて行き、残るは祖父の代から勤めていた執事、市野谷くらいだったそうだ。
「それは……」
「魔導書さえ手に入れば! 来栖家は、お父様とお母様の夢は!」
「あー、盛り上がってるところ悪いんやけどな」
アルが苦笑いしながら割り込んでくる。
こいつがこの手の話に割り込んでくるなんて珍しい、そんな風に思いながら場を譲る。
「うちを手に入れたところでそりゃ無理やと思うで?」
「そんなことない! 魔導書さえ手に入れれば、その力でどうにでもなるわ!」
「んー、ちょいとばかし認識が違っとる様やな? 確かにうちの力添えも無いわけやなかったけど、あれは本人の才覚によるものやで」
「嘘よ! 現に敷紙家は魔導書を手に入れてから発展しているじゃないの!!」
確かに、俺も魔導書の力で発展したのだと思っていたのだがどうやら違うらしい。
まぁ、そうじゃないと化け物とまでは言われないということだろう。
「そうはいってもなー。それにあの時は大戦のどさくさとその後の経済発展があってのものやからなぁ。今みたいに安定した時代じゃ無理や」
「それでも……、可能性は……」
「それにな? あんたうちを使役できる程魔力ないやん。死ぬまではいかんやろうけど、所持するのが精一杯で魔法を使うのは無理やで?」
「なっ!? ま、魔導書から魔力を得られるのではないの……?」
「違うで。何を吹き込まれたか知らんけど、土台無理な話っちゅーこっちゃ」
「そんな……」
彼女は俯き黙り込んでしまった。
それを見て俺はクロノとグリに指示を出す。
「クロノ、結界でこの部屋覆って。魔法を使えない様に」
「分かりましたです」
「グリ、彼女の拘束を解くんだ」
「ええ、すぐに」
拘束が解かれた彼女は床にへたり込みペンダントを握り締めて呆然としている。
「私が、私が今までやってきたことは、なんだったの……」
「なぁ、まだ君は若い、やり直しならいくらでもできるだろ?」
「……、ふふ……、怪しい連中と手を結んで、オカルト集団まで作ってこのざまか……」
彼女の自嘲気味の笑い声が静かな部屋に響く。
今まで目標としていたものが自分では手に入れられない事実を突きつけられ、心が折れてしまったのかもしれない。
それを癒すには時間が必要だろう。
「帰って……」
「……」
「もう手出しはしないわ、約束する。だから、帰って」
「そうしたいのはやまやまなんだがな……、その前に2つ聞かなければいけないことがある」
「何よ……」
訝しげにこちらを見つめる彼女に俺は問う。
「去年の冬頃、うちの屋敷に襲撃があった。その際に君たちでは手の入れようがないであろう霊薬が使われていたんだ。どこから入手した?」
「襲撃? 何のことよ」
「分からないならいい……、もう1つだ。インターネットで配布した魔法陣は1枚だけか?」
「さっきから何言っているのかさっぱりわからないのだけど、電気すら止められてるのにインターネットなんて引けるわけないでしょ」
電気も止められていたのか……。
てっきり不意打ちをするために屋敷全体を暗くしていたのだと思っていたが違ったらしい。
「それじゃ、君が俺たちに手を出した件を教えてくれ」
「はぁ、仲間を増やしてこれから行動に移そうとしていたんだけどね。あなたの耳の良さには驚かされるわ」
「そうか……、分かった……。元気でな?」
「ふっ、面白いこと言うわね……」
「そうか?」
「そうよ……」
そう言って俯く彼女の表情は見えなかった。
来栖邸の扉から出て、来た時にも通った石畳を歩く。
庭をよく見ると表だけは形を整えているものの、奥の方は荒れ放題になっていることが分かる。
執事一人ではこれが限界ないということか。
彼女の将来、それは俺にはどうにもできない。
彼女自身の力で切り開く必要があるのだ。
掌をじっと見つめる。
俺に力があれば、助けになれたかもしれない。
そんな想いを胸に、俺たちは門の敷居を跨いだ。
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あと少しで5章も終わります。




