【第2話 それは御手拭ではない】
次の日の朝、昨夜封鎖した古物商へ……行くことは当然なく、俺たちは花見に向かった。
昨夜は夜桜だったからな。
今日は普通の花見だ。
上野公園でのんびり花見をと、俺は思っていたのだが……。
「なんじゃこりゃ」
「すごいわね」
公園内は右を見ても左を見ても人だらけ。
地面は全てブルーシートで覆われ足の踏み場もない。
これ、真ん中に陣取った人たちはどうやって自分の陣地へ行くつもりなのだろうか。
「これじゃ桜見えないです……」
「せやなぁ……」
都心部の有名どころは大体こんなものだと警備をしていた人に教えてもらった。
平日の昼下がりにこれはすごいな。
お前たち仕事はどうした。
俺は自分を棚上げにして心の中でつぶやく。
俺? 俺は高等遊民だからいいんだよ。
「お~い!」
う~ん、しかしこれじゃ花見は無理っぽいな。
屋敷に戻るまで花見はお預けか。
「お~い! 君たちもこっちに来ないか?」
「そうそう! 一緒に花見をしようじゃないか!」
でもそうすると今日1日、することがなくなってしまうな。
何をするかなぁ。
東京観光は一通りもう済んでるし。
予算もないしね。
「もしも~し、聞こえてないのー?」
「そこの子供連れのお父さん~!」
おっと、春とはいえちょっと冷たい風が……。
ってちょっと落ち着けグリ!!
「渡退いて! そいつら殺せない!」
「退けるかっ!!」
「何話してるんですか~? こっちで一緒に花見しましょうよー」
風魔法をぶっ放そうとしているグリを落ち着かせているのを知ってか知らずか帽子を深めにかぶったおっさんがこちらに近づいてくる。
こっちの気も知らないでにこにこと笑いやがって!
ふぁっく!
「渡さんはお父さんじゃないですし、私も子供じゃないです……」
「おーけー、クロノ、ちょっとその手を下げようか」
「遠慮なさらずに、十分広い場所を取っておりますので」
クロノはクロノで両手を上げて死霊術を発動させようとしていた。
この程度のことで爆発すんなよ。
っと、アルは大丈夫か?
静かなアルを見ると……。
「いやーすみませんなー!」
「いえいえ、お構いなく。あなたみたいな綺麗な御嬢さんと一緒に花見ができるとは僥倖ですわ~」
……、先に行って花見を始めていた。
おい、そこのおっさん、その手の動きは何だ。
ワキワキと動くおっさんのそれは、とても卑猥な動きだった。
「まったく、仕方がないな……」
「いやー無理を言ったみたいですみませんねぇ」
「いえいえ、お気になさらずに」
「はは、そう言ってもらえると助かります。なんせ朝からやってましてねぇ。流石に昼過ぎになると桜にも飽きてしまいまして話し相手が欲しかったんですよ」
俺たちはおっさん達のブルーシートへ向かう。
10人は余裕で座れるほどの大きさのあるブルーシートは綺麗に四角く張られ、その上には重箱とお酒が並んでいた。
三段に積みあがった重箱の蓋には高山屋のマークがあるし、ビールの入った段ボールには自らがプレミアムである主張がでかでかと書かれてある。
外にある缶はどれも水滴が付いておりその内容物の冷たさを物語っていた。
思わず俺は喉を鳴らす。
「グリ、アル、クロノ。静かにやってくれ」
「「「は~い」」」
返事と同時に結界と障壁、幻術が展開される。
結界と障壁により境界線を越えての移動ができなくなる。
そして幻術により外からは不自然に見えないようにっと。
「「は……?」」
呆然としているおっさんたちに俺は告げる。
「ばれないとでも思ったのか?」
「君は一体何を言っているのかね……?」
「そうだとも! せっかく花見を楽しもうと誘ったのに!」
おっさんたちは二人とも顔を真っ赤にして睨んでくるが気にしない。
「グリ、雷で軽く撫でてやれ」
「分かったわ」
「「「ギャッ!?」」」
グリから二人に向かい紫電が走ったかと思うと二人は一瞬痙攣し、そのまま倒れた。
「罠は……、なさそうだな」
「せやな、毒の類はないで」
「呪いも特になさそうです」
二人からの報告に安堵する。
こんな人の往来が活発どころか密集地で仕掛けてくるとは……。
白山羊とやらはよっぽど考えなしなんだな。
「ふ~、とりあえず一安心か」
グリが風魔法をぶっ放そうとしたときは焦った。
桜が散ってしまうからな。
逃げる選択肢もあるにはあったんだが、アルはやる気満々だったしクロノも言わずもがな。
それに、重箱と冷たいビールも捨てがたかったしね。
しっかし、こいつら騙す気あったのか?
朝から飲んでると言いながら重箱は開かれてないし、ビールが冷えてるとかすぐに分かるような嘘をついてまで誘っておいて罠が一切ないとは。
「どうする? 結界とか解除する?」
「いや、せっかくだからこのまま維持で。重箱も毒は入っていないみたいだしな」
「食べてええん?」
「せっかくあちらさんが用意してくれたんだ。そのご厚意は無駄にしちゃダメだろ」
「やったです!」
よく冷えたビールと美味いつまみ。
青空を背景とした桜は最高に綺麗だった。
くぅ~っ! しあわせぇ……。
から揚げを指でつまみ口に運ぶ。
うん、美味い!
「っと、あ~……」
指が汚れたことに気が付く。
なんで箸があるのに指でつまんでしまったのか。
後悔先に立たずである。
ハンカチで拭くとグリが怒りそうだしなぁ。
なんかいいものは無いかと周りを見ると何やら紙らしきものがおっさんたちの傍らに落ちていた。
これ幸いとその紙で指を拭う。
「ん……、手紙か?」
遠慮なく文面を読むとおっさんたちの上役らしき人物からの指示が書いてあった。
「……、このブルーシート、魔法だったのか……」
どうやら俺たちを誘い込んだ後、魔法によって俺たちを捕縛、連行するつもりだった様だ。
罠がなかったのではなく、グリの魔法に巻き込まれ既に倒されていただけだったらしい。
少し安心……でいいのか?
日が沈むころまで花見楽しんだ俺たちは、おっさんたちを縛るとグリの中に放り込んで上野公園から撤収し件の商店街へ向かった。
お読みいただきありがとうございました。
またお時間のあるときに読んでいただけたら幸いです。




