【閑話 血の呪い】
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年の瀬も押し迫ったある日。
俺は扉の前で右往左往していた。
扉の向こうからは妻の苦しむ声がきこえる。
「くそっ!」
何もできない歯がゆさに俺は悪態をつく。
先ほど何かできることはないかと狼狽えながら聞いてみたが、男は出て行けと部屋から追い出されてしまった。
まったく、ここは誰の家だと思っているんだ?
当主たる俺を追い出すなんて。
とはいえ、相手は俺も世話になった人だ。
……、分かっている。
この人以上に妻を任せられる人なんていやしない。
世間一般では男は黙ってどんと構えて居ろなんていうが、実際にそれができる男がどれほどいることか。
偉そうなことを言っている奴もいるが、きっと自分が当事者の時は狼狽えていたに違いない。
そうでないならそいつはきっと冷たいやつだ。
間違いない。
「くそっ……」
俺はお守りを握る手に力を込める。
使用人を使うのではなく、自ら現地に赴き買い求めたお守りだ。
妻には呆れられたが、俺にはこれくらいしかできることがないからな……。
仕事にごっそり穴をあけて迷惑をかけた部下達には少し申し訳ないなとは思うが、これも仕方がないことだと思う。
部下たちからは「敷紙さんも人間だったんですね」なんて失礼なことを言われたが、迷惑をかけたことを考えると甘受するしかあるまい。
「おんぎゃー! おんぎゃー!」
「!!!!!!」
扉の中から元気な赤ん坊の泣き声が上がった。
俺は思わず扉に手をかけるが鍵がかかっていた。
「おい!! 開けろ!! 開けろと言っている!!」
「うるさいね! ちったぁ落ち着かんかい!!」
中から産婆のツネさんが出てくる。
「し、しかしだな……」
「あんたと同じ、元気な男の子だよ」
「そうか! 男の子か!」
俺を取り上げたツネさんの腕を信じていなかったわけではないが、やはり不安だったのだ。
とにかく無事に生まれてくれてよかった。
それも男の子だ。
敷紙家の跡取りとなる、長男の誕生に俺は喜びに震えた。
「ほら、顔を見てやりな」
ツネさんに連れ添われ、妻の元へと向かう。
「おお……、こいつが……」
「あなた、元気な、男の子ですよ……」
「うむ、うむ! よくやった! でかしたぞ!!」
「ほら、大きな声出さない!」
「す、すまん……しかし、そうか、これで俺も父親か……」
「ふふ……」
息子を見て、俺は誓う。
お前には絶対に苦労は掛けさせない。
お前は、お前たちは俺が守るのだ。
あれから四半世紀が過ぎ、今度はその息子の子供が生まれようとしている。
何やら機械で確認し、男の子と言うことがすでに分かっていた。
待望の跡継ぎだ。
「孫、か……」
父の残した負債はあらかた綺麗になった。
その過程で敷紙家は力を落とし大した資産は無くなっていたが、これで良かった。
俺はそう思う。
後はあのど田舎に置いてある屋敷の処分だが……。
「親父め、最後の最後で魔導書に力を与えやがって」
仕方ない。
息子や孫が接触しないようにするしかないか……。
出来ればすべて処分したかった。
愛する家族がきな臭い世界へ足を踏み入れないように。
その入り口となるものは全て消し去ってしまいたかった。
俺はもうどっぷり肩まで浸かってしまったが、息子たちにはこちらの世界に来てほしくはない。
彼らには才能がある。
流石俺の息子と孫だと喜びたいところだがそうはいかない。
だからこそ、一歩でもこちらの世界に踏み込めば元の生活に戻ることは困難だろうから。
彼らには普通の、幸せな人生を歩んでほしい。
自分の今までの人生が幸せでなかったとは思わないが、危険であったことには間違いがないのだから。
彼らにそのような危険を冒させたくはない。
冒険なんてする必要はないのだ。
孫が成人した時、儂も既にオカルトの世界とは殆ど切り離された生活となっていた。
もう大丈夫だ。
そんな風に安心していた。
だが、奴らはそんな儂たちを放っておいてはくれなかった。
どうして放っておいてくれないんだ。
もうお前たちにかかわるつもりはないのに。
借りは全て返しただろうに。
儂の考えが甘かったのだろうか。
いや、頭のどこかでは分かっていたのだ。
才能があるものは様々なものを引き寄せる。
それが自らの意志にそぐわないものであっても、だ。
「血の呪い、か……」
父の息子であったことは素直に誇らしい。
そして自分の息子も、孫も、足りないところはあるものの儂に似て優秀だ。
愛してやまない自分の血族。
その血が今となっては少々憎らしい。
最近分かることがある。
もう儂の命は長くない。
持ってあと10年かそこらと言ったところだろうか。
「仕方がない……」
儂が居れば、守ってやれる。
だが、人は寿命には逆らえない。
儂が居なくなっても、自らを守る力が必要だ。
息子は国家公務員となり、国の中枢にいる。
国がきっと守ってくれるだろう。
しかし孫は民間企業に勤務している。
誰も守ってくれないなら、自分で自分の身を守る必要がある。
「儂が今までやってきたことは何だったのだろうか……」
我ながら中途半端だとは思う。
屋敷を孫に贈与し、そこに向かわせたはいいが魔導書のことは一切説明していない。
後のことは孫に任せる形となってしまった。
孫にオカルトの世界へ踏み込ませる最後の一押しを儂は出来なかったのだ。
だがそんな儂の思いを余所に、渡は無事魔導書の所有者となっていた。
安心したのもつかの間、久しぶりに会った渡は信じられないことに3冊の魔導書の所有者となっていたのだ。
一体どれだけの魔力を持っているのか。
渡は今まで一切魔力に関する訓練を行っていなかったはずだ。
一般人が魔導書を持つとそれだけで魔力が枯れて動けなくなってしまう。
そんな呪われていると言っても過言ではない魔導書を3冊も……。
最後にあったのは1年前だっただろうか。
そのころは普通の人間よりも魔力は少ないほどだったというのに。
よく視ると体から発散されている魔力が全くないということに気が付く。
恐らくすべての魔力を完璧に制御しているのだろう。
自分の孫ながら恐ろしいまでの才能だ。
たった1年でここまで成長するとは。
もはや魔導書無しでも魔法に頼らなくても直接魔力操作で事象を引き起こせる様になっているだろうことは想像に難くない。
驚愕、歓喜、そして不安に儂は震えた。
その才能は、その力は、様々なものを引き寄せるだろうから。
渡につき従う魔導書たち。
彼女たちはどこまで渡について来てくれるだろうか。
彼女たちは人間ではない、人知の及ばない存在だ。
「最後のひと仕事、と言うことかな」
儂は自嘲気味に笑う。
その声を聴く者は誰も居ない。
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