【第3話 クーリングオフは使えますか?】
「これで契約成立だね」
そう言って笑う彼女に俺は問いかける。
「それで、グリ、魔法を捕まえるのを手伝うのはわかった、手伝おう。
だが、そもそもなんでこの家にグリが、魔道書があるんだ? そんな話聞いたことないんだけど」
「えっとね、元々は肇って人が世界を回ってる最中に珍しい話を集めてたことが発端なんだ」
「え、うちの曾爺さん?」
敷紙家、中興の祖としていろいろ逸話があるらしいが俺はあまり興味がなかったので聞き流しててあまり覚えてないんだよな。
中にはそれは流石にないだろ……。って話もあったと思ったけど。
グリが言うには曾爺さんが世界中のいろんな話を集めて、1冊の本にまとめているうちにそれが魔導書となった。
そして亡くなる際に魔導書に魔力をすべて移したことで覚醒したらしい。
……、魔法ごと。
「覚醒した魔法たちにはそれぞれに意識があって、大人しい子は良いんだけどやんちゃな子もいっぱいいて、時々魔法書を抜け出してはいたずらしてたんだ」
「おじいさんが言っていた怪奇現象ってもしかして……」
嫌な予感が胸をよぎる。
「うん、たぶんそう」
「まじかよ……」
「でもでも! そのおかげで曾御爺さんの屋敷は売られずに済んで渡と会えたんだから結果オーライよね!」
「お、おう」
本当に偶然だったのだろうか?
曾爺さんは相当なやり手だったって聞いてるし、もしかして……まさかな。
「それでどうすれば捕まえられるんだ?」
「ふふ、驚かないでよ? 私、グリモワールの正統な所有者はその中に収められている魔法を使うことができるの!」
「マジ? もしかして俺は魔法使いになったってことか?」
俺の期待を込めた眼差しにグリは口角を吊り上げる。
魔法か、ロマンを感じるな。
「それで、どんな魔法が使えるんだ?」
はやる気持ちを抑えて俺はグリに問いかける。
「1つめは「会話」って魔法よ!」
「会話?」
「そう! お話ができるようになる魔法なの!」
「えー」
「何よ、その微妙な反応」
「いや、だってお前、お話って……誰でもできるじゃん?」
……、正直微妙な気が……。
もっとこう、剣と魔法の世界で戦えるような空飛んだり炎放ったりっていうのないのだろうか。
もっとも、現代日本でそんなことをしたら即警察のお世話になりそうだが。
「むぅ、そういうことじゃないのに……」
「じゃあどういうことだってばよ?」
「何その言い方。えっとね、知性あるもの相手ならどんな相手でも会話ができるの」
「おお? それって英語しゃべれなくてもアメリカ人とかと話ができるってこと?」
確かに結構すごいかも。
これがあれば通訳の仕事ができるわけだし手に職ってことだろ?
給料もいいって聞くし最悪の場合の逃げ道は確保できるってわけだ。
いや、魔導書とセットだからどっちにしろ逃げられないじゃないか。
やっぱり微妙だな。
「それだけじゃないわよ、知性ある相手なら人間じゃなくて会話できるんだから!」
「それはすごいな、微妙だけど」
「微妙って、渡は一体どんなのを想像していたのかしら……」
そういうとグリは少し拗ねたように口をとがらせる。
微妙微妙言いすぎたかな。
「あー、わかったわかった。それで他には何があるんだ?」
俺は他の魔法の説明を促す。
グリ曰く、実体のない相手に肉体を付与したり、実体のある相手には代わりの肉体を与えることができる「実体化」。
指定した格下の相手を捕縛することができる「捕縛」。
そして自分より格下の相手なら詳細な位置がわかる「探知」。
会話の他にはこの3つが収められているらしい。
なお、探知の魔法は同格でも大まかな方向と距離が分かるそうだ。
「魔法は対象を意識して魔法名を唱えるだけで使えるから、使うのは難しくないのよ」
「へー。例えばグリを捕縛って言えば「きゃあああああ!!!」
魔導書から出てきた黒い手の様なものが何本もグリの体に巻き付いていく。
柔らかい肌に巻き付いた手が、なんとなくイケナイ香りを醸し出している。
というか、本当に言うだけで発動するのかよ。
「んっ!! ひゃんっ!? さ、触らないでっ!!」
何とか拘束から逃げようともがくグリを見て「これって自由にしゃべることも難しいな」と考えていた。
「見てないで助け ひゃわっ!? や、やめ……んっ!!」
おっと、忘れてた。
しかしこれ、どうやったら止められるんだ?
「解除って、言うだけ……あっ! んぅっ……!」
なんとなくもう少し見ていたいと思ったがグリが半泣きになっていたので解除することにする。
残念だ。……、なにがだ?
なんとか拘束を解かれ、顔を紅潮させながら息を荒くするグリだったが少しすると何とか持ち直した。
なんか視線が冷たくなっている気がするが、たぶん気のせいだろう。
「ふ~む……」
「……、どうしたの?」
「だったらグリが探知と捕縛連打すればすぐに終わるんじゃないのか?」
「うっ……」
やっべ、またなんか地雷踏んだか?
「私……、魔法に逃げられたダメな魔道書だから……」
「い、いや、そんなことないと思う……ぞ?」
「ううん、本当にダメなの、魔法を導く書、魔道書のくせに4つしか魔法がないから……私より格下の魔法なんて……ない……」
「う……、つまりあれか、捕縛することは出来ないし探知も大まかな方向と距離しかわからない、と」
「ごめんなさい……あとは所有者の魔力を上乗せすれば多少変わるらしいけど微々たるものだから……」
「いいや、それだけわかれば上等だ、後は任せとけ」
「でも……」
「お前の所有者を信じろよ?」
「……、わかった、私の渡を信じる!」
ん?なんか悪寒がしたような……、まぁいいか。
「それで、どのくらいの数の魔法が逃げ出したんだ?」
「んっとね、元々私に収められていた魔法は22種で、4種残ってるから18種の魔法が逃げたことになるわね。
魔法は逃げ出したばかりだからたぶん力を蓄えるために本の中に逃げ込んでいると思うの」
――リミットはおおよそ1年。
グリはそう言った。
それくらいで魔法は力を回復させ外に出て行ってしまうそうだ。
ずいぶんゆっくりだなと思ったがなんでも書庫自体が外部と隔離した空間なので
どうしてもリソースが限られてくるそうだ。
存在を維持するには十分な量だがそれ以上となると途端に不足する。
そういう物らしい。
「本の中に、か。それじゃ探知で本を見つけて実体化させてどうにかして捕まえればいいんだな?」
「ううん、本の中に逃げ込んでいる魔法は既に本としての実体を得ているから相手が少しでも抵抗すると実体化は出来ないわ」
「おいおい、それじゃあどうやって捕まえるんだよ」
「大丈夫、渡は魔道書の所有者だから魔法が逃げ込んで魔法書になった本に入り込むことができるわ。そこで魔法をギッタギタにしちゃえばいいのよ!」
ギッタギタってまた古い表現を。
「それって大丈夫なのか?」
「う……、魔法書の中で万が一死んじゃったら自分では出てこれなくなるわね……」
グリは目を泳がせる。
「まずいじゃないか……」
「だ、大丈夫! 私もついてるし!」
俺は頭を抱える。
もう逃げ出したままでもいいんじゃないか?
別に逃げ出したからってちょっと怪奇現象が発生するだけだろ?
命かけるほどのものじゃないと思うんだよな……。
「で、でも捕まえないと……魔法が力を蓄えて外に出ちゃったら世界を侵食しちゃう……」
「侵食って大げさな」
「ううん、おおげさじゃないのよ、力ある魔法には世界の理を変える力があるの。
そしてそのことに誰も気づくことができないから、一度野に放たれた魔法は手に負えないのよ。
だから……お願い……」
目に涙をためるグリ。
ああ、もう、その顔は反則だろ……幼女趣味に目覚めてしまいそうだ……。
「最後に一つ質問だ。本に入ってる最中に本が燃えたりしたらどうなる?」
「魔法書は燃えたりしないわ。仮にハサミで切られてもすぐに元に戻るもの。ただ炎で炙られると熱いし、ハサミで切られた痛みは感じるわ。でも……」
「あーもうわかったわかった、そんな悲しそうな目で俺を見るな!」
「渡……!」
「ただし! 作戦は『いのちだいじに』だ!」
「うん、うん!」
どうしてこうなったんだろう。本当についていない……。
「ありがとね、渡」
そうでもないらしいと思った俺はもう手遅れかもしれない。
お読みいただきありがとうございました。
またのご来訪お待ちしております。
2016年11月8日改稿しました。
内容:修正履歴をまえがきからあとがきへ移動。主人公のテンションがおかしいので修正。あとちょっとしたイベントを追加。