【第6話 コワレルセカイ】
この世界に来る前にアルは言っていた。
大規模な空間系魔法かもしれないと。
つまり相手は魔法を使えるということだ。
こちらが魔法を使うとおそらく感知される。
ならば魔法を使わない方法で現状を打開するしかない。
トイレから宴の会場に戻る途中、侍女から空のグラスを2つもらい持っていた日本酒を注ぐ。
そして俺はさり気無くグラスを隠しながら宴に混ざる。
そこに黒野さんがまた声をかけてきた。
「あ、居ました。どこに行ったのかと思いましたよ」
「ああ、すみません、少々雉撃ちに行っておりまして」
「っ! そ、それはすみません……」
こちらから声をかけようと思っていたのに逆に話しかけられて少し焦ったが顔には出ていないと思う。
これからやることを考えると疑われては不味い。
「いえいえ。それよりこれ、いかがです? 美味しいですよ」
「あら? 敷紙さんこれ飲まれたんです?」
「ええ、漸くのどを潤すことができました」
俺は少し中身の減ったグラスを黒野さんん見せながら微笑む。
黒野さんは嬉しそうに笑って減っていない方のグラスを受け取り口にした。
「ん? こんなお酒ありました?」
「ええ、あちらの方で侍女の方からいただきまして」
「そうなんですか。あちらのテーブルに並んでいる料理も美味しかったので一緒に行きません?」
「いいですね、行きましょう」
黒野さんは日本酒を飲んでも特に何もなかった。
勘違いだったか。よかった。
いや、まずいぞ、彼女は「美味しかった」と言っていた。
つまり既に口を付けたということだ。
どうする……。
「うわっ!」
気もそぞろに歩いたせいかテーブルに体をぶつけて倒れそうになる。
その拍子にグラスに入っていた日本酒が黒野さんにかかってしまった。
「すみません!」
慌ててハンカチを取り出して濡れたところを拭こうとする。
そこで黒野さんの様子がおかしいことに気が付いた。
「あ゛……、あ゛あ゛……」
「黒野さん……?」
黒野さんは急に頭を抱えて蹲ってしまった。
一体何が!?
と焦る俺の視界に修道服のポッケからはみ出した本が入った。
よくよく見ると本には濡れたような跡がある。
先ほど日本酒が黒野さんにかかった際に本にまで滲みてしまったようだった。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
黒野さんはのけぞり叫び声を上げる。
助けを求めようと周りを見ると、そこかしこに居たはずのレイスやゾンビ、スケルトンたちがいなくなっている。
「一体何が……」
そう思っていると天井や壁がボロボロと崩れ去って行った。
そして最後には赤い空にヒビが入ったかと思うとそれも崩れ落ち、俺は別館の入口に戻ってきていた。
「渡! 無事かいな!?」
焦ったようなアルの声がする。
「ん、あ、ああ?」
「生きとるな!? 正気失っとらんな!? 胸は無い方がいいやんな!?」
「お前は何を言っているんだ」
アルの頭を軽くはたくとアルは心底ほっとしたような表情をした。
というか最後のは何だ。
「そか、よかった……」
「それより黒野さんは!?」
悲鳴を上げて苦しんでいたはずだ、早く介抱しなければならない。
それより先に救急車か?
とにかく急がないと。
「ああ、あのシスターの姿したねーちゃんな。ありゃとんだ食わせもんやで」
「どういうことだ?」
「あれな、魔導書やわ」
「は……?」
「ほれ、そこに落ちとるやろ。そいつや」
足元を見るとロザリオと何かをこぼしたような跡のついた本が落ちていた。
「あー、気を付けてな。そのロザリオ、魔導具やから」
「魔導具?」
「なんやおかしいと思ったんよ。いくら渡が脂肪の袋が好きやったとしても、おかしすぎたしなー。物事には適度なサイズってもんがるやんな?」
脂肪の袋って……。
まぁいい。
「そうか、それで俺の視線が釘付けになったりしてたのか」
「いや、それは素やで」
「……」
「そのロザリオの効果は「信頼」、相手の言っていることを信じやすくなる効果やな」
「なるほどな」
今考えると不自然と思える点が多々ある。
そもそもグリが魔法で警備している、うちの屋敷にグリに気が付かれず侵入するなんて不可能に近いし。
あの時点で俺は相手の術中にはまっていたのだろう。
「それでまんまと相手の罠にはまってしまったと」
「渡が走り出した時は焦ったで? 追いかけようとしたら扉のところではじかれるんやもん」
「それはすまなかった。それで、俺はどれくらい囚われていたんだ?」
「ん? そうやなぁ、大体4~5分ってとこやな」
「たったそれだけ?」
むこうの世界には半日くらいいたと思ったんだが。
言われてみると外も暗くなっていない。
「そら完全にこっちの世界から切り離された空間やと時間の流れも相手の自由自在よ」
「とんでもないな……」
「空間系魔法は燃費極悪やけどそれさえどうにかなるなら最強クラスやからな」
「どうやってそんな魔力を捻出したんだ?」
「ちと想像できひんなぁ、あの規模となると渡が100回干からびてもひねり出せんレベルやで?」
二人で悩んでいると横から声がかかった。
「それについては私が説明させていただきます……」
読んでいただきありがとうございました。
評価、ブックマーク等頂けると嬉しいです。




