【第5話 死者の宴】
「「ごめんくださ~い!」」
城門へたどり着いた俺たちは誰かいないかと声を上げる。
「「誰かいませんかー!」」
何度も声をかけるも反応がなく、もうこれは無断で入るしかないかと思ってきた頃、奥から執事服を着込んだゾンビが現れた。
「っ……!!」
警戒を最大にし、一升瓶を構える。
突然襲いかかられても対応できるように黒野さんとゾンビの間に立つ。
そうして警戒しているとゾンビから話しかけられた。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。異世界からの来訪者様。」
「……、異世界からの来訪者?」
「左様でございます。こちらの世界はあなた様方の世界とは少々違う世界でして。あなた様方の世界のことを我々は異世界と呼んでいるのでございます」
「はぁ……」
とりあえず急に襲い掛かってくるわけではなさそうだ。
少し警戒を解きながら話を聞く。
「おっと、名乗りが遅れて申し訳ありません。私この城の主でありますキングレイス様にお仕えする執事のセバス・チャンと申します。以後お見知りおきを」
「あ、ああ。俺は渡、敷紙渡と言う」
「私は黒野峰子と言います」
「なるほどなるほど、敷紙様と黒野様でございますね。もしよろしければ少々お時間を頂戴いたしたく」
丁寧な物腰でお願いされるとこちらとしても礼を失した対応はとれない。
それに、ここから元の世界に戻るためにも話を聞く必要があった。
「私は構いませんが……」
俺は黒野さんの方をちらっと見る。
「わ、私も大丈夫です……」
少し震えているようだがなんとかなりそうだ。
「ありがとうございます。それではこちらに。我が主が会いたがっておりますので」
「……それは何ゆえに?」
仮にも王を名乗る者へそう簡単に謁見できるなんてありえない。
日本で暮らしてきた俺にもそれくらいは想像がつく。
しかしセバスさんは笑いながら答える。
「ははは、そう警戒されると少々寂しいものがございますな。
なに、大したことではございません。
この世界は見ての通り殺風景、何もないのでございますよ。
ですので稀に訪れる異世界からの訪問者の話を聞くことが何よりの娯楽なのでございます」
なるほど、確かにこの様子だと娯楽などは期待できそうにないな。
草木もない、動物もいない、風もなければ星もない。
唯一あるのは赤い月だけと。
キングレイスとやらとの謁見はつつがなく終わった。
王と言う立場上あまり気軽に話すわけも行かないため、聞きたいことがあるにもかかわらず聞けないとやきもきしている様だった。
「何もないこの世界ですが、訪問者様の話を聞かせていただいた心ばかりの礼として宴の準備をしております」
「宴、ね」
「見れば敷紙様は大層な酒豪のご様子、ぜひとも我々の酒も味わっていただきたく」
ちらりと俺の持つ一升瓶に視線を送ったセバスさん。
そこまで言われては断るのも失礼というものだろう。
俺たちは歓待を受けることにした。
「本日は無礼講である。各自日ごろの立場を忘れて好きにふるまうように! 乾杯!」
キングレイスの乾杯から宴が始まる。
多少待つことになるだろうという予想と反して宴はすぐに始まった。
なんでも遠くから歩いてくる俺たちを見て、すぐに準備を始めていたそうだ。
「準備が無駄にならなくてほっとしております」
と言われ、断らなくてよかったと俺はほっと胸をなでおろす。
もっとも、俺の杯には日本酒が注がれてあるわけだが。
最初の一杯は日本酒と決めてるんだ、俺。
宴が始まるとキングレイスたちは俺に様々な質問をしてきた。
どうやって生きているのか、何目的として生きているのか、何をして楽しむのか。
やはり死者ゆえに、生者の生活にあこがれるものがあるのだろうか。
俺は常に話しかけられ、なかなか酒やつまみに手を出すことができないでいた。
黒野さんは俺の元へ時々やってきては串焼き肉がおいしいから食べてみないかと差し出したり
お酒がおいしいから飲んでみないかと甲斐甲斐しく世話をしてきたが、とてもではないが飲み食いできる時間はなかった。
宴が始まって30分ほど経っただろうか。
少し疲れてきた俺はトイレに行きたくなったと断って離席する。
トイレの窓から場内を見渡すとところどころにゾンビやスケルトンがいた。
「死者の国、か」
一人呟くと俺はハッとした。
死者の国だと……?
昔聞いたことがる。
死者の国で何かを口にすると死者の国から戻れなくなると。
何かを共に食べるということはそれは仲間になった証、契約なのだと。
「落ち着け、落ち着くんだ……」
高鳴る心臓を抑え冷静に考える。
大丈夫だ、俺はまだ何も口にしていない。戻れる。
黒野さんは……、特に食べた様子は見えなかったが……、確証はない、どうすればいい……。
アルは……、アルは?
アルがいない。
なぜだ?
いつからいなかった?
炬燵を出て、別館に行って……、黒野さんと出会った時にはまだいた……。
扉を開けて……、そうかこの世界に来た時からいなかったんだ。
なぜ気が付かなかった!
くそっ! 落ち着け、焦っても何もならない。
「気が付かれてないよな……」
周りを見渡して誰も居ないことを確認する。
これが敵の罠だとするなら、気が付いたとバレるとまずい。
気が付いていない振りをしてその隙にどうにかしなければ……。
誰が敵の大元だ。
キングレイスか?
それとも執事のセバス・チャンか。
「いや、まてよ……」
黒野さんは最初別館の扉を自分で開けていなかったか?
俺は扉を一度閉じたはずだ。
なぜ自分で開くことができた?
それに本を見つけたときはどうだ、遮蔽物が何もないのに俺はすぐ近くにある本を見落とした。
その後黒野さんが見つけて本に向かって走りだし、俺はそれを追いかけて扉の中へ入った。
疑惑が大きくなるがそれでも確信までには至らない。
何かできることは……。
じっと手を見る。
そこには日本酒の一升瓶があった。
お読みいただきありがとうございました。
また読んでいただけると嬉しいです。




