【第2話 バターの香りと怪しい気配】
炬燵に入りだらだらしながら蜜柑を食べている昼下がり、俺はふと思い出した。
「すっかり忘れていたが、アル、お前に収められている魔法は何があるんだ?」
「はぁ……? あ、そっかうち魔導書やったっけ」
「……」
「いやー、すまんすまん。普通に過ごしてるうちにすっかり忘れとったわ」
こいつ、大丈夫か?
毎日雑煮食って蜜柑食ってぐーたらしてたしな。
グリと違って家事もしていないし。
ん? 俺? 俺は魔道書の所有者だからな。
別にかまわないだろ。
おいそこ、ヒモとか言うなよ。
確かにグリに家事全般をお願いしているけど、生活費は俺が出しているんだからな!
「渡ー、今月の小遣い、これね」
「あ、ありがとう」
「無駄遣いしちゃだめよ?」
……。
通帳も握られてるし傍から見ればヒモと言われても仕方ない気がしてきた……。
見た目12歳くらいの少女に尻に敷かれているのはちょっとどうなんだろう。
「うちは!? うちの小遣いは!?」
おい、居候。
違った、俺の魔導書だった。
「はいはい、アルの小遣いはこっちね」
「ありがとさんっ!」
魔導書ってなんだっけ?
少なくとも日本円を前にして感動に打ちひしがれる姿をしているこいつの様なものではないはずだ。
「今月の新作スイーツ、まだ食べとらんかったんよ! これで食べれるわー!」
「それってムネケンの月限定のやつ?」
「そそ、今月はチョコレート味の生地にホワイトチョコレートがトッピングされてるんよ!」
喜ぶアルとそれを見て微笑むグリ。
というかホントよく調べてるな。
グリもそうだけどいったいどこからそんな情報入手してるんだ?
「へー、いつ買に行くの?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれましたっ! なんとネット通販で取り扱ってるんや!」
「……、たまには外に出かけなさいよ」
「え~……、外寒いやん……」
わかるわかる、寒い日はおこた様の包容力に縋り付いてしまうのは仕方ないよね。
もう1か月以上寒い日が続いてるし、あと3か月は続くだろうけど。
「……今日のおやつはそれにしましょ。別枠で出すから買ってきて頂戴」
「ほんまかっ!?」
「そんなことで嘘ついてどうするのよ」
「ほなら行ってくる! 隣町に店があったはずやからな、渡! 車出してんか!」
行きたくはないが、グリがこう言いだした以上俺に拒否権はない。
あれ、俺グリの所有者だったよね?
強制命令権とか使えば……、後が怖いな。
「へいへい、んじゃ行きますかー」
「渡、お願いね?」
笑顔を向けるグリを見ると何も言えなくなる。
俺、笑顔には弱いんだよな。
むぅ、なんか俺、グリの掌の上で転がされてされてないか?
「あ、渡、忘れ物」
「ん? なんだ?」
「ちょっと屈んで」
「おう」
俺が屈むと頬に柔らかい感触があった。
「っ……!」
「えへへ、いってらっしゃい」
くそう、可愛いじゃねえか。
今日だけは文句言わずに言うこと聞いてやるよ。
……、順調に調教されている気がする……。
軽トラを取りに倉庫へ向かう。
最近は雪が続いていたので倉庫から出すのも大変かと思いきやしっかり除雪されていた。
むぅ、グリもがんばるなぁ……。
と思っていると、屋根の上で犬とワニの人形がスコップで雪かきしている姿が見えた。
ああ、そういうことか。
頑張れ魔法たち。
なんか違う気がしないでもないけど仕方ないよね。
共同生活だもんね。
俺は何もしていないが。
「うう……寒すぎやで……」
「エアコン掛けるから少し我慢してくれ」
エンジンをかけて暖機運転を行うがすぐには暖かくならない。
軽トラだからな、高級車とは違うんだよ。
屋敷の前の道路も近くの幹線道路まで綺麗に雪かきされてあった。
むしろ幹線道路の方が雪が残っている気がする。
俺は町へ向かって軽トラを転がす。
流石4WD、雪道でもなんともないぜ。
「それで、何の魔法が収められてるんだ?」
「ん? ああ、うちに収められてる魔法な。魔法レベル2の錬成、魔法レベル3の解呪と障壁、魔法レベル5の未来視の4つや。すごいやろ?」
錬成と解呪はともかく、未来視は気になるな。
未来が見えるなら賭け事は負けなしだよな。
FXとか無双できそう。
「ほー、そうなのか」
「なんや、反応薄いな。4つやで? 4つ!」
「うん?」
アルは収めている魔法そのものより数を主張してきた。
数で言ったらグリは22個だからなぁ。
5倍以上なんだけど。
そのことをアルに伝えるとアルは呆然としていた。
「ありえへん……。そんな、紙媒体が耐えられるはずが……。紙媒体だと理論上4つが限界のはずやで……」
「そうは言ってもなぁ。実際それだけの魔法があるわけだし」
ありえない。そんなことを呟き続けるアルを横目に俺はワッフルを50個も買った。
期間限定を25個に抹茶が25個だ。
「はっ、兄さんそんな買ってどないするん? 流石に3人じゃ食べきらんで?」
「んー、いつも雪かきとか頑張ってるもふーる達にもと思ってね」
俺の小遣いは死んだがたまにはいいだろう。
……、足りなくなったらグリにお願いしよう。
俺は釈然としないものを感じながら家路についた。
「最近別館から不穏な気配を感じるのよね」
平和を謳歌していた冬のある日、グリがそんなことを言い出した。
どういうことだろうか?
別館は手付かずだったが特に問題はないと思っていたのだが。
「なんていうか、先週くらいから別館の空間魔力が濁っているように感じるの」
「濁っている?」
魔力に濁ったとかあるのか。
埃っぽいとかは関係ないんだろうな。
ただ、グリが態々言ってくるということは問題があるのだろう。
仕方ないな。
「だが、俺はおこた様の虜なのだ」
「何を言っているのよ……」
「おこた様は最高やで~……」
仕方ないよね。
だっておこた様だもの。
おこた様に包まれて飲む日本酒さいこー。
「いい加減その布団も干したいんだけど?」
「むぅ……」
「別に1か月2か月干さなくなって大丈夫やろ?」
アル、流石にそれはどうかと思うぞ。
お日様の日を浴びた布団は、それはいいものだ。
そして今、萎びている炬燵布団は少々物足りないものを感じる。
「ふむ、それじゃ布団干してる間にちょっと様子を見に行ってくるか?」
「そうね。たぶん問題はないと思うんだけどちょっと心配だし」
心配なのは別館のことか、それとも布団のことか。
違うな、たぶんグリは延々引きこもり続けている俺とアルを心配しているのだろう。
炬燵の魔力はそれほどのものだったのだ。
「それじゃ、アル、いくぞ」
「ええ~。何でうちもいかなあかんの……」
「おまえは俺の魔導書だろうが……」
「そういえばうち、魔導書やったっけ」
こいつ、自己認識が消えかけてやがる……。
これはグリも心配するはずだ。
「アル……。たまには働こうか?」
「働きたくないでござる! 絶対働きたくないでござる!!」
あー、うん、甘やかし過ぎたなこれは。
少し根性を鍛えてやらねば。
自分のことを棚上げにアルの首根っこをつかむと炬燵から引きずり出した。
「さぶひ! さぶひで!!」
「そんな恰好をしているからだ。ほら、着替えてこい」
「うう……そんな殺生なぁ……」
真冬にもかかわらずショートパンツにTシャツといったラフな格好をしていればそりゃ寒いだろう。
せめて長袖長ズボンにしてくれ。
と言うか、せめてブラくらいしろよ……。
一応注意した俺にアルは少し照れながら
「別に兄さんなら見られてもかまへんで?」
とのたまった。
照れるくらいなら言わないでもらえませんかねぇ……。
というかグリが怖い顔をしているからやめてほしい。
アルを着替えさせた俺は日本酒を片手に二人で別館に向かった。
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