【第8話 迷宮の主】
ブクブクと音を立てる水溜りの横を抜け、俺たちは広間の奥へ向かった。
滑りやすい足もとに気を付けながら歩みを進める。
デカカエルの如く誤って落っこちると大やけどでは済まないだろう。
「何とかたどり着いたな」
鍵部屋の扉を眼前に見る。
俺は達成感を胸にここに至るまでの死闘を思い浮かべる。
地図を見ながら1階層を通過し、2階層では文字通りまっすぐ進み、3階層ではグリが雑魚を薙ぎ払い、BOSS戦では相手が自爆……。
あれ、俺大したことしてなくね?
……、きっと気のせいだ。
「あー、なんなんやろなぁ」
「なんだよその微妙な態度は、頼まれてつれてきてやったというのに」
「そうはいってもなぁ、なんか素直にお礼言える気持ちにならんわ……」
お家の壁に穴開けまくっちゃったしね。仕方ないね。
しかも結構大きく開けちゃったし、その上途中で方向がずれて余分に穴開けちゃったしね。
今考えてみると渦巻き状に壁ができているのだから方向がずれたからと言って態々全部壁を抜いていく必要はなかったな。
反省反省。
「ま、そうはゆーても、助かったのはホントや、おおきに」
アルは苦笑いしながら俺に礼を言うとグリの方を向く。
グリはモフールを腕に抱いたまま微笑んだ。
「よかったわね、お家に着けて」
「グリもありがとな? もふーるも」
「きゅー」
「さ、ここでボーっとしてるのもなんやし、あがってってーな。白湯くらい出すで」
やはりお茶は無いらしい。
俺が半日滞在したし、多少のポイントが入っているはずなので入手しようと思えばできるのだろうが
俺が盛大にぶち抜いた壁を直すにもポイント必要らしいので余裕がないのだろう。
1階層入口の扉も壊れたままだしな。
鍵部屋に入り周囲を見渡す。
高い天井にはゆっくりと明滅する水晶がちりばめられ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
壁面には蔦が生い茂り、その向こうにあるであろう岩肌は見えていない。
にもかかわらずなぜか足元のタイルには一切植物が生えていなかった。
視線を正面に向けると部屋の中央にはカーペットが敷いてあり、さらには座卓が鎮座していた。
いや、あれは座卓ではない?
卓上に存在を主張する橙色の宝玉にピラミッドの如くすそ野を広げる羽毛が入った布袋……。
ま、まさかあれはおこた様!?
なぜこんなところに!?
予想外の再会に動揺する俺にアルは話しかける。
「あまりじろじろ見んといてな? これでも女の子なんやから」
アルは少し照れたようにはにかみながら白湯を準備するために部屋の奥へと向かう。
グリは準備を手伝うとアルについていった。
「適当に座っといてー」
「あ、ああ……」
俺は取り憑かれた様にふらふらとおこた様の元へ向かう。
その包容力に俺は身をゆだね、意識を半分手放す。
そして橙色の宝玉手を伸ばしその甘露を味わおうとする。
しかし俺は気が付くべきだったのだ。
お茶すら出せない状況で、なぜ愛媛の魂があると思ったのか。
「あ、そや、部屋の真ん中にある迷宮鍵には触らんといてな」
部屋の奥から顔だけこちらに向けてアルが注意するが時すでに遅し。
俺は橙色の宝玉を握り締めていた。
「「あ……」」
緑の閃光が部屋を包むと同時に俺の頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
迷宮の構造、ラビリンスポイント、そして召喚できる魔物達……。
自分の外側にもう一つ自分の一部分があるような、そんな感覚。
光が収まると俺は呆然としながらアルに問いかけた。
「なぁ、これってもしかして……」
「迷宮の主になってもーたな……」
俺は悪くない! 迷宮鍵が紛らわしいフォルムをしている上に紛らわしい場所に置いてあったのが悪いんだ!
人の家のものを勝手に食べようとしたことは棚上げに俺は自己弁護を続ける。
アルの注意も遅かったしこれは仕方がなかったんだ!
それに迷宮は俺の屋敷の敷地内にある。
ある意味元々俺のものとも言えるのではないだろうか?
「まぁ、なってしもーたものはしゃーないわ。それで、どうや?」
「どうって?」
「迷宮の主になった感想や。
うちは魔道書やから管理代行は出来ても主にはなれんからな。
どんな感じがちょっと気になってなー」
そう言われて自分の外にできたもう一つの自分に意識を向ける。
様々な情報が脳内に現れたメニュー画面に表示された。
うん、ラビリンスポイントは残り三千万ちょっとか。
ずいぶんとある様に思えるが、アルの貧乏生活を考えると価値的にはジンバブエドルくらいなのかな。
「ラビリンスポイントが三千万ってあるが、これってどれくらいの価値なんだ?」
「はぁ!? めっちゃ増えとるやん! うちが前確認したときは2万150ポイントしかなかったのに!」
「ん? どういうことだ?」
「たぶんやけど、兄さん魔導書の所有者やん?
賢者扱いで滞在中にもらえるポイントが増えたんと思うんやけど……。
それにしても大盤振る舞いと言うかなんというか。
うちが今まで細々と暮らしてたんがあほらしく思えてくるわ……」
「そういわれてもな、だいたいどれくらいの価値があるかわからないんだが」
「大体やけど、1ポイントで食パン1袋買えるくらいかなぁ」
お?
と言うことは1ポイント100円くらいだから30億円分!?
まじか!?
それだけあれば豪遊しても一生遊んで暮らせるじゃないか!!
「ほんま羨ましいわ……」
「なんかすまんな」
「ええんや、ええんやで……」
そう言って肩を落とすアルは煤けていた。
アルはため息をつきながら続ける。
「他にはなんかあるか?」
「ふむ、とりあえず言えることは……」
「言えることは?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
一拍の間をおいて俺は重々しく告げる。
「この迷宮、もうすぐ崩壊するわ」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ご意見、ご感想お待ちしております。