【第30話 敷紙家へようこそ!】
2人の家の中間地点のコンビニに到着する。
時刻は午前9時20分を少し回ったとこだ。
彼女達はまだ来ていないようだった。
既にアスファルトはかなり暑くなっており、天気予報が伝えていた通り今日は酷暑日になるだろう。
雲一つ無い、晴れ渡った青空の下で俺はコンビニで買ったカリカリ君を一口齧る。
くぅ……。
このジャンクな旨さ、たまらんねっ!
何も書いていないアイスの棒を眺めていると遠くからキャスター付のバッグをえっちらおっちら運んでくる2人の少女が目に入った。
1人は水色のワンピースに日傘スタイル。
もう1人はTシャツにショートパンツ、そして麦わら帽子と言った格好だ。
「こんにちわーっ! しばらくお世話になります!」
「お世話になりますー」
「ん。忘れもなないな?」
今ならすぐとりに戻れるし、最悪コンビニも目の前だしもう一度確認してもらう。
彼女達は思い出すしぐさをしながら、特段忘れ物は無かったようで俺に向かって頷いた。
「うー、うん、はいっ! 大丈夫です! 歯ブラシも着替えもちゃんと持ってきてますよっ!」
「水着もねー」
うん、それ大事だよね。
水着が無ければせっかくのプールが楽しめないもんな。
どんな水着かは……、まぁ後のお楽しみとしておこう。
「あれ? もしかして楽しみにしてたりします?」
山岡さんがニヤニヤしながらこっちを見てくる。
ふむ、ここは大人の余裕を見せつけてやるとするか。
「何を言っているのかね。子供が大人をきゃらきゃう……」
「噛みましたね」
「噛んだー」
「……、ほれ、いくぞ……」
「あ、誤魔化した」
「置いていくぞ!」
そう言って俺は運転席に乗り込むのだった。
大人の余裕(笑)
「ああっ、待ってくださいよーっ!」
2人は慌てて後部座席に乗り込んだ。
「シートベルトしたら出発するからな」
「「はぁい」」
余裕のない大人を1人と小悪魔少女を2人乗せた車は、到着を待ちわびる友の元へと夏の空の下を駆け抜ける。
「そこの門から入るから」
「うへぇっ! この壁の中、全部屋敷なんですかっ!?」
「こ、これがー……」
門が見えてきたので2人にそのことを伝えるとかなり驚いていた。
当たり前か。
なんせ壁の終わりが見えないくらい遠くにあるんだもんな。
遠隔操作で開けた門をくぐりながら2人に降りる準備をするように伝える。
そして前を見るとそこには朱子と葵の姿が。
中で待ってればいいのになぁとは思わない。
俺にはその気持ちよくわかるからね!
「「いらっしゃい!!」」
「こんちわっ!」
「しばらくおせわになりますー」
少しの緊張とこれからの生活に対する希望。
それを胸に微笑む彼女たちは、とても輝いていたように思えた。
「それじゃ、まず荷物を部屋に持っていきましょうか」
「「は~い」」
挨拶もそこそこに、葵達は山岡さんと前田さんを彼女達が宿泊する部屋へと案内していった。
そして玄関に1人残される俺。
「そりゃそうだよな……」
俺は空になった車を1人寂しく車庫に戻すのだった。
「うわぁっ! すごいですね!」
「執事にメイドに使用人ですかー」
1か月近く家で過ごすとあって取り急ぎ家の人間を全員自己紹介した感想がこれである。
梅さんはメイドと言うか冥土さんなわけだが。
それでもメイドはメイドである。
その他に鈴木さん達使用人に執事の市野谷と、確かに普通の家庭ではお目にかかれないよな。
「何かありましたら遠慮なく申し付け下さい」
「はいっ! 何かあったらお願いしますっ!」
「お願いしますー」
「こちらこそよろしくお願いします。それでは屋敷の案内をしたいと思いますがよろしいですか?」
そう言いながら市野谷はこちらを見てくる。
いや、俺は構わないけどそういうのは友達同士でやった方が良いんじゃなかろうか?
「あ、市野谷さん。案内は私達がやるので大丈夫ですよ」
そう思っていると朱子が案内役を買って出た。
うんうん、やっぱ自分の家の案内は自分でやらないとな。
相手は友達なんだし、それも話のタネになるだろうしね。
「とっきー先輩で大丈夫なんですか……?」
「ちょっと心配かもー……」
「なんですとーっ!?」
なんやかんや騒ぎながら彼女達はリビングを出て行った。
「元気ね」
グリの言葉は誰に向けたものだったのだろうか。
元気なことはいいことだ。
そう思いながら俺は茶を啜るのだった。
「ちょっと想像以上でした……」
「でしたー……」
1時間後、案内を終えて戻ってきた彼女達は心なしかぐったりとしていた。
屋敷自体は大きくてもそこまで案内する内容もないのだが。
プール、そして風呂の大きさに衝撃を受けたらしい。
うん、プールは力作だし風呂は誰にも負けないと自負しているからな。
くっくっく、見た目以上のその実力、後はその体で味わうといいっ!
「んー、そうめんおいしいーっ!」
「つゆも手作りなんですねー」
「それに天麩羅もサクサクでおいしいですっ!」
「薬味もいっぱいー」
そんな思いを胸に秘めた俺を余所に、彼女達は昼食の素麺に舌鼓を打つのであった。