夏山
夏の小雨。
さらさらと、音も無く降り続く。
小雨というよりは、細かい霧のよう。
今日だけは、避暑を考える必要もない。冷房の用も無いだろう。
白い砂利道が、S字にくねる林道。
薄暗い、檜林の小道をそぞろ歩く。
人の気配は微塵も無い。
都会の喧騒を避けて、山林の緑を求める。
それなのに。
誰かに会うことを切望している。
人工物の消え失せた世界。
それはまさに異界。
ここで生きろと言われたならば、頼れるものは肉体ひとつ。
自分は生物以上でもなく、以下でもない。
この場所は人間の本質を教えてくれる。
否、諭す。
それを心地よく感じながら、奥へと進む。
奥には何かがある。
その何かを連想する。
ひっそりと佇む建造物か、あるいは歴史そのものか。
檜林と、山奥へ続く道。
それを一時間。
いや、二時間か。
愈々、同じ道を繰り返し歩いている錯覚が来た。
別世界に迷い込んだか。
やがて、辿りついたそこは断崖。
歩みと好奇心の終着地点。
木々を見下ろす形になって始めて、高台のような地形であることに気づいた。
街が見えた。
山奥から、名も知らぬ街を望む。
気分は山猿。
この森の動物は、きっとここから街の灯を眺めることもあるだろう。
山。それ以外に何もない。
夏山に、少年時代のような淡い恋心を抱いたが、あっさりと裏切られた。
肩透かしを食ったが、不思議と悪い気はしなかった。
帰りも同じ道を通った。
木々の隙間から、夏の太陽が顔を出していた。