とある妖刀の憂鬱
・・・が欲しいか?
力が欲しいか?
ならば我を手に取れ。
そして思うがままに振るうがいい!
我に鮮血を!
そしてその対価に、汝には強大な力と望むがままの栄達を与えようぞ!!
おい。
おい。小僧。
待て。いや俺もいきなり声をかけたりして悪かった。
少し張り切りすぎてしまったんだ。
だからそう露骨に怪しんだ目で見るな。後退りをするな。
とにかくあれだ。
悪いようにはしない。とりあえず話だけでも聞いてくれ?な?頼む。
さて・・・何から話したものか。
話の腰を折られたせいでどうも説明に困るな・・・
え?お前は刀なのかって?
おう。それよ!見ての通り俺は刀よ!
なんで刀が喋るんだって?
そうそういいとこに気がついてくれた。まずはそこだ。それが大事だな。うむ。
俺は意思を持った刀。いわゆる妖刀という奴だ。
この身は見ての通り人ではない。
しかし侮ってくれるな。俺には人にけっして劣らぬ大望がある。
今は無銘の一振りなれど、この身でもって百の敵、千の敵を斬り伏せ、歴史に名を刻む最強、最高の妖刀になる。それが俺の大望だ!
なに?妖刀なのに「最高」っておかしくないかって?
小僧・・・お前貧相な身なりの癖に変なところで頭が回るな。
いいから!そういうつっこみはいいから!とにかくそれくらいの気概をもってことに臨もう、そういう言葉の綾だ。わかるな?いいからわかれ!
とにかく自己紹介の続きだ。
俺はさる刀工によって昔産み出された。
その刀工もまた無名の刀工であったが、それでも天下無双の刀を産み出さんと生涯のすべてを捧げていた男だった。
まぁ、傍から見れば物狂いと紙一重な男だったかもしれんが、その技と信念に関してはまさしく本物だった。
その男が全てを込めて作り上げた最後の刀。それが俺だ。
・・・ただなぁ。その男、要するに俺の生みの親なんだが、少しばかりやりすぎた。
「全てを込める」なんて言葉は大概の場合これも言葉の綾って奴だ。
しかし、こいつは正真正銘それをやってのけてしまったわけだ。
俺を打ち上げ、研ぎ、さあできた!・・・というところでバタリよ。
どうしたのかって?決まってるだろ。死んじまったんだ。
可哀想に?馬鹿を言え!可哀想なのはこっちだ。
その男が死んだのは俺が生まれ、意識が芽生えたその次の瞬間よ。
生まれたと思ったら次の瞬間には男の手から投げ出されて鍛冶場の床に墜落よ。
男は偏屈な男でな妻子もいなけりゃ訪ねてくるような友もいない奴だった。
ひとつ間違えれば俺はそのまま人の手に触れることなく錆びて朽ち果てていたかもしれん。
まったく考えるだにぞっとする話だ。
まぁ、結果から言えば俺は無事発見された。
発見したのは男が炭を買っていた炭屋の親父だ。
ツケになっていた炭の代金を取り立てに来たんだろうな。
それで俺と男の死体は発見されたってわけだ。
人間ってのは死んだらあれこれ面倒なもんだ。
やれ弔いはどうする?身寄りはいないのか?遺品の整理は?そりゃもう大騒ぎさ。
それで炭屋以外にもツケはあったらしく、とりあえず遺品を売ってその支払いにあてようって村人の間で話がついたんだ。
俺はしめたと思ったね。
村人の手でどこか適当な刀屋にでも売り払ってもらって、俺はそこでしかるべき使い手を得る。
そうすれば俺ははれて妖刀としての本分を果たせるし、己が大望への確かな一歩を踏み出せる。そう思ってたんだ。
だが・・・生みの親に似たのか俺もどうにも運がなかった。
俺や他の刀をさあどこぞに売り払おうって時に、折り悪く近所の神主が通りがかったんだ。
そいつは俺を見るなり余計な口を挟みやがった。
「やや!これは稀にみる名刀。刀身からなにやら霊気が漂っておる。社の御神刀にしたいのでどうか譲ってくださらんか?」ときたもんだ。
あの糞神主め。何が「霊気が漂っておる」だ。こちとら生まれたときから妖刀だってんだ。妖気と霊気を取り違えるなんざ頭呆けてたんじゃねぇか?
しかし、更に運の悪いことにその呆け神主、その一帯では結構な人望のある奴だったらしくてな。村人たち、その頼みを二つ返事で飲みおったんだ。
それでまぁ、その後そいつに持ち帰られて祀られ、使い手を得ることもないままこの有様というわけだ。
もう何十年も昔の話だ。
十年くらい前だったか?この辺りで性質の悪い流行病が蔓延してな。それがきっかけでその神主も村人の大半もポックリよ。残った村人たちもこれでは暮らしがたたんと皆どっかに行ってしまった。・・・俺だけがこの社に置き去りよ。
それで、使い手どころか人目に触れることもないまま早十年。
小僧は久方振りの来客というわけだ。俺が少しばかりはしゃいでしまったのも無理からぬことだろう?な?
まぁ、何はともあれ本題だ。
そういう訳で俺は己を使ってくれる人間を探している。いかに最高の妖刀といえど使ってもらわんことには話にならんからな。
見たところ小僧、若いがどうやらだいぶ旅が長そうではないか?
その上、刀の俺に興味を示したということは何か訳ありの旅なのではないか?ん?
お前の目的はどんなものであれ非難などせん。金に立身出世、どれもおおいにけっこうだ。
何?仇討ち?それはなおのこと好都合。
小僧の仇がどんな奴かは知らんが、小僧の力が強いにこしたことはなかろう?
悪いことは言わん。俺を使え。
小僧の腰のボロ刀など比較にならぬ程の働きをしてやるぞ!
なに?「何か対価をとられるんじゃないか」だと?
確かに俺ほどの妖刀であれば本来使い手の魂くらい取って然るべきだろうが・・・おいおい!話は最後まで聞け!逃げるな!
まぁ状況が状況だ。
俺も贅沢は言わん。俺を使ってくれるならば、、小僧からは対価は取らん。
本当だ!・・・本当だと言ってるだろう。
年の割りに存外疑り深い奴だな。
誓って本当だ!妖刀に二言はない。
・・・ん。そうか。使ってくれるか!
ようし、ようし。
賢明な判断だ。
なぁに損はさせん。
俺は斬れ味については無論のことだが、それだけが能の妖刀ではない。
俺を握ればたとえ素人でもたちどころに達人並の動きができるようになる。
小僧の仇がどんな奴であれ俺を使う限り万に一つの敗北もなかろうよ!
なに?「余計なことはするな。自分の力でやらねば意味がない」?
これはこれは。存外気骨があるではないか。
それとも腕に覚えあり・・・そういうことか?
そういうことであれば構わん。俺は使い手の意見を尊重する妖刀だからな。俺は大人しく静観させてもらうとしよう。
いやはや、ついていない人生・・・もとい刀生だと思っていたがようやく運も回ってきたようだ。
やはり同じ振るってくれるならば腕の立つ剣士であってくれた方がこちらとしても都合がいいからな。
さあ。そうとなったら善は急げだ。
さっそく我らが大望を果たす旅へと向かおうではないか。
なぁに心配いらん。俺という刀と小僧の腕が合わさればまさに鬼に金棒・・・いや妖刀という奴だ。
大船に乗った気でいるがいい!さあ我らの道行きは明るいぞ!ガハハハハ!
・・・おい。小僧。
話が違うではないか。
何だ?あの体たらくは?
あんな農民崩れの野盗三人ごときに勝てぬとは何事だ?
俺が力を貸してやらねば身包み剥がれて殺されていたぞ?
なに?武芸は苦手だ?
お前、武芸もできずどうやって仇討ちなんぞする気だったのだ?
ああもういい!今後は大人しく俺に任せていろ!そうすれば今後、こんな下らんことで身を危険にさらすこともなかろうよ。
なに?「自分の力でやらねば意味がない」?
強情な奴だな。
ならばどうする気だ?だれぞ師になってくれるような武芸者に心当たりでもあるのか?
言っておくが当世武芸者という奴も商売人の一種だぞ?お前のような古汚い小僧が弟子にしてくださいなどと言ったところで門前払いされるのがオチだぞ?
なに?「剣を教えてくれ」?
俺がか?
俺は刀だぞ?刀から剣術を習うなんて聞いたことがない。
悪いことは言わん。大人しく俺に任せていろ。そうすればそもそも修行の必要すらないんだぞ?
ああ!もう、拗ねるな!泣くな!
わかった。わかった!本当に強情な小僧だな・・・
とりあえず、あれだ。まずは握り方だ。
そんな強く握るな!痛くてしょうがない。もっと優しく卵を握るようにだな・・・
はぁ・・・何で刀の俺がこんなことを・・・
だから!そう強く握るなというのに!
小僧・・・話が違うではないか。
いや、旅を始めて早数年。
お前の腕は確かに上がった。
お前には予想外に才があったし、もはや刀の俺が教えられるようなことは何もない。
それはいいことだ。大変喜ばしい。だがな・・・
なんで人を斬らん?
別にだれかれ構わず斬れというのではない。
今日だってそうだ。
無頼の集団十数名。一人でそれを破ったのは確かに見事だ。
しかしな?あんな状況だぞ?一人くらい斬ったところでそれはやむを得んことだとは思わんか?
お前が早く一人二人斬っておけばあいつらだって早々に逃げ出して、お前もそうてこずる必要もなかっただろうに?
なに?「無益な殺生は嫌いだ」?
お前・・・仇討ちなんぞしようという奴が何を甘いことを・・・
だいたい俺は妖刀だぞ?
たまには人の血を吸わせてくれ!これでは俺の存在意義というものが・・・
なに?「血なら昨日も吸っただろう」?
ああ吸わせてくれたな・・・イノシシの血を。
確かにイノシシを一太刀で斬ったのは見事だったが、問題はその後だ!
前々から言おうと思っていたが俺を包丁代わりに使うんじゃない!
なに?「よく切れるから」?
ふざけるな!
俺は刀だぞ。なのにお前と旅を始めてから斬ったものといえば獣、魚、鳥・・・
これではまるきり包丁ではないか!
いいか?たまには人の一人も斬って俺に血を吸わせてくれても罰は当たらんと・・・
なに?「鳥がいた」?「今日の夕飯は鳥の丸焼きにしよう」?
おい!人の・・・いや刀の話を聞け!
だいたい鳥というがあれはツバメだぞ?
あんなもの斬れる訳がなかろう?
やめておけ。やめておけ。余分に疲れて腹を減らすのがオチだ。
・・・え。斬れた?
うそぉ!!
なあ。
小僧。
本当にいいのか?
いい村だったじゃあないか?
村人たちはお前を頼りにしていたし、気づいていたか?村長の娘、あれお前に惚れとったぞ。
村を襲う盗賊どもから村を守ってやって皆感謝していたではないか?
お前に村に留まりたいと言えば、歓迎こそすれ否とは言うまいよ。
なあ、小僧。
小僧、小僧と呼んではいるが、お前と旅を始めて早数十年。
お前ももう小僧なんて歳じゃあない。
いい歳だ。
相変わらず仇は見つからんのだろう?
もういいじゃないか?
ここらで仇討ちは諦めて、人並みの幸せを求めたところで罰は当たるまいよ?
この村が不満だというなら他のところでもいい。
お前の腕があれば、用心棒の口でもどこぞに仕官することも充分にできるだろうよ?
まあ、人の血が吸い難くなるのは俺としては不満だが・・・まあそれも今更だ。
なんというか、こう・・・小僧が当てもない旅をただただ続けているのを見るのは俺としてもこう・・・なんだ・・・落ち着かんのだ。
だから・・・な?
ここらで旅の目的を変えようじゃないか?
仇討ちの旅ではなく、お前の安住の地を捜す旅・・・悪くないだろう?
なに?「仇討ちは諦めない」?「他人は信用できない」?
はぁ・・・お前は何年経っても強情な奴だな・・・
ああ、もういい!わかったわかった。
もう何も言わん。
長い付き合いだ。付き合ってやるさ。
こうなったらお前の仇とやらの血を吸うまで俺も弱音は吐かんさ。
なぁ。小僧。
そう気を落とすな。
諸行無常とはお前ら人間が言った言葉だろう?
この戦乱の世だ。
何も死ぬのは善人やお前の身内ばかりではない。
お前の仇だってその例外じゃなかったそれだけの話だ。
お前の一族を滅ぼした相手が別の誰かによってとうに一族郎党滅ぼされていた。
まあよくある話だ。
無論、お前にとっては悔しかろう。無念だろうよ。
しかしこれで区切りもついたじゃあないか。
生まれ変わったと思って新しい旅に出ればいいじゃあないか。
色々あったが、辛い過去はひとまず置いておき今度こそ自分の幸せを探せばいいじゃあないか?
だから、小僧。
そう落ち込むな。
だいたいな?落ち込みたいのは俺だって同じだぞ?
俺はお前が人を斬らんから、いつかお前の仇の血を吸うことを楽しみに過ごしてきたんだぞ?
まったく不幸なのは俺の方さ。
お前は相変わらず人を斬らんし、もしかしたら俺はこの先の一生人の血を吸えんのじゃないか。
ハハハハ・・・
なに?「人の血を吸わせてやる」?「ありがとう」?
小僧?何を言っているんだ?
何で鍔元なんぞ持つ?
何で刃を自分に向ける?
そんな振り方教えた覚えはないぞ。
おい!
馬鹿!
やめろ!
ああ・・・
まあ、それで小僧との旅はおしまいさ。
あいつ俺を使って自分の腹を掻っ捌きおったんだ。
あいつな。
元をただせば、どこぞの小国の若様だったらしい。
しかし幼い時分、戦で両親も兄弟も失ってただ一人生き残ってしまったんだそうだ。
しかも、自分と同行していた家臣はある日金目の物だけとってドロンときた。
以来、 頼る相手もおらず、物乞い、草の根齧りながら仇だけを追って生きていたらしい。
俺と会ったのはその頃だそうだ。
あいつな。
死ぬ間際俺に言いやがったんだ。
「ありがとう」って。
「一緒にいてくれてありがとう」って。
身内に死なれて、他人に家臣に裏切られて人を信用できなかったあいつにとっちゃあ俺だけ唯一の「家族」だったんだとさ。
その癖、仇討ちだけを生きがいに生きていたから、他の生き方なんて思いつきもせんし、する気力もなかったのだろうよ。
馬鹿な奴だよ。
俺は刀だぞ?
だいたいからしてあいつは中途半端な奴だった。
仇討ちがしたい?
人が信用できない?
馬鹿馬鹿しい。
そんな奴が「無益な殺生は嫌だ」なんて言うか?見ず知らずの村を守ったりするか?
とどのつまり、あいつはいい奴だったのさ。
確かに剣の才はあったよ。でも根本的に向いていなかったんだ。
あいつはとっとと仇討ちなんぞ諦めて、辛い過去なんぞ忘れて、ふつうに生きてりゃよかったんだ。
そうすりゃあ、ずっと幸せに生きれていたろうさ。
まあ、あいつにそれをさせなかったのは、もしかしたら「俺」っていう存在のせいだったのかもな。
そういう意味じゃ俺はあいつにとってまさしく「妖刀」だったってぇ訳だ・・・馬鹿馬鹿しい。
なに?「それからどうしたか?」って?
ああ、俺のことか?
別にたいしたことは起きちゃいないさ。
あいつの腹に突き立っていた俺を別の男が拾ったんだ。
「どんな奴だ?」って。
・・・どんな奴だったかな?あんまり覚えてねぇや。
些細な喧嘩でも刀を抜こうとするような・・・まあ絵に描いたようなごろつきだったよ。
「じゃあ、好都合だったろう」って?
ああ?そうか・・・そうだったのかな?
そうだよな。妖刀にとっちゃあそういう奴の方が好都合だもんな。
でもなぁ・・・
あいつが死んでから俺も変に気が抜けてな。なんかそんな気にならなかったんだ。
そのせいか斬れ味まで鈍ってな。程なく苛ついたごろつきは二束三文で俺を売り払ったってわけだ。
え?ああ、あいつ死んだの?
数日前、町中の喧嘩で刺されて?
ふぅん。
話してくれて申し訳ないが特に思うところはないなぁ。
え?「持ち主が二人連続で死ぬとはさすが妖刀だな」?
ハハ。
昔の俺ならきっと喜んだだろうな。
でもな。
俺もどうやらあいつと同じでどうも向いてなかったらしい。
「何が?」って、妖刀って生き方がさ。
いや、やっぱりこれも最初の持ち主のせいなのかな?
そうだとしたら俺はとことん運がなかったって訳だ。
ハハハハ。
ふぅ・・・
さて。俺の話はそんなところさ。
長い話だったが聞いてくれて悪かったな。
だけど、もうひとつだけ言っておくことがある。
いいかい?親父。鍛冶屋の親父よ。
今まで聞いていたのは夢の話だ。
だって刀が喋るなんてある筈ないだろう?
酔ったお前さんが見たくだらない夢さ。
だからな。
その徳利を飲み干して、一眠りしたらまた仕事に取り掛かってくれよ。
俺を鋳潰して、何ぞ適当な物をこしらえてやってくれ。
なぁに鍋でも包丁でも構わんよ。
だがな。
刀だけはやめてくれよ?
俺はどうにも刀には向いていなかったんだ。
何せ人の血を吸うのは金輪際ごめんなんだ。
血はもうあいつから十二分に吸わせてもらったからな。