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働かざるもの食うべからず、とは言うけれど

 綺麗な黒髪をふたつに結び終わって、振り向いてきたその瞳は名前通り、鮮やかな楓色。


 表情が乏しい、というよりは不器用なんだってツバキさんは言ってた。

 どちらかと言えば、いつもどこかボーッとしてるユキちゃんの方が表情は乏しいかもしれない。

 トバリさんとカンナちゃんは表情が豊かだ。特にカンナちゃんは百面相っていう感じ。

 ツバキさんはいつもにっこりしてるイメージがある。


「あんたのそれって地毛なの?」

「うん、そうだよ」


「茶色…っぽい、けど。何か違うのね」

「お母さんが灰色っぽかったからかな。一応お母さんがハーフだったから」


 日曜日の朝、思い立ったように私の部屋に来た楓ちゃんは突然朝の支度を目の前でし始めた。

 物珍しそうに髪を弄ってくるのが、少しだけこそばゆい。


「目は…碧海って感じね」

「楓ちゃんの目は紅葉って感じだよね」


 チラッと不服そうな顔をされた気がする。

 もしかして、言ったらいけないことだったのかもしれない。


「名は体を表すって言うじゃない」

「私はどうだろ…」


「今のあんたにはぴったりよ。柊っていう名前は、ね」


 どういう意味なんだろう。

 そういえば、自分の名前の意味なんて考えたこともなかった。柊って言えば、金木犀と似たような香りがすることくらいしか知らない。

 ぴったりって言うのは、どういう意味なのか。聞けば早いのに、何でなのかまた今度にしようと思った。


「楓ちゃんって小さいよね。身長どのくらいなの?」

「…面と向かって小さいとはよく言うわよね。150㎝ないけど、それが何よ。いけないの?」


「い、いけないとかじゃなくて…!私と10㎝も違うんだね」


 通りで話すときに少し見下げる感じになると思った。

 それだけ違えば、年下っぽく見えるものだと思うのに、楓ちゃんに関しては最初のイメージが強くて同い年って感じがする。


 見た目だけで言えば、童顔っぽいし、小さいから幼く見えるけど…。


「私は小さくていいのよ。人にはそれぞれジャストサイズってものがあってね。私はこのサイズだからかわいらしく見えるわけであって」

「背が高くても美人だと思うけど…」


 まだ高校生になりたてなんだし、今後大人っぽくなる可能性だって十二分にある。私よりも背が伸びることだってあるかもしれないし。


「そうね。訂正するわ。小さければかわいいし、背が高くてスラッとしていれば美人よね」

「うん、私は小さい楓ちゃんかわいいと思うよ」


 本心だから言ったのに、何だか妙に微妙な顔をされてる。あんまり言うべきことじゃなかったのかもしれない。どうにも今まで付き合ってきた人達と感覚が違う気がしてならない。


 幼馴染の子とは仲が良かったけど、凄くほんわかした子だったし、他の子達もどことなく楓ちゃん達とは雰囲気の違う感じだった。

 新しい人間関係っていうのは難しいものなんだね。


「ところで、殺風景な部屋なのね。最低限の家具くらいしかないじゃない」

「うーん…まぁ、家が引き払われちゃったときに急いで持ち出せたのはバッグひとつ分の服とかだけだし…でも不便はしてないよ」


「いや、どう考えても不便に決まってるでしょ」

「服は足りないかな、とは思ってた」


 正直、二通りの服しか持ってこなかったせいで着回しがきつい。普段は制服なおかげで何とかなってるけど、部屋着とか休みの日に着る服には困ってた。

 しょっちゅう同じ服着てるのも、何だか変だよね。


「それなら、いくわよ」

「どこに?」


 まるで最初からそれが目的だったみたいに、立ち上がって二本の黒い髪を揺らした楓ちゃんは指先で車のキーを回しながら私を見下ろしてきた。


「田舎の象徴。大型複合商業施設よ!」

「ユキもいきたい!」


 いつの間にか入り込んできてたユキちゃんまでノリよく挙手してる。


「…ショッピングモール?」


 どうやら私の隣人達は騒ぎたがりのお節介さんが多いみたいだ。



------




「それで、何であたしが運転してるんだ?おかしくないか」

「だって、車を運転できるのなんてトバリかツバキしかいないじゃない」


 満更でもなさそうな顔で文句を言ってるトバリさんの運転でショッピングモールに向かった私達はまずはお昼ご飯を食べることにした。

 ユキちゃんの「らーめんがいい」っていう一言でラーメンに決定。道中のラーメン屋さんに入ることになった。みんなユキちゃんには少し甘い面がある。

 トバリさんはニンニクスタミナラーメン。ユキちゃんはとんこつ味噌ラーメン。楓ちゃんと私は醤油ラーメン。トバリさんに関しては朝もニンニクカプセルを飲んでたような気がするけど、胃もたれしないのかな。


「帰りはホームセンターに寄って木材買って帰らないとなぁ」


 トバリさんが呟きながら食べかけのラーメンにおろしニンニクを追加してる。


「あぁ、また床抜けたのよね。ていうかあんたニンニク入れ過ぎ」

「直すのはあたしなんだからみんな気を付けろよな~。ニンニクは元気の源なんだよ」


 床が抜けるっていうことが日常的に起こるところに住んでると思うと不安になる。朝起きて、廊下を歩いてたらいきなり床が抜けて落ちちゃったりするのかな。それって死ぬよね。しかも結構苦しみそう。そんな死に方は嫌だな…。


「たてかえ、したほうがいいよ」


 ユキちゃんの言う通りだと思う。

 あれだけボロボロなんだし、住人は六人もいるわけだし、建て替えも視野に入れた方がいい。金銭面の問題で無理なんだとしたら、私には何も言えなくなっちゃうけど、安全性に問題があるのは頂けない。


「あの、聞きにくいことなんですけど…もしかして蔦椿荘って…財政難…なんでしょうか…?」

「え?」


 やっぱり、聞くには少しあれだったのか、三人共きょとんとしてこっちを見てる。

 聞いてから気付いてもしょうがなくて、どうしたらいいかわからなくなってる私を見て、三人が小さく笑った。


「いやいや、確かにツバキさんは一般的な収入しかないけど、住んでるあたし達はそうでもないよ。蔦椿荘はツバキさんの物だし、家賃は食事込みで三万円とかいう破格値だから財政難と言えばそうだけどな」

「一般的な収入しかないのにそれじゃ赤字なんじゃ…」


 私に至っては家賃も何もいらないって言われてる。アルバイトもしてるわけじゃないし、遺産もない。払える当てがないから、払わなくていいってツバキさんは言ってた。てっきり、余裕があるからかと思ってたけど…そうじゃないなら凄く申し訳ない。


「私…アルバイトとかした方がいいですよね…」

「別にどっちでもいいんじゃないか?身内なんだし、家賃取るかどうかはツバキさんが決めることだしな。ひーくんが払いたいなら払っていいと思うし、それを受け取るかどうかはツバキさん次第だろ」


 高校を卒業して、大学に行くか働くかしたら、その時は美味しいご飯でもご馳走して欲しいってそれしか言われてない。

 

 それを当たり前のように受け入れてしまっていたけど、人ひとりを預かって面倒を見るのにお金の面まで迷惑をかけていいんだろうかって今更になって焦ってきた。

 せめて最低限の家賃くらいは入れないと、みんなとの扱いの差が出る。私も同じように払った方がいいに決まってる。


「出来るだけ早く見つけないと…」

「別に家賃なんて入れなくていいじゃない。お金なんてないんでしょ?それに、学生の本分は学業と遊ぶことよ」


「いや、でも楓ちゃん。私だけ払わないってやっぱりおかしいんじゃないかなって思うんだよね」

「私たちはお金あるもの」


 今、物凄く見下ろした感じで言われた気がする。

 そっか、みんなお金がないわけじゃないのか…。いやいや、それこそ私だけお金がないから払いません。なんて言えない。

 働いてでも、きちんと家賃を収めなくちゃ。


「ただでさえ新参者なんだもん。頑張って、同じように家賃は収めるよ」

「…あっそ。じゃあ、頑張りなさいよ。早く稼がないと家賃の滞納は後がきついわよ」


 私は一人暮らしとか、自炊とかをしたことがないからわからないけど、家賃の滞納はやばいって知り合いのお兄さんが言ってたのを思い出した。げっそりしながら日雇いのアルバイトをこなして、溜まってた家賃を払い終えたお兄さんの言った言葉は真実味があって、というか死相も相まって忘れられない。


 今日は帰ったらアルバイト雑誌かネットの募集広告でも見てみよう。

 学校か寮に近ければ通いやすい。学業に問題がない程度に働ける場所を探そう。


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