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ようこそ、我が家へ

 生まれも育ちも悪くなかったと思う。

 お金持ちじゃないけど、贅沢は出来ていた方だった。

 今まで何の不自由もなく、平凡に生きてこれたのは祖父と父親があくせくと働いて築いてきたものとかのおかげだ。


 中学を卒業するのと同時に両親が事故でいなくなってしまった日、まだまだ子供な私に財産なんてものはひとつも残らなかった。

 親戚のほとんどが、詳しいことのわからない私からいろんな物を奪っていった。


 祖父も小さい頃に亡くなっていたし、相談出来る相手も限られてた。

 結果、相談した相手も裏切ってきて、親の残してくれたお金を持ち逃げ。

 昔、まだ生きているって聞いた祖母も、今となってはどこに健在してるのかもわからない。


 小さい頃に仲の良かった子が突然消えた日を思い出す。

 毎日、私の後をついてきては手を握って、私の頭を撫でて笑いかけてくれてたあの子は私の目の前から姿を消した。後から聞いた話、あの子の父親の会社が倒産、自己破産、そのまま逃げてしまったらしい。

 残されたその子と母親は、二人でやり直す為に新しい土地に移ったのだと、お父さんは言ってた。


 人間、何があるかわかったんもんじゃないな。とか考えながら空を眺めていれば、拾う神が現れた。

 数回しか会ったことのない親戚のお姉さんが私の面倒を見るって言い出した。

 他の親戚の人達は“これは助かった”っていうわかりやすい顔をしていたのを覚えてる。


 黙って、手を引かれて連れていかれたのはボロボロのアパートみたいなところで、お姉さんは「今日からここがあなたの家よ」っていう簡潔な説明を優しそうな笑顔と一緒に投げてくれた。


 木造のそのアパートは地震がきたら簡単に崩れそうだし、外壁にはお化け屋敷みたいにツタが巻いてる。

 よく洋館とかにおしゃれに栽培されているツタとかとはわけが違う。


「蔦椿荘へようこそ」

「つた、つばき…」


 不運が重なり過ぎて、悲しむ暇もなかった私には。更にしばらくの間ゆっくりと両親のことを考えることが許されなさそうだ。



------



 いつもなら美味しそうな朝ご飯の匂いに釣られて起きる早朝の時間に聞こえてきたのはドタドタと廊下を走る足音だった。

 古い木造アパートのここだと人が歩くだけでギシギシと音が伝わってくる。


「新しい家、か…」


 ここに来て、少しの時間が過ぎた。

 普段なら気分もスッキリ起き上がれるのに、今日は気分が落ちてるみたいに胸の内側が淀んで起き上がれない。


 だからと言って、体調が悪いわけでもないから入学式早々休むわけにもいかない。重たい体を無理やり起こして自室を出た。

 二階の一番端にある自室を出て、廊下を眺めると左右に二部屋ずつ、部屋がある。廊下にはサプリメントみたいな錠剤が点々と落ちてた。


 一階は確かリビングダイニング、キッチン、浴場、お手洗い、外には駐輪場と中庭があるっていうところまでは聞いた。


 今日は入学まで実家なり、友達のところなりに外泊していた入寮生との初対面の朝だ。

 一応、寮として場所を提供してるって言ってたけど、寮にしてはみんな学校も年齢もバラバラっていう話らしい。


 同い年は一人しかいないって言ってたけど、元々入寮していた四人の内の一人が同い年なら多い方なんじゃないかと思う。


 トントン、というよりはギシギシと音を立てて向かった先のダイニングには、初めて見る顔がふたつ。


「起きるの早いわねー。寝坊助がひとりと、家を出るのが早過ぎるのがひとりいるから、今日の朝はこのふたりとしか顔合わせ出来ないのよね。顔覚えてあげてね?」

「おはよう…?だれ?」

「あー、新入りくんか」


 ソファーに寝そべるようにしてだるそうに朝食のトーストを齧ってる小さい子、多分小学生くらい。色素の薄い長い髪がソファーから落ちかけてる。一目でパジャマなんだなってわかる格好をしてた。


 テーブルでサプリメントを手の平にザラッと出してるお姉さん。大学生くらいに見える。何故か作業着を着ているのは気にしない方がいいのか、聞いておきたい。さっきの落ちてた錠剤はこの人が落としたらしい。

 そして、キッチンに親戚のお姉さん…ツバキさんがいた。


「トーストとサラダでいいわよね」

「あ、ありがとうございます」


「そっちのソファーに寝そべってるのが、うちでは最年少の天満月 雪で、そこの無駄に鉄分摂取してるのが最年長の立氷 帳よ。どっちも学業に積極的じゃない問題児だけど仲良くしてやってね」


 一人ずつ、菜箸で指して説明してくれた。

 あまみつつき ゆきちゃん、たちひ とばりさん。

 変わった名前で覚えにくいかも…。でも、同じ寮の仲間なんだし、早めに覚えないとダメだよね。


 というか、そのサプリメントは鉄分補給用なんだ。そんなに飲んで大丈夫なのかな。


「あたしのことはトバリでいいよー。それと、最年長はツバキさんだからそこんとこよろしくなー」

「ユキのことはユキさんってよんでいいよ」

「えっと、私のことは柊って呼んでください」


 面白可笑しそうに笑ってるトバリさんの頭に菜箸が刺さった気がするけど、気のせいだと思うから目は逸らしておいた。

 テーブルにつこうか、ソファーに座ろうか迷ってたらユキちゃんが寝そべってる横をポンポン叩いて、おいでって言ってるみたいだったからソファーにしてみた。


「ひーくんはどこからきたの?」

「ひーくん…?えっと、ツバキさんの親戚でね。東京の方から…」


「それはそれはフベンなトチへようこそだね」

「う、うん…?」


 突然のひーくん呼びに対するツッコミが先なのか、埼玉っていう不便な土地に来てしまったんだねっていう悲壮感溢れる表情に対するツッコミが先なのか。

 確かに都内に比べたら不便だとは思う。主に交通の便が悪く感じる。逆に言えばそれくらいしかないから問題はないよね。


「何でひーくんなんだ?」

「かみがみじかいからー」


 私の疑問を代わりに聞いてくれたトバリさんのおかげでひーくん呼びの謎は解くことが出来たけど、髪が短いと君呼びになってしまうのはどういう…。


「じゃあ、あたしもひーくんでいいか」

「何で“くん”なんですか…」


 新入りの私が抗議の声をあげたら、サプリメントを口に含んだトバリさんは可笑しそうに笑いながら冷蔵庫の方へ歩いて行って、取り出したビールを思いきり呷った。


 それを茫然と眺めてたらソファーの方からは「いつもああだからきにしちゃダメ」って聞こえてきた。


「トバリさんって、どんな人?」

「へんなおとな」


 凄く、わかりやすい答えだった。

 私はこれから、変わった人達とひとつ屋根の下で暮らさないといけない、らしい。




------




 ユキちゃんとゆっくり話してたら、入学式の時間も迫ってきて急いで家を出た。


 バスに乗って、たった十五分の道のり。たったそれだけの時間で、さっきまで目を逸らしてた現実が襲ってきた。現実に気持ちが追いつかなくて、忙しくて感じてなかったもの。周りを見れば、溢れてる“家族”が私の何かを苦しくさせてくる。


 泣くわけじゃない。涙なら、お母さんとお父さんに会えなくなった日に枯れるくらい泣いた。これ以上、泣いてる暇なんてない。


 真横から聞こえてくる「お母さん」っていう声も、遠目に聞こえてくる「お父さん」っていう声も、私には関係のないこと。


 きっと、お母さんなら「私の子ならめそめそすんな!」って子供みたいに怒る。お父さんなら「大丈夫だからね」って、あの頼りなさげな優しい笑顔で言ってくれる。


 私に、立ち止まってる暇なんてない。

 それでも、バスに乗ってる間も、学校への短い道も、入学式の間も、誰もいない、私のことを見てくれる人がいない、そんな時間は少しだけ泣きそうになる。


 ツバキさんはどうしても外せない用事があるから、ごめんねって言ってた。

 わかってる。面倒を見るって言ってくれただけでも凄いことだし、これ以上の贅沢は言えない。


 周りの景色なんて、見えなければいいのに、臆病な私はあえてそれを見ようとする。見えない方が怖いから、見て、目頭を熱くさせる。


 多分、私は今まで壁とかに当たって生きてきたわけじゃないから弱いんだと思う。


 強くなる前に、ちょっとだけ捻くれたことも思うだろうし、実際に理事長さんの「保護者の方へのお願い」も私には関係ないことだなって、早く終わればいいなって思ってた。


「みなさん、帰り際に保護者の方と一緒に受け取ってくださいね」


 そう言って、にこやかに微笑んだ理事長さんに少なからず憤りも感じる。

 保護者のいない子も、一人でそこへ並ばないといけない。そういうことを考えてくれてもいいのになって、思ってしまう。


 集会場を出てみれば、二本の列が出来てる。

 あそこに今から並ばないといけないと思うと、何でなのか息が詰まってくる。

 私にとっては、辛いことだけど、世界で一番不幸なわけじゃない。今は悲しんでいい期間なだけで、ちゃんと強く生きないといけない。なのに、足が地面に縫い付けられてるみたいに動かない。


 楽し気に両親と話しながら、列に並んでいく子達を見て、酸素が薄く感じて、どうしようもない。


 一人で立ち止まってる私を不思議そうに見てる人達がたくさんいる。

 見ないで、今の私に、そんな目を向けないで。

 わかってる、私が弱いだけなんてこと、私が一番、わかってるんだって。

 お腹の奥が熱くて、気持ちの悪いものが込み上げてきて、段々と視界が滲んでくる。


 あぁ、そういえば。お父さんの描いてた水彩画も、こんな世界だったなぁって思ったら涙が溢れて、突然の頭への衝撃と僅かに差をつけて、目から零れた滴が地面に落ちた。


「なに?あんたも一人なの?なら、ちょっと付き合ってくれる?一人だと暇で仕方ないのよ」

「え、あ…何…!ちょっと引っ張らないで…!」


 頭から被せられたのはこの高校の制服の上着みたいだった。

 急に誰かの制服の上着を頭に被せられたおかげで、泣いたのは周りには見られてない。腕を引かれて列に並ぶときに顔にグイッと押し付けられたスポーツタオルで涙は無理やり拭われた。そして、列に並んでからのその子は、ただじっと静かに並んでた。


 暇だから付き合えって言った割には、特に話す気配もない。

 ただでさえ気まずいのに、並んでる数に対しての配布列が少ないせいで、時間がかかってる。


 頭に被せられた制服は真新しいから、この子も新入生に違いない。


「澪標 楓」

「え?」


「名前、あんたは?」


 急に言われて思考が追いつかなかったけど、名前を聞かれてるらしい。


「小春 柊、です…」

「今日からよろしく」


 不愛想に言われて、軽く握手をしたと思ったら、またすぐに前を向いた。

 みおつくし、かえで…ちゃん。これからの学校生活において、最初の友達…ってことになるのかな。


 いや、まだ友達とは言えないかもしれないけど、十分に可能性はある。さっきのも、助けてくれ…たにしては、タイミングが良過ぎる気もするけど。


 無事に配布されたプリントを受け取ったら、また楓ちゃんに腕を引かれた。何が何だかわからずに引きずられていった先には、高そうな車に乗ったトバリさんがいた。手を軽く振って上機嫌みたいだ。


「おー。なんだ、もう仲良くなったのかー。さっすが楓だな」

「いいから早く出して。この車、目立つから嫌いなのよ。慎ましい庶民の学校にこれで来るのやめてもらえる?」


「酷い言い草だなぁ…。急に呼び出されたのに文句も言わず迎えに来たっていうのに…」

「それなら、文句を言わずに家まで早く送ってもらえると助かるわ」


 運転席で「やれやれ」って言いながら溜息をつきながら、アクセルを踏んだトバリさんにバックミラー越しに視線で状況が飲み込めてないことを伝えてみたけど、可笑しそうに笑われて終わった。


 隣の席で窓の外を眺めてる楓ちゃんは、こっちを見ようともしない。

 道中、わからないことばっかりで心臓が疲弊の声をあげてた。

 蔦椿荘の近くの駐車場に車を停めてから、歩いて帰宅。その間も楓ちゃんが一緒だった。


 もう言ってしまえば、楓ちゃんの帰る先は私の部屋の隣の部屋だったわけで、驚き過ぎて何の反応も出来なかった。


「すぐにお昼ごはんだから下に集合。わかった?」

「…はい」


 表情が変わらないせいで感情が読めない。

 ジト目はしてくるけど、笑ってくれない。返事をしたのにジーっと見られてるのは何でなんだろう。変な返事したかな…。


「早くね」


 最後に一回、急かしてから廊下を歩いていった背中を見送って、ハッと我に返ってダイニングに急いだ。


 一階に降りて、ダイニングのドアを開けてみたら、そこにはツバキさんとトバリさんとユキちゃん。それに楓ちゃん。その後ろに見たことのない明るそうな子が一人いた。


「今日はひーくんの歓迎会ってことで!乾杯!」

「まだあけるの。はやい」

「そうよ。派手なのは車だけにしてもらえる?」


 トバリさんとユキちゃんと仲が良さそうってことは、ここの住人で間違いないっぽい。トバリさんが早速ビールを開けてるのを注意してる。


「君が新しい子なの…!待ってたよぉ!私は一号室の淵瀬 神流だよ!以後よろしゅう~っ」

「あ、五号室の小春 柊です…!よろしくお願いします…!」


 初対面なのにスキンシップが激しい。とりあえず数回抱き付かれた。

 ふちせ、かんな…さん。覚えた、かな。


「なるほどねぇ。だからひーくんかぁ…」


 ふむふむって言うみたいに片手を顎につけて深く頷いてるのは、何だかキャラの濃い人だなぁって感じ。ここで一番元気な人なんだろうなってことだけはわかる。


「あ、そうだ」


 何かを思い出しように既に空になったビール缶をキッチンの台に勢いよく置いたトバリさんは、楽しそうに口元を緩ませた。


「ここでは、みんな家族だ。困ったことがあれば助け合う。甘やかしてばかりはダメだけど、絶対に味方でないといけない。間違えたことは教える、正しいことは支える。簡単だな」


 それを聞いていた、他のみんなも口を動かした。


「なやむのは、ダメ。みんなとかんがえる…の」

「そうそう!一人で塞ぎ込んでてもしょうがないからねー!何かあったら言う!ホウレンソウ!」


 ここの決まり事、というか、ポリシーみたいなものかも。これからは私もそれに従うことになる。

 でも、嫌じゃない。


「柊」


 ちゃんと名前を呼ばれて、心臓がひとつだけ跳ねた。

 顔を上げたら、真っ直ぐ私の目を見てきてる楓ちゃんがいた。


「私達があんたの新しい“家族”よ。すぐにとは言わないから、少しずつ慣れていきなさい」


 その、予想しないタイミングで投げかけられた言葉に頭が追いついてない。

 だけど、わかるのは、ただただ、家族をなくした私に、新しい“家族”が出来たらしいっていうこと。


 それは、唐突過ぎて、普通なら嫌悪感を感じるとか、ばかばかしいとか、感じるかもしれないことなのに。


 これ以上ないくらい。嬉しくて、また目頭は熱くなって、床を涙で濡らしていく。


「何よ。今度の新入りは泣き虫ね…。ま、改めてよろしく、柊」

「よろ、しく…おねが、しま…す…っ」


 嗚咽で、上手く話せない私の頭を撫でるその手は、何でなのか。

 凄く懐かしい感じがした。

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