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筆が乗ったので連日投下。
行替えを変えてみました。少しでも読みやすくなれば幸いです。
長々と思考する様を心配そうに見つめていた給仕長等の存在に私が気付く頃、診察中止の連絡の為に退出していたウォルターが戻ってきた。今日の予定を確認した後、デイリークエストを全てウォルターに任せ、それ以外のクエストについては本日キャンセルするよう命ずる。ゆっくり休みたいと伝えると呼び出し用のベルを置き、使用人キャラは全て部屋を退出していった。
……しかし、これはどうしたことだろうか。
再びステータスの内、職業の箇所を確認する。
職業(メイン):魔術師Lv.55
職業(サブ1):ノーブルLv.775
職業(サブ2):将帥Lv.80
私は自キャラ『アレクサンドリナ=ヴィクター』を魔術師系三次職ワイズマンLv65にまで育てている。サブ2枠にはそれぞれサブジョブ『ノーブル』『将帥』を宛て、サブジョブについては昨日まで適用されていたレベルキャップ限界の80まで上げきっていた。
(『将帥』についてはいい。これは以前と変わらない。問題はメインと『ノーブル』だ。)
『魔術師』というこれまで存在していなかったジョブ名称に原因があるのだろうが、これについては転職制度を廃止してレベル配分自体を変更した可能性がある。今回のアップデート内容にそのような変更があれば話題に上がったはずだが、私はソロかつネット板を余り覗くことがないので、これは後で確認してみない事には分からない話だ。
より訳が分からないのが、『ノーブル』のレベルである。775って何ぞや?レベルキャップ何それ美味しいの、という問題以前にゲームが違うだろというレベルの値である。これはバグだろうか。15年かけて作り上げたキャラなのでデータデリートだけは勘弁してほしい。
しかし、と年齢欄を見る。『年齢:800歳』。これは一体何なのか。確かキャラ設定時点では25歳で作成したはずだが…。はて、『ノーブル』Lv.775、800歳と25歳。非常に関連性を感じる。
『800 - 25 = 775』
(…ん?……ん?んん?)
取りあえずこの件については置いておこう。これもHPで仕様変更を確認してからだ。
次に各能力値を確認する。ほぼ全ての能力の桁が変わってしまっているので以前の能力値との直接の比較はできないが、よく見ればINTが飛びぬけて高く、次いでDEX、LUCが高いことが分かる。一方でSTR、VIT、AGIが低めであるという構成は以前と変わらない。問題は比率である。
(前、STRってこんな低かったっけ?INTなんてVIT値と比較してここまで極端に高くなかったはずなんだが。)
AGIについても大分多く割振っていたがVIT値比較で当社比12倍超である。色々おかしい。ハーブティーの味わいが鮮明に感じられたのはこの仕様変化によるものかもしれない。
しかし、自分にとっては面白い変化で済むが、バトル目的のプレイヤーにとってみればこれは大問題である。何しろVRゲームでは自分の五感感覚を頼りに環境をイメージする。そのバランスが急に変わってしまえばかなりやり辛さを感じる人も多いだろう。少し低めに設定していた能力が著しく下がり、それなりに多く配分していた能力値が飛びぬけて高くなる。ボス戦にて死亡者続出である。今日の板は荒れるぞ。開発陣のHP管理担当の冥福を祈る。
とは言いつつも自分としてもこの変化にはかなり驚かされた。他にも修正個所があるかもしれないとなればHPまで確認しにいかない訳にはいかない。ゲームをしながらHPの確認はできない為、一旦ログアウトすることにする。
「ログアウト」
ログアウトついでに小休止おいて風呂でも入ろうかと考えていたが、一向にログアウトが実行されないことに気付く。
「…?ログアウト」
反応はない。故障かと訝しみ手動操作によるログアウトを試みる。
画面がでない。
(あれ、え、ログアウト画面どころか設定画面が全部でないってどういうことだよ!?)
閉じ込められた。
その恐れが頭を過ぎる。デスゲーム、電脳空間監禁、電脳犯罪。しばしば小説創作において用いられるジャンルだ。かつて私が学生の頃はライトノベルでしか見かけなかったが、最近では商業本でもサスペンス物や恋愛物、ノンフィクション小説と絡ませて書かれることの多くなった類の物語である。
だが、それらはあくまでフィクション。そんな話が実際にあったということは聞いたことが無い。引き続き何か方策が無いか調べ始める。
ステータスと唱えてみると、ステータス画面は表示される。その事実にほっとするも、しかし他の設定画面はどうやっても表示されない。何度も設定画面の呼び出しを試みて、ふと気づく。
(ステータス)
『ステータス』という呼びかけに応じてステータス画面は表示される。しかし、その感覚が普段と異なることにようやく気付いた。脳内にステータス画面が浮かぶ感覚で表示されるのだ。本来であれば目の前に3D映像のようにステータス画面が表示されるのが常である。その差は大きい。
これは本当にアップデートによる変化なのだろうか。考えてみればNPCキャラ達の動きもこれまでよりも遥かに人間らしいルーチンとなっていた。彼らは本当にNPCなのだろうか。どうにも前提がおかしい。そこで一つの仮説が浮かび上がる。実にくだらない仮説が。
『異世界移転』
VRMMOジャンルでデスゲームが一般的に受け入れられた一方、異世界転移するという小説内容は一般受けされることなく未だにライトノベル或は妄想の類として社会一般に受け入られている。まぁ、妥当な話である。私も同じ意見なのだから。
だが目の前の現実はそのような常識を受け入れてはくれない。どうすれば判別がつくか。まずは、私がいるここがバーチャル世界なのか、それとも本当に異世界で現実世界であるのかを判断する必要があった。
ゲーム内でかつては出来なかったことを試してみる。書斎の引き出しを見つめる。
ゲーム内においてある特殊クエストを経て領主の立場になると、統治クエストが常に発生するようになる。デイリーでこなすものもあれば、一度きり、あるいは定期・不定期のクエストもある。これらのクエストをこなすことでサブジョブ『ノーブル』のレベルは向上するのだ。
とはいっても一般的プレイヤーが統治などと言っても実際業務として何をすればいいかなど分からない。公務員の方がいたとしても彼らとて、自分の担当する業務しか分からないだろうし、もちろん開発陣も良く知らないだろう。故に統治クエスト全般、特にデイリークエストに至っては、当然のごとくその業務内容は所定の箇所に所定の書き込みをするだけの猿でもできる簡単作業まで落とし込まれていた。難易度はテストの解答用紙に自分の名前を書くだけ、という程度には簡単である。
引き出しの取手を抓み、引き出す。中には書類が入っていた。書類を手に取り内容を確認する。その内容は―――
「……異世界、か。」
ゲーム時代には見ることの無かった本格的な行政報告書だった。内容を確認するに不定期クエスト『対ガルシエ帝国防衛戦』の中の小クエスト『諜報活動』の資料だった。報告書に書かれている内容と数値項目を見るに恐らく数年以内に再度侵攻作戦が起こる可能性が―――
(……おかしい。何故この資料がここまで詳細に理解できる?)
ごく一般的民間会社のサラリーマンである私が、専門的知識を要求する高度な行政報告資料を苦も無く理解できるという現実に戦慄する。しかもその解読速度が尋常でない。サッと目を通すといわんばかりにペラペラと捲るだけで全体の概要を把握する。そんな人外じみた事務処理能力を当然元の私は持っていない。
『INT:559』
どうやら私にもよい流れが巡ってきたらしい。もしINTによる補正が本物ならば俺TUEEEに並ぶ異世界転移ネタ、所謂NAISEIが叶う可能性があるかもしれない。もっともファンタジー世界で役立つような重厚な科学知識など持ち合わせていないので専ら高い事務処理能力による地味なNAISEIとなるのだろうが。
さて、ここが異世界であるという推定が立った以上、次にするべきことは何か。『敵を知り 己を知れば百戦危うからず』とはよく言うではないか。この世界はどういう世界なのか、この世界において『アレクサンドリナ=ヴィクター』とは何者なのか、それを知りたい。
私はゲーム時代の記憶を頼りに書斎へと向かった。
まだまだ物語は動き出しません。