王子って柄かよ
夕食を済ませると、リリがお茶を入れてくれた。三人とも、砂糖をたっぷり入れて飲む。
俺は、口が大きすぎて、正直コップでものを飲むのは難しい。
苦労して、冷めたお茶を口に流し込んだ。
もう、日は完全に沈んでいて、たき火の炎がとてもきれいだ。
ラップが、ときたま枯れ枝を折って、火にくべる。
「なあ、お前ら、災厄の種とやらを探して、旅をしてるんだよな」
火を挟んで、正面にすわるラップに話しかけた。
「ああ」
「もう、どのくらい旅してるんだ?」
「えっと、グラー、どうだっけ?」
「今日で四十日かな」
もう一か月以上、子供三人で旅してるのか。
かわいい子には旅をさせよとはいっても、これは少しいきすぎじゃないだろうか。
それとも、それくらい、ここでは常識なのだろうか。
「お前らって、いくつだっけ?」
「あれ、言ってませんでしたか?ぼくとラップが一二歳で、リリが十一歳です」
グラーが教えてくれる。
「俺は、一三になったぞ」
ラップがそう口をはさむが、
「それは、来月でしょ」
と、グラーに突っ込まれる。
俺が、想像していたくらいの年齢だ。
やっぱり、一か月以上も旅をするには、どう考えても幼すぎる気がする。
「なんで、大人が付いていないんだ?」
「だから、俺はもう大人なんだよ!」
ラップが、怒ったようにいうが、無視する。
グラーの説明によれば、預言で、直々にご指名を受けたのはラップで、ほかの二人はくじ引きで選ばれたのだという。
「お城のみんながくじを引いて、ぼくとリリだけが選ばれたんですよ」
グラーは、それがいかにも誇りだというようにいった。
それを聞いたリリも、どこか誇らしげだ。
ラップは、当たり前のように、どうだ俺はすごいだろうという顔で、こちらを見ている。
「後、何度かお前らの口から、『お城』って言葉を聞いた気がすんだけど、もしかして、お前らっていいとこの子なのか?」
ついでに、気になっていたことを聞いてみた。
「聞きたいか?」
「え、まあ、聞きたいかなあ」
「じゃあ、教えてやるけど、絶対秘密にしろよ。さっきの話しも含めてだけどな」
ラップは声を潜めてそういって、周囲を見回して、誰もいないのを確かめた。
そういえば、道中、この子ら以外のだれとも出会わなかったなあ、とぼんやり思う。
もともと、人通りの極端にない道なんだろうか。
「俺、実は王子だから」
「オウジ?」
何か、この世界の特殊な言葉かと勘違いしかけるが、
「もしかして、王様の子供の王子か?」
「そうだ。俺の父様は、ニコシアの王だった」
「うっそだろう!王子って、もっと、こう、違うだろう?」
「なんだよ!俺が王子じゃおかしいのかよ!」
「いや、もっと、こう、上品というさあ」
「うるせえ!俺が、下品だってのかよ!」
「ほら、それ!その言葉遣い、どう考えても王子様のそれじゃねえぞ」
「本当です。ラップは、本当に、ニノイアの王子なんですよ」
俺とラップが、そんな言い合いをしていると、見かねてグラーが口を入れてきた。
「そうか、グラーがいうなら、信じてもいいかな」
「こら!なんだよ、それ!」
ラップが、わめく。
確かに、上品さはないが、どことなく人の上に立つ人間の雰囲気らしいものは感じていた。
けれど、まさか一国の王子様とは。
そう聞いて、改めて観察すると、なるほどいかにも王子様といった風貌ではある。
王冠をつけて、カボチャパンツをはいて、玉座でふんぞり返っている様を想像すると、腹が立ってくるのだが、まあ、似合っている。
ただ、この言葉遣いはないだろう。
「じゃあ、もしかして、将来王様になるのか?」
「いや、兄様が王になってる」
「そうか」
考えれば当たり前で、まさか、王様候補を旅に出したりはしないだろう。
それでも、幼い王子を子供だけの旅に送り出すとは、なかなかぶっとんだ国だと思える。
「あれ、それじゃあ、王様だった父親っていうのは」
「もう死んでる」
ラップが、ぽつりとそれだけいった。
うかつだった。そんなことは、少し考えれば、わかることだったのに。
「悪い」
「別に。俺はもう大人だから、父様がいなくても平気だし」
「そうか。お前は、すげえな」
この年だ。父を亡くしたのも、それほど昔のことではないだろう。
急に、ラップがけなげな奴に見えてきた。
「その、お兄さんっていうのは、ずっと年上なのか?」
「いや、俺より三つ上なだけだ」
つまり、十五歳か。大人扱いできなくもない歳ではあるが、常識的には、まだまだ子供だ。
「そんな歳で王様やってんのか、それもすげえな」
「いや、若いから、摂政が付いてる」
「へえ、まあ、そうか」
「ちなみに、その摂政様が、預言を受けられたんですよ」
グラーが、補足してくれた。
「はあ?なんだって?」
「だから、摂政様が、災厄の種の預言を受けられたんです」
おい、なんだかものすごく怪しげな話に聞こえるぞ。
その摂政様とやらが、ひどく胡散臭く思える。
誰がどう聞いたって、どう考えたって、そいつ怪しいぞ。
「それで、摂政様は、皇太后様のお兄様で、ラップの伯父様なんです」
「へえ」
外戚というやつか。
ますます怪しい。外戚というのは、悪い奴だと相場が決まっているんだ。
「それから、リリは、その摂政様の孫娘なんですよ」
グラーがさらに事情を明らかにしてくれる。
「ほ、ほう」
なんだそれは、どういう裏があるんだ?
「ちなみに、グラーは、ラップとはどういう関係なんだ?」
「ぼくの母が、ラップの亡くなったお母様の妹なんです。だから、従兄弟です」
「え」
「本当の母様は、俺が小さい時に死んだ。今の皇太后様は、義理の母様だ」
「じゃあ、お兄さんというのは」
「義母様の生んだ子供で、俺とは腹違いの兄様になる」
この旅の裏になにがあるにせよ、かなり複雑な事情が絡んでいるようだ。
とはいえ、トカゲ野郎に成り下がった俺に、陰謀渦巻く宮廷のドロドロ劇に首を突っ込む真似など、できそうもないし、するつもりもないが。
「今のお母さんは、よくしてくれているのか?」
どうしても、それだけ聞きたくて尋ねると、
「ああ、今の母様は、俺の本当の母様じゃないが、すごく良くして、愛してくださる。この旅に出るときも、とても心配してくださった。だから、俺は早くこの旅を終えて、お城に帰って、母様にお会いしたい」
ラップは、たき火の炎をじっと見ながら、そういった。
「そうだね。だから、がんばって、災厄の種を見つけよう」
「わたしも、がんばる・・・」
グラーと、リリも、炎を見ながらいった。
やがて、眠ろうという段になって、順番に火の番と見張りが必要だというので、俺が最初の番をかってでた。
三人の子供たちは、ラップとグラーがリリを挟む形で、天幕の下で眠っている。
俺は、弱くなった火に枝をくべながら、ぼんやりといろいろなことを考えていた。
今日は、本当にいろんなことがありすぎた。
それで、疲れているはずなのだが、眠気はほとんどやってこない。
興奮しているせいなのか、ドラグニクという生き物の特性なのか。
ともかく、寝ずの番は、俺一人だけで十分そうだ。
空を見上げると、星が瞬いている。
星の配置が、元いた世界と同じなのか、違うのか、よくわからない。
月は出ていなかった。今日は、月の出ない日なのかもしれない。
なら、明日は見えるだろうか。
「どんな月が出るんだろうな」
思わず、そんな独り言が、口をついて出た。