ちょっくら、狩ってくる
ある意味、戦闘シーンです。
子供たちは、手慣れた感じで器用に天幕を張り、火を焚いて、野営の準備をする。
手際の良さに、感心する。いったい、どれくらいの夜をこうして過ごしてきたんだろう。
見ているだけで、半時もしないうちに、準備が整った。
「悪い。手伝おうにも、何していいかわからなかった」
ラップに詫びると、
「おとなしくして、任せとけばいいんだよ」
そう、こともなげにいった。なかなかに頼もしい。
子供っぽかったり、大人っぽかったり、不思議なやつだ。
「じゃあ、暗くならないうちに、ごはんにしようか」
グラーがいったので、みんなで火を囲んだ。
「いやー、正直腹減っててさ。考えてみれば、俺、いつから飯食ってないのかわかんないんだよ。ほんと腹減った」
おそらく、この世界での最初の食事だ。なにが出るのか、わくわくする。
「まあ、待ってろよ。いま分けるから」
ラップは、そういって、背嚢からこぶし二つ分くらいの、黒い塊を取り出して、それをナイフで四つに分けて、全員に配った。固いパンのようだ。
「あれ、これだけ?」
「そんなわけないだろ」
背嚢から、今度はこぶし一つ分くらいの白い塊を取り出して、これもナイフで四つにわけて配った。チーズのようだ。
「それじゃ、いただきます」
ラップがいうと、
「いただきます」
「いただきます」
と、グラーもリリも続いていった。
「ちょっと待て、これだけなのか?」
俺にとっても少ないが、子供にとっても少ないだろうと思う。
「仕方ないだろ」
ラップが、ふてくされたようにいう。
「お前ら、やっぱり金がないのか?」
俺が、同情しながら聞くと、
「バカにするな!金ならある!」
怒ったラップに代わって、グラーが事情を説明してくれる。
「あまり、重い荷物もてないから。ぎりぎりの量を持つんです。街まで行けば、ちゃんとしたものが食べられるんですけど・・・」
そういえば、背嚢の中には、革製の水筒に入った水もいれてあった。
何日もかけて旅するには、そうするしかないのだろう。
それにしても、こいつらは、そんな貴重な食料や水を、俺に分けてくれているのか。
俺のせいで、三分の一になるはずのパンとチーズが、四分の一になってしまったということだ。
なんだか、ひどい罪悪感に襲われる。
「悪いな」
そういうと、
「いいんだよ。最初に、悪かったのは、俺たちだ」
ラップが答えた。なんだこいつ、なかなかかっこいい奴だ。
大人として、俺もなんとかいいところを見せてやりたくなった。
「なあ、途中で、獲物になりそうな動物、何匹か見たんだが、あれを狩ったらいいんじゃないか?」
ウズラに似た鳥や、ウサギみたいな動物を見た。
どうも、ドラグニクというのは、そういうものを自然と見つけてしまう習性があるようだ。
狩りをして生活している生き物だという、グラーの話を思い出す。
「無理だろ。野生の動物なんて、そうそう狩れるものじゃないんだぞ。道具もないし、魔法だって、かける前に逃げちまう」
ラップがいうのを聞いて、俺は立ち上がった。
「待っててくれ。ちょっくら狩ってくる」
そういうと、俺はそろそろと、街道から外れて歩き出した。
「おい、道具もなしに、どうするんだよ?」
ラップの言葉を聞き流しながら、俺は、しっぽをぴんと横に伸ばして、体を倒して、可能な限り姿勢を低くして、足音を立てず、静かに歩いていく。
草の丈よりも低く、腰をかがめたまま歩くのが、まったく苦ではない。
確かに、これは狩りに適した体だ。
先ほどから、平たい鼻に入ってきていた獲物の匂いが、だんだんと強くなる。
都合のいいことに、こちらが風下だ。匂いで気付かれることもないだろう。
そんなことが、頭に自然と浮かんでくる。これが、ドラグニクの本能というやつなんだろうか。
狩りのやり方は、体が知っているようだ。
やがて、前方に、大きめのウズラのような鳥が、二羽いるのを見つけた。
まだ、俺に気付いた様子はない。のんきに餌をついばんでいる。
この距離なら、たぶん、いける。
そう判断すると、俺は、全身のばねを使って草叢から飛び出した。
二羽の間に、矢のような勢いで突っ込んでいく。
気付いた鳥が、別の方向に、二手に分かれて逃げ出した。
右の奴が、わずかに遅い。
俺は、尻尾を使って、重心を変え、すばやく方向転換すると、右の鳥を追いかける。
あっという間に、間近に迫った。
鳥が、翼を広げて、ばさばさと飛んだ。
しめた!
こいつは、走るより、飛ぶほうが遅い。
俺は、飛び上がって、空中で鳥をとらえる。
手の中で翼をばさばさ振って暴れる鳥の首を、両手でひねって息の根を止める。たちどころに、獲物が静かになる。
朝に顔を洗った手が、自然にタオルに伸びるように、自然にそれをやった。
これも本能なのか、狩りの成功に、これまでにないほど心が沸き立った。
俺は、少し時間を置いて気を静めてから、ラップたちのもとに戻って行った。
鳥を持って帰ると、
「お前、すげえなあ」
ラップが、心から感心したといった様子で、言ってくれた。
「もっと、褒めてくれていいんだよ?」
そういうと、顔を赤くして、
「はっ、ドラゴニクなら、できて当たり前なんだろ!そんなもんで、威張るんじゃねえよ!」
慌てて、そんな風にいい直した。
「もっと、素直になっていいんだよ?」
「うるせえ!とっとと、料理しちまえよ!」
ラップの言う通り、下ごしらえをしようとすると、リリが、悲しそうな目で鳥を見ているのに気が付いた。
「どした?」
「それ、殺しちゃったの?」
そう、涙目でつぶやいた。
「まあ、食べるためだから」
「かわいそう・・・」
先ほど、トカゲ野郎の命を惜しんでくれと訴えたばかりなだけに、気が咎める。
「グラー、俺は向こうで、こいつの下ごしらえしてくるから、リリにいろいろ話してやってくれないか?」
「は、はあ」
俺は、切れ者のグラーに後を任せて、離れた樹の影に移動して、鳥をばらすことにした。
解体の工程すら体が覚えているようで、肉と内臓と羽に分けて、あっという間に済ませてしまう。
これだけでも、十分生きていけそうだな。
戻ってみると、グラーに何を言われたのか、リリはもう気にしていないようで、肉がやってきたのを歓迎してくれた。
俺たちは、焼いた石の上で、塩で味付けした肉を焼いて食べた。
やはり、味もウズラに似ている。脂肪の少ない、上質の肉だ。
ラップも、グラーも、リリも、喜んでくれた。
大人として、ちょっとはいい所が見せられたかな。