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魔法ってすごい

 ラップを先頭に、真ん中にリリをおいて、その後ろにグラー、さらに後ろに俺をおいて、街道を歩いていく。

 俺は、進んでかってでて、パーティーの荷物が入った背嚢を担いでいた。

 ここまでは、一番力のあるラップが担いでいたそうだが、なかなかに重い。

 こいつを子供に担がせるのは、ちょいと気が引ける。


「なあ、グラー」


 さっきまでの騒動で、子供たちのだいたいの個性はつかめている。

 たぶん、一番聡明で、ものをよく知っているのは、グラーだ。


「なんです?」


「馬とか、馬車とか、使わないのか?子供は乗っちゃだめとか?」


 ここの文明のレベルはよくわからないが、この未舗装の、でこぼこしたの土の道が、街を結ぶ唯一の街道なのだとすれば、あまり高度な乗り物はなさそうだ。


「ウマ?バシャ?なんですそれ」


 グラーは、そんな言葉初めて聞いた、という感じで、きょとんとして聞き返してきた。


「え、知らないのか?馬だよ馬。ひひーんって鳴いて、ぱからっぱからって走る動物。知らないか」


「ひひーんと鳴いて、ぱからぱから・・・?ラップ、知ってる?」


 グラーが先頭のラップに聞くが、


「なんだそれ。そんなふざけた生き物、いるもんか」


と、にべもない。

 馬というのが、どんなものか詳しく説明してみても、そんな生き物知らないの一点張りだ。

 どうやら、この世界に、馬という生き物は存在していないらしい。

 やはりここは、俺の知っている世界とは、どこか違うようだ。


「へえ、その馬って動物に乗って移動するんですか。変なことするんですね。わざわざ動物に乗るなんて」


「いや、便利だから。歩くより、ずっと早いし」


「動物なんかに乗るより、魔法で飛んだほうが早いと思いますよ」


「え、魔法で飛べるのか」


「はい。だいたいのことは、魔法でできますから」


 やっぱり、箒に乗るんだろうか。


「じゃあ、お前らなんで飛ばないのよ」


「安定して飛ぶのって、難しいんです。それに、みんなで飛ぼうと思ったら、もっと難しいんです。ぼくは、まだできません。もっと訓練を積んだひとでないと」


 なんでもできるが、誰でもできるわけではないということか。


「だから、馬は便利なんだって。魔法と違って、誰にでも使えるんだから」


「そうですか?走る動物の背中に乗るって、すごく難しそうですけど」


 実物を見せないと、なかなかよさはわかってもらえないみたいだ。

 そのまま、主にグラーと、この世界について教えてもらいながら、街道を歩く。

 そこで聞いた話の中で、一番驚いたのは、この世界には、文字がないという話しだ。

 俺の、元いた世界の文字がないというのではなく、そもそも文字という概念そのものがないらしい。

 表意文字、表音文字、どんなタイプの文字も、グラーは知らないという。

 文字がどういうものか、苦労してなんとか伝えると、グラーは、


「なんだか、気持ち悪いです」


という感想をくれた。

 神にもらった言葉という神聖なものを、絵のように書き写すというのに、抵抗があるらしい。

 俺には、理解しがたい心情だ。


 文字なしに、高度な社会が成り立つとは思えないのだが、ここの世界の住人はうまくやっているらしい。

 看板などの簡単な情報は、絵などで示し、絵では伝えられない複雑な情報や手紙なんかは、魔法を使うのだという。

 声を記録する魔法があって、それを文字替わりにしているようだ。

 文字がないのに、録音機はあるということで、奇妙な話だ。


「魔法って便利だな。あの、俺を攻撃したやつも、魔法だったんだろ?」


「あの時は、ラップが危ないと思って・・・、すみません」


 グラーがしゅんとするので、


「いや、もう気にしてないから。じゃあ、あれか、お前って、魔法使えるのか、すごいな。眼鏡を鏡にしたのも、魔法だろ?」


「はい。ぼく、魔法使いですから」


 グラーは、少し照れながら、でも誇らしげにいった。


「ラップはどうなんだ?魔法使えるのか?」


 先を歩いているラップに尋ねると、


「俺に使えるわけないだろう!」


と、怒鳴り返してきた。


「魔法を使える人は、決まっているんです。ぼくみたいに、髪の黒い人間だけが、魔法を使えます。ほかの人間は、使えません」


「なんだそれ、人種の違いってやつなのか?魔法使い族とか、そんな感じ?」


「いえ、たまたま髪が黒いかどうかってだけなんです。親が魔法を使えなくても、子供の髪が黒かったら使えますし、親の髪が黒くても、子供の髪が、銀だったり金だったりしたら、魔法は使えません」


 グラーの話では、神様の弟とやらが魔法使いの始祖で、そいつと同じ生まれつき黒い髪のやつだけが、魔法を使えるのだという。

 これも神話の一種なのだろうが、本当のことなのか、黒髪の人間だけが魔法を使えることを説明しようとしたおとぎ話なのか、判断がつかない。

 魔法なんていうものがある以上、なにが本当のことであっても、そう、たとえ神様というのが本当にいたとしても、不思議ではない気がするのだが。


「声を記録する魔法って、グラーは使えるのか?」


「はい、使えますよ」


 グラーはそういうと、懐からひもでつながった、二枚の木の板をだした。

 録音に使う板で、「音板」というらしい。

 その一枚に向かって、


「あー、あー、本日は晴天なり」


といった。変なところで、俺の世界と共通点がある。

 それから、二枚の板を重ね合わせた。


「さっきのを、『吹き込む』っていうんです。普段は、こうやって閉じておいて、それから、声を聴きたいときに」


 グラーが、板を開くと、


「『あー、あー、本日は晴天なり。』」


 さきほどと寸分たがわない、グラーの落ち着いた声が聞こえてきた。


「『あー、あー、本日は晴天なり。』『あー、あー、本日は晴天なり。』『あー、あー、本日は晴天なり。』『あー、あー、本日は』」


 板を閉じると、声がやんだ。グラーが、俺に板を渡してくれたので、開いてみる。

 すると、また先ほどの声が、繰り返される。


「す、すげえええええええ。なんだ、これ。すげえ」


 なんだか、ものすごい手品でも見せられた気分で、テンションがあがる。

 グラーは、俺があんまり驚くので、気恥かしそうにしている。


「いや、魔法使いなら、誰だってできますから」


「いや、これはすごいって」


 俺は、ラップのもとに駆け寄って、板を開いたり閉じたりして見せた。

 予期せぬ事態が頻発しているせいか、なんだかハイになりやすいみたいだ。


「ほら、すごくねえか、これ。なあ、なあ」


「うるせえ!そんなもん、珍しくもなんともねーんだよ!」


「それなら、お前、やってみろよ」


 ラップは、俺の手から音板をひったくると、開けたり閉めたりして見せた。


「いやいや、そうじゃなくて、吹き込むほうだよ」


「だから、俺は魔法は使えねーんだよ!」


「じゃあ、お前、手紙とかどうすんだよ?」


「そのために、グラーは、俺のそばにいるんだよ!」


 振り返って後ろを見ると、ラップの言葉を聞いて、グラーは困ったような、それでいてうれしそうな笑みを浮かべている。

 なんとなく、二人の関係を理解する。


「なるほどなあ。グラーも苦労してんだなあ」


 しみじみ言ってやると


「なんだと!どういう意味だよ!」


 ラップが、そういってけりを入れてくるのを、ひょいと避ける。

 相変わらず、体が軽い。トカゲ野郎にも、取柄はあるということか。

 俺は、ラップのけりをひょいひょいと避けて、最後に重い背嚢を担いだまま、くるりと宙返りをしてみせた。

 ラップが目を丸くして、リリが「すごい」といって手を叩いてくれる。


「ねえ、ラップ。そろそろ、野営の準備しない?日が沈みかけてきた」


 そんな風にじゃれていると、グラーがいった。

 なるほど、確かに、行く手に見える太陽が、山の向こう側に沈みかけている。

 こちらでも、太陽は、東から出て、西に沈むらしい。

 ラップは、参謀役の言葉を聞いて、きょろきょろ見回して、


「そうだな、あの木の下を、野営地とする」


 そう決めた。

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