お前って、いいやつなのか?
ある意味、タイトル回収のお話です。
ラップとリリが落ち着くのを待って、グラーが話しかけてきた。
「でも、アベさんはどうして、あんなところに倒れてたんですか?」
どう説明したらいいものか。
今の自分の置かれた状況をわかってもらうのは、なかなか大変そうだ。
そもそも、俺自身が、それをわかっているとはいえない。
「あの、俺がもともとは、お前らと同じような姿の人間だったといったら、信じてくれるか?」
「え、それは、神様に呪いをかけられる前は、ぼくたちと同じだったと聞いてますけど」
「いや、そういう昔話じゃなくてだな。たぶん、つい最近まで、人間だったんだよ。そのはずなんだ。なのに、気付いたら、この姿になっていたんだ」
グラーは、俺のいってることが、よくわからないという顔している。グラー以外の二人も、変な顔をしている。
「信じてくれ。だいたい、お前、ドラグニクとやらがしゃべるのに驚いていただろう?」
「はい、普通、しゃべれないはずなので」
「ほら、それって、俺が人間だった証拠にならないか?」
そういってみるが、グラーは首をひねって
「うーん、もしかしたら、しゃべるドラグニクがいたのかもしれないし。実は、ドラグニクがみんな、しゃべれたのかもしれないし」
納得させるのは、なかなか難しそうだ。
まあ、そうだろうな。
「それに、それが本当だとして、誰がそんなことを?そんな魔法、聞いたことないですし、やっぱり神様でしょうか?」
「いや、たぶんお前のいう神様とか、魔法だとかは、関係ない」
「どうしてです?」
「こいつも、信じがたい話しかもしれいが、俺は、もともとここの人間じゃないんだよ。どこか別の星か、別の次元なのか知らないが、ともかく、こんなところに俺はいなかった。こんな、トカゲ野郎がいる世界に、俺は住んじゃいなかったはずなんだ」
そういうと、ラップがぷっとふきだした。
「なんだよ。そりゃ変なこと言ってるんだろうけどさ、笑うことないだろう」
手で口を押えて、まだ笑っているラップをよそに、グラーが説明してくれる。
「いえ、ラップが笑ったのは、その、『トカゲ野郎』っていったのが面白かったんだと思います」
「そんなに面白かったか。トカゲ野郎ってのが」
ラップはそれを聞いて、とうとう声を出して笑い始めた。
子供の笑いのツボって、よくわからない。
「違うんです。『トカゲ野郎』って、ドラグニクに対する悪口なんです。大人たちがバカにしていうんです。それを、ドラグニクのあなたがいったから、笑ったんです」
なるほど。どうやら、ドラグニクとやらは、あまり尊敬されているとはいえない種族のようだ。
しかし、トカゲ野郎というのは、ぴったりのニックネームといえる。自分でも、そう思う。
「まあ、そこの銀髪は放っておこう」
「銀髪っていうな!」
笑いながら、話はしっかり聞いていたみたいで、ラップが怒鳴り返してきた。
「話を戻すと、俺のいたところに、こんな生き物はいなかった。世界中のどこにも。ドラグニクって、ここにはそれなりにたくさんいるんだろう?」
「まあ、正確な数はわかりませんが、南の乾燥地帯には、結構住んでいるみたいですね。狩りをして暮らしてるそうです」
「俺のいたところにそんな生き物がいたら、絶対に見つかって、動物園にでも入れられてるはずだ」
そういうと、グラーは腕を組んで、首をひねった。
少しの間、何か考えて、
「じゃあ、アベさんって、元いたところでは、どういう人だったんですか?」
そんなことを聞かれた。
当然の質問か。
「俺か?俺は……」
グラーの質問に答えようとして、俺ははたと気が付いた。
自分が、もともとどういう人間だったのか、思い出せない。
元いた場所のことは、よく思い出せる。元の世界といっていいのか。
そこが、どういう場所で、何があり、どんな人たちが暮らしていたか。
日常の、こまごまとした品物まで、よく思い出せる。
けれど、自分がどういう顔をして、普段何をして暮らしていたか、そういう私的なことが、まったく思い出せない。
愕然とする。
「すまん、思い出せない」
俺は、かすれた声でいった。
「思い出せない?」
「うん、元いたところの、自分のこと以外は全部思い出せるんだが、自分のことだけが、なぜか思い出せない」
「もしかして、記憶喪失ってやつですか?」
「たぶん、そうみたいだ」
俺は、うなだれて答えた。
なにがなんだか、わからない。
自分のことだけが思い出せないって、そんなことがあるものか。
記憶喪失というのは、そういうものなのだろうか。
さて、こうなると、自分のすべてがあやふやに思えてくる。
そもそも、俺は本当に人間だったのだろうか。
元の世界というのも妄想か何かで、俺はもともと、この醜いトカゲ野郎だったのかもしれない。
急に、心細くなってくる。
俺は、がっくりと肩を落とした。
「あの、元気だして…?」
リリが、俺の前に来て、膝に手を置いていった。
青い目が、涙で潤んでいる。初めて間近で見るその顔は、思った通り可憐だった。
こんなトカゲ野郎に同情してくれるとは、なんてやさしい子だろう。
心細いところにこれじゃあ、泣きたくなるじゃないか。
「ありがとう。大丈夫だから」
そういって、なんとか笑顔を作って見せると、リリは顔をひきつらせた。
どうやら、俺の笑顔は怖いらし。トカゲが笑えば、それは怖いか。
「おい」
ラップが、呼びかけた。
何を言われるかと思ったら、
「母様のことも、思い出せないのか?」
そんなことを言われた。
「母様」ときたか。こいつ、いい所の坊ちゃんなんだろうか。
「ああ、母親も、父親も、思い出せない。いたのかどうかも、わからない」
そう、正直に答えると、
「そうか」
と、ぽつりとつぶやいた。
それから、何やら考え出した。
母親のことでも思い出しているんだろうか。
また、ホームシックがぶり返して、泣かれでもしたら困る。
なんとか、気持ちを持ち上げていこう。
「まあ、思い出せないものはしようがない。時間がたてば思い出すかもしれないし。記憶喪失なら、病院に行くのもいいな。お前ら、この辺にある病院、知らないか?」
務めて明るくしていうと、
「病院ですか?この辺だと、ショズにしかないと思います」
「どう行けばいいんだ?」
「えっと、そこの街道を、まっすぐ西に向かうんです」
どれくらいで、着くのか聞いて、
「二日くらい歩けば」
というグラーの言葉に、俺はげんなりした。その間は、野宿ということか?
俺の持ち物は、得物の鉄棒だけで、旅の用意などあるわけもない。
そもそも、俺はこの世界のことをなにもしらないのだ。
そんなようすを哀れに思ったのか、
「なあ、一緒に連れて行ってやろか?」
ラップがそんなことをいった。
「え、いいのか?」
正直うれしくも、意外な提案だった。
こいつは、俺のことを嫌っていると思っていたが。
「ほかの世界だとか、元人間だとかはよくわからないけど、記憶喪失は本当みたいだしな。話に聞いてたより、悪い生き物じゃなさそうだ。グラーも、リリも、いいか」
問われた二人も賛成してくれる。
「まじかよ、ありがたい。お前って、ほんとはいいやつなのか?」
俺がそういうと、ラップは顔を赤くして、
「ただし、ショズまでだからな!俺たちには、災厄の種を探すって、重要使命があるんだからな!」
そう、怒鳴った。
うん、確かにこいつは、悪いやつではない。
俺は、こうしてショズとやらまで、お子様勇者ご一行様についていくことになった。




