修羅場はごめんだ
出会いから、なかなか先にいきません。
グラーの話によれば、三人は、ニノイアという東隣の国から、旅をしてきたらしい。
ここはリシアという国で、ショズという街へ続く街道のようだ。
ニノイアにしても、リシアにしても、ショズにしても、まったく聞き覚えのない地名だ。
試しに、グラーの知っているという国の名前や地名を片っ端からあげてもらったが、同じく聞き覚えがない。
こちらからも、俺の知っている国の名前や地名をあげてみたが、三人とも聞き覚えがないという。
彼らが、どれほど田舎の子供だったとしても、こんなことがあるものだろうか。
いや、そもそも、俺のいた地球に、こんな、大人ほどの背丈があって、二足歩行する、しゃべるトカゲなんてけったいな生き物、存在していなかったはずだ。
混乱する。混乱するが、こういう時は、とにかく初心を思い出して、まずはその通りに行動してみることだ。
とりあえず、事情聴取してから、説教してやろう。
「でも、なんでいきなり剣でつついたり、切りかかってきたりしたんだよ」
まだ、俺の持つ剣をにらんでいるラップに向かっていうと、
「それは・・・」
言いよどむ。
「その、ドラグニクって、嫌われてるのか?もしかして、害獣?」
「怒りませんか?」
ラップに代わって、グラーが言った。外交交渉は、もっぱらこのグラーが受け持つらしい。
確かに、話していてもわかる通り、この子は聡明だ。
いかにもけんかっぱいラップよりも、よほど適任ではあるだろう。
話を促すと、
「邪悪な生き物だって、教えられています。昔、神様に悪いことをして、怒られて、それで、呪われて人間からトカゲの姿に変えられたって、みんなが言ってます。その時に、神様からもらった言葉も、奪われてしまったって」
グラーが教えてくれた。
なるほど、そういう言い伝え、神話があるのか。
ただのおとぎ話なのだろうか。本当にあったことなのかもしれない。なにせ、きっとここは俺の知っている地球ではない。
なにが本当で、なにが虚構なのかも、軽々しく判断できない。
「まあ、それはいいんだけどさ。いくら、邪悪とか言われててもだなあ、いきなり、剣でつついたり、切りつけたりしたらダメだろう」
「それは、その、道で倒れてたからチャンスかと思って…」
俺の詰問に、ラップが答えた。
「いやいや、何のチャンスだよ!おまえら、道で倒れている猫も犬も、殺しまくるのか?」
「そんなのかわいそう!」
二人の後ろの影にいて、今まで黙っていたリリが叫んだ。
「そう、かわいそうだろう。俺だって、まあ、猫や犬みたいにかわいくはないけどさあ、同じ生き物なのに、かわいそうだって思ってくれないのか?」
そういってやると、リリはうつむいた。自分なりに、考えているようだ。
なかなか、素直な子だ。
「ほら、銀髪!お前もリリちゃんみたいに、ちゃんと反省しろ!というか、お前が反省しなきゃ話が終わらんのだぞ!」
「うるせえ!銀髪っていうな!」
「じゃあ、ラップ。お前、いきなり切りかかってきやがって、どういうつもりだったんだよ。教えてくれるまで、剣は返してやらないぞ」
「くそう」
こちらを睨みつけてくるが、あんまりきれいな顔なので、全然迫力がない。
俺が、睨み返すと、うっと唸って、横を向いた。そのまま、
「『災厄の種』かと思ったんだよ」
と、口をとがらせていった。
「災厄の種?なんだそれ」
聞き返すと、ラップは、しまったという顔を口をつぐんだ。どうやら、あまり知られたくないことを言ってしまったらしい。
「教えてもいいんじゃないかな、ラップ。秘密は秘密だけど、ちゃんと話さないと、剣返してもらえないと思うよ」
グラーがそういうと、
「勝手にしろ!」
と、ラップは腕を組んで、体ごと、横に向いてしまった。
おそらく、リーダー格なんだろうが、一番子供っぽいのは、こいつかもしれない。
そんなラップを横目に、グラーが説明してくれる。
間違いなく、一番大人なのは、こいつだな。そして、説明キャラでもある。
「ぼくらの国の、リシアの一番えらい預言者に、神託が下ったんです。この大陸に、災厄の種が現れて、それが原因で、世界は破滅することになるって。ぼくらは、それを探して壊すために、旅をしてるんです」
「ふうん」
なんだか、ゲームの設定みたいな話だ。
でも、こいつらの言葉を信じないと、俺の頼りにできる情報源は皆無になってしまう。
精神衛生のためにも、とりあえず、信じてみよう。
「それで、お前ら三人だけで、外国を旅してるのか?」
「はい。ラップが使命を受けて、ぼくとリリが手助けするように言われて」
何とも非常識な話だ。子供三人で、世界を救う旅とは。
「でも、それでなんで俺が襲われなくちゃならないんだよ。もしかして、俺がその災厄の種だって、神様とやらがいってるのか?何か、しるしでもついてるとか?」
「いえ、そうじゃなくて」
グラーが言いよどむと、
「前の街の占い師が、言ったんだよ。西のほうに、探してるものがあるって。それで、お前が倒れてたから、殺してみようってことになったんだよ」
ラップが、腕を組んで、体を横にしたまま、はき捨てるように言った。
「なあにい!」
俺の、静まっていた怒りのボルテージが再び高まった。
「占いなんぞ信じて、俺がその災厄の種だって保証もないのに、『殺してみよう』だとう!」
ラップの正面に回り込んで、片膝立てて、鼻と鼻をくっつきそうなくらい近づけて凄んでみせた。
ラップは、目を丸くして、黙ってしまう。
「やい、何かいってみやがれ!」
すると、その目から、その目から、ぽろぽろと涙がこぼれだした。
「な、泣いても、ごまかされんぞ」
思わずうろたえながらも、そういうと、
「だって、早くお城に帰りたかったんだもん!」
ラップが、泣きながら、顔を下に向けてそう叫ぶと、後ろのリリも、つられたようにぐしぐしと泣き始めた。
グラーは泣かずに、リリの背中をさすって、慰めている。そして、悲しそうな顔をして、ちらりとこちらを見た。
う、そんな顔で見ないでくれ。
子供相手に、こんな修羅場はごめんだ。
子供の涙ほど、万能の兵器はない。
「わかった、わかったから泣くな。な、ほら、これ返してやるから」
俺は、ラップに剣を渡してやった。ラップは、それをしっかりと胸に抱きしめる。
「そうだよな、家に帰りたいよな。でもなあ、だからって、よくわからないものを、よくわからん理由で殺しちゃだめだろ。もしかしたらなあ、そいつは、お前の友達になってくれるかもしれんのだぞ。間違えて、将来の友達殺しちゃって、お前平気か?」
そういうと、ラップは、うつむきながら、顔を横に振った。
「だから、もう、あんなことしないでくれよな?」
ラップの肩を、ぽんぽんとたたきながらいうと、こくりとうなずいた。
泣いて殻がとれたのか、いやに素直だ。
こんなガキどもを、大人もつけずに旅にだした奴らは、なに考えているんだ?
ともかく、もう、怒るのはやめておこう。
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