2009年3月3日
今日この日、我が家のサンタクロースは何故かしっかりと朝からサンタクロースだった。
「会社は?」
「うーふーふー」
聞いていないようだった。
聞いていようがいまいが構わないが、うちの派遣は皆こんな感じだけれど大丈夫なんだろうか。
まあ、我が家のサンタクロースのバックにはフィクサーよろしく大ボスがましましている。
構わないのかもしれない……構わないのだろうか。
とにもかくにも、そんな浮かれたサンタクロースを残して、あたしは出勤した。
「本日、三多くんは会長直々の仕事により欠席する。以上!」
部長からのそんな一声に、ああやっぱりな、なんて思ってしまったあたしは、ある意味末期かもしれない。
社会って、そんな甘いものだったろうか……考えても仕方ない、サンタクロースの件りの時点で、千尋は2.5次元を生きているのだ。
おそらく。
それにしても、何故今日に限って、千尋は季節外れの真っ赤なファー付きサンタ服に付け髭で浮かれていたのか。
3月3日、3月3日……ひな祭り?
そんなに浮かれるイベント?
千尋ならやりかねないけれど、またうちに出処が謎のひな人形とか飾られても微妙だ。
間違いなくそれは、8段で豪勢に違いない。
いつぞやのシャンデリアばりに、床が抜けるか抜けないかの不安に駆られるのはご免被りたい。
しかし、後何かあっただろうか。
3月3日……あ。
「……まさかね」
ふと思い当たる節が脳裏を掠めたけれど、まさかとかぶりを振った。
「仕事しよう」
かたかたとキーボードを叩きながら、千尋の奇行は知らない振りで忘れることにした。
「あっ、古賀さん!三多、今日いないんですね。今夜どう……」
「さ、仕事仕事」
大宮くんの奇行も知らない振りをした。
夕方。
ちらちらと蕾をつけた桃の花と、まだまだ寒い残冬の風が身を絞る。
「今夜はどうするかなあ……秋刀魚?」
季節外れなものが食べたくなるのは、もはやあたしの性癖かもしれないな、なんて。
思っていたなら、自宅マンション前に、まさかの光景が広がっていた。
まさか、まさかだ。
既視感とかそういった類のナチュラルなものじゃない。
明らかに、奴はそれを狙って倒れている。
「素通りしたい」
「あっ、朱美さん!」
「あっ、じゃないから」
倒れたままの千尋に、思わず突っ込んだ自分が哀しかった。
「何やってんのか聞かなくていいかな」
「いやだなあ、聞いてください!倒れてます!さあ、拾ってください!」
拾ってください!って。
わかっている。
千尋がしたいことも、千尋が言いたいことも、残念ながら、思い当たってしまったあたしにはわかっているのだ。
それが残念で仕方ない。
「……取り敢えず、サンタが倒れてるといろいろ騒ぎになるから」
下手したら通報されるから。
「おにぎり持たせてくれますか!?」
「はいはい、明日の朝ね」
さっさと千尋を立ち上がらせて、引きずるように自宅に連れていった。
ばたん、とドアを閉めて、広がった光景に、またもや不自然な既視感を覚えた。
「思い出してくれました……?」
きらっきらなクリスマスデコレーション。
子犬みたいに上目遣いであたしを見詰める暑苦しいサンタクロース。
ご丁寧に、手に持った鈴まで鳴らして。
3月3日、今日この日は、どうやら我が家のサンタクロースにとって、特別な記念日と化しているようだった。
怒りはしない。
呆れはしたけれど。
「覚えてるよ。……はあ……秋刀魚でいい?」
「はいっ!」
元気よく返事をしてようやく笑ったのは、今は同居人の我が家のサンタクロース。
頭を撫でてやったなら、きらきらな笑顔で嬉しそうに何度も頷いてみせた。
「スーパー行くから、スウェットか何かに着替えて」
呆れながらも笑ってみせたあたしは、悪くないかと思ってたりするのだから、もう完全に、このサンタクロースに毒されているに違いない。
3月3日。
1年前に、千尋と出会ったこの日。
今年のこの日は、傍に確かな暖かい空気があった。
「で」
「はい?」
「これは何」
「おひな様ですよ、知りませんか?」
「いや、知ってはいるけど……」
「今日って桃の節句って言って、ひな祭りイベントなんですってね!僕、全然知らなくって」
「まあ、そうなんだけど大人のあたしにはあんまり関係ないっていうか、フローリング抜けたらどうしようっていうか」
「朱美さんは女の子です!ひな人形は必須です!」
「必須って」
「必須です!」
「女の子って」
「?女の子ですよね?」
「……そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」
「?」
「……明日には片してよ」
「?」
「嫁き遅れるってジンクス、知らないの?」
「!!???」
end?