2008年12月25日
「とか言って」
しっかりと用意されたクリスマスディナーに、思わず自分で呆れて笑った。
只今、午前0時ジャスト。
12月25日、クリスマス当日になったばかりだ。
言葉とは裏腹に、何故か、張り切ってしまった自分が恨めしい。
昨日は早めに仕事を切り上げた。
同僚達から、クリスマス飲み会のお誘いはあった。
派遣の大宮くんのしつこいお誘いだってあった。
後者は別にしたとして、夕飯のメニューは決めていたはずだ。
なのに。
テーブルに並ぶは、チキンにケーキにシチューにアボカドと海老のサラダ、ポタージュスープにフランスパン。
「やれば出来るのか、あたし」
気持ちとは裏腹な称賛を自分に贈ってから、小さく溜め息を零した。
ポタージュスープからは湯気が消え、シチューだって、鍋の中で冷えきっている。
ていうか、スープ作ったのにシチューにしたのか。
何を考えてたんだ、あたしは。
ちょっぴり自分に落胆した。
千尋はきっと忙しい。
相手は世界中だ。
今夜中に全てのよい子にプレゼントを配らなければならないという大役があるのだ。
「……って、サンタクロース協会があるんだっけ?」
「そうですよ」
首を捻って一人疑問を口にしたとき、思わぬところで、それは拾われた。
勢いよく振り返ったなら。
「メリークリスマス、朱美さん」
何度か目にした、けれど、一年で一番お似合いな今日という日の主役。
“サンタクロース”が、笑顔で、玄関に立っていた。
「だから、僕達には担当地区があるんです」
「し、仕事は?」
「終わらせました!」
いつもの笑顔で。
いや、いつも以上の笑顔で、そう口にする千尋がいる。
そこに、目の前に。
「世界より、」
一歩、踏み出して。
「“たった一人”が、喜んでくれないと、」
また、一歩踏み出して。
「“サンタクロース”なんて、意味がないでしょう?」
あたしを覗き込んで笑う千尋は、やっぱり、サンタクロースなんだ。
少なくとも、今、ここで、このときは。
思わず泣きそうになって、そう思ったことは、秘密。
「作ってくれたんですか!?」
「うん……まあ」
「チキンがある!あっ、スープにシチューも!あっためますね!」
「あ、いいよ」
「いいですよ、朱美さんは座っててください」
無理矢理座らされて、ちゃかちゃかと用意していく千尋を眺めながら。
……プレゼント、忘れた。
肝心なことを思い出して、また、自分に落胆した。
あっという間に暖かなクリスマスディナーに生き返ったテーブルに、千尋が座ってから、ぺりぺりと付け髭を剥がすのを眺める。
やっぱりあれは、義務付けられているんだろうか。
「ああ、そうそう」
ぱちんっと千尋が指を鳴らせば、一気に部屋はクリスマスデコレーションで溢れ返った。
チカチカ点滅するライトの付いたツリーに、窓を彩る輪飾り、至るところに配置されたクリスマスローズ、天井から吊るされたシャンデリア。
……シャンデリア?
「……うちの蛍光灯が、シャンデリアになった……」
「スワロフスキーですよ、綺麗でしょう」
「綺麗……だ、ね……」
本当は天井抜けたらどうしようとか考えていたのだけど、まあ……今夜それは野暮なので言わなかった。
ギリ飲み込んだ、の方が正しいけど。
しかし、高級感と庶民感入り混じった無節操なデコレーションが何とも千尋らしい。
あたしは完全に思考が逸れていた。
「はい、“よい子”の朱美さんにプレゼントです!」
清々しいほどの笑顔と共に、渡された小さなプレゼントの箱。
「あっ、ごめん。あたし、用意してなくて」
「あるじゃないですか」
「は?」
わけがわからなくて首を傾げたあたしに、嬉しそうに、本当に心底嬉しそうに千尋は笑って言った。
「僕、誰かと一緒のクリスマス、初めてなんです。クリスマスディナーも、待っててくれる人がいるのも」
本当、これでもかってくらいの花が咲いたような笑顔を見て……何だか泣きそうになった、12月25日。
時計の針は、午前0時43分を指していた。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス!」
シャンパンを開けて、さあ、二人でメリーなクリスマスを!
end?