美奈子ちゃんの憂鬱 悠理ちゃんの災難
念のため申し上げておきますが、水瀬悠理は男の子です。
アイドルが多数通うことで知られる明光学園。
当然、女子生徒は美少女ぞろいで知られているのだが……。
異常なことに、それほどの学園で、女装した水瀬の存在は、決して女子生徒達に引けをとらないどころか、むしろ凌駕していたわけで……。
その証拠に
「ほら、来たぜ?」
廊下を歩いていた宝条に、横を歩いていたクラスメートが言った。
「A組の水瀬だ」
宝条は、瞬間、心臓の高鳴りを感じた。
無意識に目が辺りを探す。
いた。
銀の細工のような艶やかな髪を持つ少女(宝条主観による)
僕にとっての理想の、そして、最愛の少女(妄想)
あの時の唇の柔らかさを、今でも忘れられない。
「すっげーよな」驚きを隠せないという声でクラスメートが言う。
「瀬戸綾乃越えてるぜ?」
「ああ……冗談みたいだよ……なぁ、……おい?おい、宝条?」
ああ……
あの時みた、あの未熟な脹らみ(煩悩モード突入)
あの笑顔
「おい、宝条?大丈夫か?」
僕は、また、出会うことが出来た。
それが、何よりうれしい。
「おーい。宝条?どうした?凍り付いて」
ああ。彼女がこっちを向いてくれた。
笑顔になってくれた。
な、なんて愛らしい笑顔なんだろう(超煩悩モードへヒートアップ)
やっぱり、君は女の子だったんだ!!
ああ……そうだ!君が男の子だなんて、あれは何かの悪い冗談だったんだね?
神様、ありがとうございます!
僕は、僕は、あの笑顔を手に入れるためなら……。
警告:宝条瞬、理性のタガが飛びました。
「あれ?宝条君?」
近寄ってきた水瀬が声をかけたが反応はない。
「……やっぱり、ヘンだよねぇ」
スカートの端をつまみ、ため息をつく水瀬の仕草は、周囲の男子生徒の注目の的だ。
気づかないのは本人だけ。
「どうしたの?宝条君ったら」
水瀬に上目遣いにじっ。と見つめられた宝条は、不意に水瀬の手をとって半ば叫ぶように言った。
「結婚してください!!」
沈黙が周囲を支配した。
「……はい?」
水瀬のその聞き返した言葉がまずかったのかもしれない。
宝条の耳には、そのままYESと聞こえていた。
「あ、ありがとう!!悠理!」
感極まったという表情の宝条は、突然悠理を抱きしめると、そのまま熱い唇を交わした。
「ん゛っ!!ん゛〜〜っ!!」
じたばた水瀬も暴れるが、なぜか逃げることができない。
3分後
呆然とする周囲を後目に、ようやく唇を離した宝条に、水瀬は半泣きになって言った。
「グスッ……ほ、宝条君、いっ、いったいどうしちゃったの!?」
「君を愛しているだけだよ」
「あ、あのね?ぼ、ぼく」
「それ以上、いわなくてもいい」
「え?え、でもね?」
「さぁ。痛いのは初めての時だけ。責任はとるから!」
「え?ほ、宝条君?いきなり走り出して、どこへ!?」
「楽しいところさ!二人の初めての記念日を迎えよう!」
「っていうか離して!だっこしなくても僕、歩けるからぁ!」
「ふふっ。恥ずかしがり屋だね。悠理は」
「……で?」
放課後、羽山から経緯を聞いた美奈子は、あきれながら尋ねた。
「男子生徒の唇を奪った挙句、宝条君がとった行動は?」
「水瀬を抱きかかえるとそのまま体育用具室に駆け込もうとした」
「……私、ヤオイには興味ないから」
「うそだぁ」
「未亜、黙れ」
「うーっ。本棚のカバーかかった本、全部ヤオイなのにぃ」
「桜井、意外だったな」
「うるさいっ!それから宝条君どうなったの?」
「さすがに周囲が止めに入ってな。宝条、かなり妄想にイッていたけど、まぁ、少なくとも、水瀬のオケツの貞操は無事だったということだ」
「宝条君も大変だ」
「大変なのは、瀬戸さんもだろう?」
「……あ」
思い出したように美奈子が振り向いた先には、いびつな顔をして考え込む綾乃の姿があった。
相手はオトコ。
悠理君も当然、オトコの子。
オトコの子同士のキス。
これが浮気なのか。
それとも単なる事故なのか。
さすがに綾乃も、最後まで答えが出せずじまいだったという。
●水瀬悠理
お昼休み、萌子ちゃんの所へ行く。
理由は簡単。
お金を借りにだ。
僕が女装して登校することを知ったお父さんは、僕を勘当した挙句、こっちの家からまで追い出してくれた。
こういうとき、頼みになるはずのルシフェルは仕事で出たまま。
お母さんは「写真を送れ」としかいってこない。
血を分けた関係で、あと、頼りになるのは萌子ちゃんだけど……。
●加納萌子
お兄ちゃんが女子生徒の着替えを覗き見したとかで女装して登下校しているという。
見てみたいけど、でも見ない。
お兄ちゃんは仕事の時に見せる凛々しい顔だけしていればいい。
お兄ちゃんは女装なんて……めちゃ×2似合うけど、似合わない。
一番似合うのは、プロテクトアーマー姿だ。
……フェイスガードやヘルメットで顔、見えないけど。
二番目の軍服姿、がいいかな?
とにかく、私はお兄ちゃんと極力顔をあわせないようにしていたのに、よりによって向こうから来るとは思っても見なかった。
中等部に入ってきたお兄ちゃん。
すっごい。
全員、注目の的。
周囲の空気が違って見えたからびっくり。
さすがに遙香様の子。
私も見とれずにはいられない。
かわいすぎる。
っていうか、お兄ちゃん、やりすぎ。
周囲の子達、男子も女子もケータイでこっそり撮影してるし。
カメ小(カメラ小僧)なんて、堂々とフラッシュ焚いて大きいカメラ使って撮影してる。
ここは撮影会場か?
「と、とにかく、こっち」
お兄ちゃんがここに来た理由ははっきりしている。
お父さんからは、そのためにって、お金、預かっているから。
こんなところでお金の受け渡しはするべきじゃない。
だから、中庭に連れて行ったんだけど。
「あ、あのね?」
お兄ちゃんは情けなさと恥ずかしさでモジモジしながら言った。
「お願いが」
……似合う。
似合いすぎる。
お兄ちゃん、女装が過ぎて、心まで女の子になっちゃったんじゃないかな。これ。
もうだめ。
ここまで似合うと、逆に……。
私は、言われる前にお金の入った封筒をお兄ちゃんに突きつけてから……。
「あはははははははははははははははははははっ!!!!!」
指をさして大爆笑した。
だって!
大好きで格好いいお兄ちゃんがこんな格好してるなんて!
もう、笑う以外、どうすればいいの!?
まぁ。
私も酸欠で気絶するまで自分が笑えるなんて思いもしなかったけど。
萌子って誰?という方、念のため申し上げておきます。綾乃の天敵、水瀬の腹違いの妹です。
詳しくは「美奈子ちゃんの憂鬱」収録「銃と中学生と小姑と」(http://plaza.rakuten.co.jp/ayanominase/diary/200603120001/)
をご覧下さい。