海で溺れ死んだ俺はヒーローになる
『父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、姉ちゃん、ポチ子……先立つ不幸をお許しください。俺はヒーローになってきます』
そう書き残して俺は海に身を投げた。
そんな訳で無事、幽霊になった俺は噂の海難事故多発地帯に来た。
「おおーいるいる。さ迷える魂がたーくさん」
どす黒い怨念を振り撒きながら死者達が生者をこちら側に呼び寄せようと手を招いている。
ここはオカルトマニアや霊能者の間では手に負えないと名高い心霊スポット。
「さーて、じゃあ一人ずつ説得して成仏させていきますか!」
ヒーロー活動開始!
「さあ! 残るは君だけだ!」
俺は目の前にいるとても巨大な怨念を発生させている幼い女の子に言った。
「何かちょこちょこしてる奴がいると思ったら……他の子達はみんな成仏しちゃうし……お兄ちゃんなんなの……?」
俺が何か? それは決まっている。
「ヒーローだ!」
女の子は「ふざけているのか?」という顔をする。非常に不本意だ。
「お兄ちゃんがヒーローか知らないけど……美奈(みな)はいっぱい友達を作ったの……。楽しそうに生きて遊んで恨めしかった子もこっちに来てもらったの……。それを……」
女の子からゴッと圧が押し寄せる。
「どうしてくれるの!!!」
女の子は叫ぶが、俺は至極冷静に言う。
「君が本当にしたかったのは違うでしょ?」
「え?」
女の子の圧が弱まる。
「君は本当はどうしたかったの?」
女の子はうつむく。
「……お父さんとお母さんに……会いたい……」
「なら会いに行こう」
「え?」
俺は女の子に手を差し出した。
「ヒーローは困っている人を助ける為にいるんだから」
女の子はおずおずと手を取った。
「うん……」
女の子の記憶を頼りに俺達はそれっぽい家に着いた。
玄関をすり抜け、居間、仏間と見ると老夫婦が仏壇の前で座っていた。仏壇には女の子……美奈ちゃんの笑っている写真。
「もうすぐ美奈のところに行けるねぇ」
「美奈にはわしらがわかるかな」
老夫婦は朗らかに笑った。
「お父さん……お母さん……」
美奈ちゃんはそう呟いた。そうして彼女はふと仏壇を見る。そこにはチョコレート菓子が置いてあった。
「これ……美奈の好きなお菓子……」
美奈ちゃんはぽろぽろと泣き出した。
「お父さんもお母さんも、ずっと美奈のこと覚えててくれた……美奈のこと大事にしてくれてた……なのに美奈は……」
俺は美奈ちゃんが泣き止むまで彼女の背中を撫でた。
「本当に地獄に行くの? 神様? 閻魔様? なら俺が説得するって」
美奈ちゃんは首を振る。
「悪いことしたら謝らなきゃ。いっぱい謝って、お父さんとお母さんに胸を張って会うんだ」
「そっか」
俺は微笑む。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはどうして美奈達のこと助けてくれたの?」
どうして……か。俺は人差し指で頬を掻きながら言った。
「俺、ヒーローになりたかったんだ」
昔を思い出しながら俺は語る。
「テレビで見たヒーロー。かっこよかった。ヒーローの真似して人助けなんかやってた」
「ふーん」
女の子にはピンと来ないかな。
「現実の人助けは地味だって気づいても、それでも俺はヒーローでい続けたかった。でも……」
「でも?」
俺は眉を下げて笑う。
「現実の人助けはしがらみが多くてさ。助けることすらできないことがいっぱいあった。悔しかった。そんな時さ、霊能者のばあちゃんがぽつって言ったんだ」
「なんて?」
俺はしゃがんで美奈ちゃんに目線を合わせる。
「『霊能者でも助けられない霊がたくさんいる……歯がゆいねぇ……』って。それで思った。幽霊になったら幽霊たくさん助けられるんじゃないかって。生きてる人とは別のアプローチができるって」
「……もしかしてお兄ちゃんそれで幽霊になったの?」
「うん」
美奈ちゃんは呆れた、と言う顔をした。まあそうか。
「家族は悲しまないの? そんな事して」
「書き置きはしたし、うち、細かいことは気にしない家だからさ」
「……でも、一回帰ったら? もしかしたらさみしいって思ってるかもよ」
うーん、まあ美奈ちゃんがそう言うなら。
「わかった。そうする」
「うん」
すると、美奈ちゃんの体が淡く光り出す。
「あのね、お兄ちゃん」
「なぁに?」
美奈ちゃんは、にかっと笑って言った。
「お兄ちゃんは私のヒーローだよ」
そう言って光の粒となった美奈ちゃんは天に登った。
俺は空を見上げて顔をほころばせる。
「ヒーロー……か」
俺は立ち上がって自分の家の方向に歩き出した。
「うーん、なんか姉ちゃん辺りにはぶっ飛ばされそうで怖いな……。姉ちゃんも霊能者になるって言ってたし幽霊でも余裕で殴れそう……」
そんな事を呟きながら俺はその場を後にした。
俺の幽霊ヒーロー活動はまだまだ始まったばかり。




