恋人役が欲しくて奴隷を買ったら、距離感がおかしいんですが。
「無理!エイドリアン様と結婚なんて絶対に無理っ!!!」
私は今にも地獄に叩き落とされそうで、必死に叫んだ。
「…だが、断るにも理由が」
「父様は私に奴隷になってこいと言うんですか!この薄情者!」
「私だって可愛いキャンディスとあの家に嫁がせたくないが…、適切な理由もなく断れないんだよ…」
「適切な理由ってなんですかっ!恋人とかいればいいんですか!」
「そうだね…。この国は自由恋愛は良しとされているから、恋人くらいいたら断れるね。…まあ、キャンディスに恋人がいないのがわかって縁談が来ているんだろうがね」
「だって!それは、あの鬼畜一家の、エイドリアン様に邪魔されているからあああああ!!!!」
私は淑女の仮面も外れて、再度魂の叫びを家中に響かせたのだった。
エイドリアン様の家が、我が家が家格下なのをいいことに無茶難題を押し付けてくるのはいつものことだ。
領地が隣だから、断ればうちの領民にも危害が及ぶかもしれない。
そのためにも言われることは、大体叶えてきた。
それは良くないが、百歩譲って良いことにしよう。
だけども!!!
結婚は無理っ!!!!
ただでさえ子どもの頃からいじめられているのに、嫁ぐなんて、暴力暴言三昧の未来しか見えない…!
しかも、エイドリアン様の圧力のせいで、「あの子と関わるとエイドリアン様に目をつけられるから…」と恋人どころか、お友達もいやしない!
どうしろって言うんだ、恋人を今すぐに作りたくても、話しかけられる相手もいないっ!
「…父様、今までありがとうございました。死に場はひと気のないところを選びますので、探さないでください」
「ちょっと待ちなさい、キャンディス…!」
「じゃあ、他にどうしろって言うんですかっ!あの家の奴隷になるのは、もう懲り懲りです、よ…。あれ?」
ぎゃあぎゃあ喚きながら、自分の発言に何かを見出した気がした。
父様は急におとなしくなった私を見て、余計に顔を顰めている。
「…そうだわ、その手があるじゃない」
「キャンディス、また何かよからぬことを考えているんじゃ…」
「父様、私に大金をくださいませっ!」
「えっ?」
「恋人になってくれる奴隷を、今から買ってきます!!!」
父様が泡を吹きそうになっていたけれど、娘の将来がかかっているので、母様に内緒にしていたへそくりを全額譲ってくれた。
「ガタイのいい、喧嘩に強そうな、20代の男を1人くださいっ!」
なりふり構っていられなくて、奴隷市場でそう宣言した。
とにかくエイドリアン様に何か突っ掛かれても、追い返してくれる屈強な男ならなんでもいいっ!
そう思って、見せてもらった男たちの中に、目を惹く人が1人だけいた。
黒髪で赤目の、端正な顔立ちの、背の高い…。
「こやつが気になりますか?」
「え、ええ。でも、喧嘩は強いかしら」
「大丈夫ですよ、戦闘奴隷ですからね。そこらへんの闘技場に出させても、勝つと思いますよ」
「じゃあ、この人で!」
この期に及んで、好みの男性を選んでしまったが、強いならこの際いいでしょう!
「私は、キャンディスって言うの。あなたの名前を教えてもらってもいい?」
「…シドと申します、マスター」
「では、シド。今からお願いすることを守ってね」
「…俺は、マスターのものですので」
「私のことは名前で呼んで、それから恋人のように扱って!」
シドは無表情のまま目を見開いて、すぐに頷いた。
「了解した、キャンディス」
「あの、シド…、これは」
「恋人扱いしろと言ったのは、キャンディスだ」
「ええ、そうね。でもね…」
ずっと膝の上に乗せなくてもいいと思うの!
ううう、男の人への免疫がなさすぎてどうしていいかわからない。
いや、まともに人と話すの、家族と領民以外久しぶりすぎて…。
「顔、真っ赤だ。かわいい」
「…うっ、イケメンが何か言ってる」
「シドだ、俺のことも名前で呼んでくれないと嫌だ」
「…私が、シドを買った理由を聞かなくていいの」
「キャンディスが俺を欲してくれたことには変わりない」
そう言って、シドはなぜかシャツを脱ごうとしてギョッとする。
「な、なにしているのっ!」
「恋人扱いなのだろう?奴隷を性的目的で買う奴もいる」
「…………………ちがっ、ちがう!そうじゃないの!!!!!」
思考がショートしかけて、慌てて止めた。
ちがう、そうじゃない、えっ、違うとも言い切れない?
えええっ、もう、全部エイドリアン様のせいだあああああ!!!!!
「服は着て、あとこれからも脱がないで…」
「わかった」
「私があなたを買ったのは」
「シドだ」
「シ、シドに来てもらったのは、縁談を断りたいからなの。とてつもなく大嫌いな人からの縁談に困っていたから、恋人のフリをしてくれる人が欲しかったんだ」
そう告白すると、シドはゆっくり私を抱き締めた。
「そいつから、キャンディスを守ればいいんだな?」
「うん、できる…?」
「任せろ、そのために俺がいる」
シドはそのまま私の頬にキスをした。
「キャンディスには指一本触れさせない」
私好みのイケメンが、まるで愛を囁いているみたいだ。
奴隷を買うのは、早まったかもしれない…。
「本当に買ってきたのか…」
「ええ!これでもう後戻りはできません!父様、縁談を断ってくださいね!?」
「もちろんだよ、あんな家にキャンディスはやれないからね。君も突然で驚いたろうが、ありがとうね」
父様がホッとしたように礼を言うと、シドはまた目を見開いていた。
「…いえ、俺はもうキャンディスのものなので」
「これだけいい男なら、本当の恋人にでもなってもらったらどうだ?」
「父様、デリカシーない…。最低…」
「え?」
「とにかく!エイドリアン様にはお断りしておいてくださいね!!!」
私は父様への報告を済ませて、シドと一緒に部屋を出た。
風呂に入って、身なりを整えたシドは、かっこよさに磨きがかかって、直視できなかった。
「キャンディス、どうしてこっちを見ない?」
「…どこを見ていいか、わからない」
「見るに耐えないのか?」
「かっこよくて無理」
「それならよかった」
シドはなんの躊躇いもなく、再び私を抱き締めた。
「うっ」
そのまま頬を寄せられて、頬擦りされる。
「…シドは女性の扱いに慣れているのね」
「それは嫉妬だと思っていいのか?」
「いえ、経験値の違いに負けて悔しいの…」
「ふっ…」
笑った声が聞こえて思わずそっちを見ると、無表情が柔らかくなっていた。
「笑った…」
「キャンディスが変なこと言うからだ」
「自分の免疫のなさに驚いていたのよ」
「それならよかった」
シドは纏わり付くように抱きつくと、私の首にも唇をつけた。
奴隷用のチョーカーをしているシドからの、主張のようにも見えた。
まるで、自分のものだと言うように──。
「キャンディスのはじめては、全部俺ってことだろう?」
あああっ、もう絶対に早まったわ…!
シドの態度にお手上げで、私は顔を赤くさせることしかできなかった。
「私の縁談を貴様ごときが断るとは、どういうことだ!?」
「げっ。…エ、エイドリアン様、我が領地に勝手に入ってこないで欲しいのですが」
「貴様がこの私に命令すると言うのか!」
領民の様子を見に畑を歩いていたところ、エイドリアン様の馬車が乗り込んできて、たった今悪態をつかれているところ。
シドにはおつかいを頼んでいるので、そばにいない。
困ったわね。
「どういうことだか、説明しろ!」
「説明も何も、お断りした時に恋人がいるからとお伝えしていると思うのですが」
「お前みたいなブスに恋人なぞいるわけないだろう!?第一、お前の周りには男なんかいないじゃないか!」
「…それは、エイドリアン様が」
「この私が、お前に見合わない奴は排除してやったというのに、この恩知らず!」
ああ、もう、なんでこう話が通じないのかしら…!?
「私が結婚してやると言っているだろう!」
エイドリアン様がいつものように手を振り上げたので、目を瞑った。
叩かれる…!
「…お前、何をしている」
低い声がして目を開けると、シドがエイドリアン様の腕を捻じ曲げていた。
「イッデえええ…!」
「何をしていると聞いている」
「シド…、よく間に合ったわね」
「キャンディスに指一本触れさせないと約束した」
「…シド、それはかっこよすぎるわ」
「惚れ直してくれたか?」
真顔で聞いてくるから、ポポポとすぐに顔が赤くなる。
シドはそのままエイドリアン様を、地面へと押さえつけた。
「き、貴様、この私に向かって無礼だぞ!?売り払ってやろうかっ!?」
「俺の恋人を殴りかかろうとするとは、いい度胸だな」
「…は、こ、恋人だと?」
「そうだ。お前なんかに、キャンディスはやらない」
恋人のフリとはいえ、そう言ってもらえると、胸があたたかくなるようだった。
シドって、本当に強かったのね。
「俺とキャンディスの仲を切り裂こうとしている迷惑男は、こいつで間違いないか?」
「え、ええ、そうよ」
「そうか、じゃあこいつに何をしてもいいよな?」
「えっ」
「俺の恋人に手を出そうとしたんだ。覚悟はできているよな?」
シドは怖い顔もできたのかというほど、恐ろしい顔でエイドリアン様に凄んだ。
「い、いえっ、あの」
「とりあえず、この腕へし折ってやるから、せいぜい歯でも食いしばるんだな」
「「え」」
私とエイドリアン様の間抜けな声のあとに、シドは容赦なく腕を引っ張った。
そのあと、エイドリアン様の悲鳴が畑中に響いた。
「んぎゃあああああああっ!!」
「…うるせえな」
シドはエイドリアン様を雑に担ぐと、馬車の中にぶん投げた。
「次は顔面に拳入れてやるから、それでもいいなら来るんだな」
そう言って、馬車を蹴ると御者が慌てて馬を動かして逃げていった。
「…シド、腕折っちゃったの?」
「脱臼させただけだ、あんなのすぐ治る」
「そう、よかった」
ホッと胸を撫で下ろすと、シドは私の前で跪いた。
「!?」
「すまなかった、1人にして」
「いや、シドのせいじゃないし。というか、ありがとう。助かったわ」
「…キャンディスたちは、奴隷にも礼を言うよな」
「え?だって、助けてもらったんだもの。当然でしょ?」
「…俺はもうお役御免か?」
赤い目が揺れて、私を見ていた。
なんだか、キューっと苦しくなる。
「ううん!まだまだいてもらうよ!エイドリアン様があれで諦めるわけないし」
「そうか」
「それに、シドはもう私のものだもの。うちで使用人として正式に雇おうかな」
「それなら、まだ俺はキャンディスの恋人だな」
シドは私の手を取ると、甲にキスをした。
それから、ねだるように指を絡ませてくる。
「う、うんっ!まだよろしくね」
きっと顔が赤い私を、シドは抱き上げた。
「うわっ」
「いつか本物の恋人になれように、俺も頑張るよ」
「はへ、……………………えええええ!?」
「キャンディスは、誰にもやらない」
な、なんでそうなった!?
聞きたかったけど、満足そうに微笑んでいるシドをはじめて見て、やっぱり顔を赤くして悶えるしかなかった。
シドを買ってよかったけど、なんかよくないかもしれない…!
了
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