第二十七話 囲い込まれる自由
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前書き
自由は、
守られているときより、
見つけられたときに
危うくなる。
「そこにある」と
指差された瞬間、
それは
囲われ始める。
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それは、
善意の形をして
やってきた。
昼下がりの駅前。
人通りは多く、
誰も急いでいない。
ベンチのそばに、
新しい掲示が出ていた。
安心のための
見守り強化エリア
文字は柔らかく、
色も優しい。
「強化」という言葉だけが、
少し浮いていた。
ミオは、
それを一瞥して、
視線を外した。
「……またか」
誰に向けるでもない
独り言。
ここは、
何もなかった場所だ。
だから、
居られた。
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少し離れたところで、
二人の男性が
立ち止まっている。
腕章。
名札。
どちらも、
公式だ。
「最近、
この辺りに
いることが多いですよね」
声は、
穏やかだった。
ミオは、
足を止めなかった。
「別に」
「お声がけです」
「困ってる人が
増えているので」
ミオは、
一瞬だけ
立ち止まる。
「“困ってる”って
誰が決めたの」
男性は、
困った顔をした。
「一般的に、
ですね」
一般的。
その言葉が、
線を引く。
「……一般、
嫌い」
ミオは、
そう言って
歩き出した。
男性たちは、
追わなかった。
追わない、という
選択が、
一番
効いてしまうと
知っているからだ。
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その頃、
三崎は
資料を読んでいた。
見守り重点エリア
指定候補
地図。
色分け。
数字。
そして、
見覚えのある場所。
「……指定か」
指定されると、
自由は
管理になる。
彼は、
ペンを置いた。
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夜。
コンビニの裏。
今日は、
少し空気が
張っていた。
ミオは、
壁にもたれている。
いつもより、
無言。
「何か
ありました?」
三崎が
静かに聞く。
「……声かけ」
短く。
「“見守り”だって」
エリオットが、
眉をひそめる。
「見守りは、
囲い込みの
別名になることがあります」
ミオは、
笑わなかった。
「でしょ」
「私さ」
少し間を置く。
「拾わなかったのに」
「なのに」
「“ここにいる人”に
されてる」
三崎は、
胸の奥が
重くなるのを
感じた。
拾わなかった自由が、
今、
名指しされている。
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少し遅れて、
トマスが来た。
様子を見て、
すぐに
察する。
「……指定?」
三崎が頷く。
「記事の影響、
否定できません」
トマスは、
唇を噛んだ。
「……くそ」
初めて、
感情が
表に出た。
「拾われた言葉が、
管理に使われる」
「一番、
やりたくなかった形だ」
ミオは、
トマスを見る。
「ね」
「正しいこと、
言ったよね」
トマスは、
答えなかった。
「でもさ」
ミオは続ける。
「正しいって、
こうなるんだ」
誰も、
否定できない。
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沈黙。
三崎が、
ゆっくり言う。
「……ここから
離れますか」
ミオは、
即答した。
「やだ」
「ここ、
好き」
「だから、
出てくの
嫌」
トマスが、
思わず言う。
「でも、
危険だ」
ミオは、
睨まなかった。
ただ、
静かに返す。
「危険って
言われる方が、
怖い」
その言葉は、
重かった。
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エリオットが、
一歩だけ
前に出る。
「線が、
引き直されています」
「しかも、
善意の線です」
「だから、
消えにくい」
ミオは、
深く息を吸った。
「……じゃあさ」
「私、
どうすればいいの」
三崎は、
すぐに答えなかった。
そして、
言った。
「……何もしない、
という選択も
あります」
「ただ、
ここにいる」
「それ以上、
説明しない」
ミオは、
それを
噛みしめる。
「……それ、
一番ムズい」
「はい」
三崎は頷く。
「でも、
一番、
自由です」
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別れ際。
ミオは、
振り返って言った。
「ね」
「私、
逃げてないよね」
三崎は、
はっきり言った。
「逃げていません」
「立っています」
ミオは、
小さく笑った。
「じゃあ、
立つ」
そう言って、
夜に溶ける。
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トマスは、
残された三人の
空間で、
呟いた。
「……言葉、
重すぎたな」
エリオットは、
静かに返す。
「重くなかったら、
届きません」
「ただ」
「落ちる場所を
選べなかった」
三崎は、
夜空を見上げた。
線は、
また厚くなった。
だが、
その上に立つ人が
いる限り、
完全には
閉じない。
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後書き
自由は、
選び続けなければ
残りません。
囲い込まれるとき、
それは
最も丁寧な言葉を
まといます。
この夜、
自由は
名指しされました。
次は、
それを
守ろうとする行為が、
別の線を
引いてしまう話です。




