第7話 閣下、兵糧が三日後に底を尽きます
執務室の扉が蹴り開けられた。文官長が血走った目で紙束を突きつける。
「閣下! 兵糧が三日で底を尽きます!」
窓の外では、ドカ雪が降り続いていた。
カトレアが去って約一ヶ月。あの異様に長かった暖秋の反動は、古参兵站長の予言通り、容赦なくやってきた。一晩で膝上まで積もった雪が補給路を完全に絶った。
「商人ギルドは? 越冬契約は済ませてあったはずだ!」
「ギルドから書簡が──」
文官長の声が裏返った。
「『本契約は署名者の在職を前提とし、現在は失効。正規の市場価格と順番で再契約されたし』と。正規ルートでは冬を越せません」
「なぜあの女がいなくなっただけで──」
──違う。あの女がいなくなった「だけ」ではない。あの女こそが全てだった。
その認識が浮かんだ瞬間、喉に錆の味が広がった。
カトレアが残した引き継ぎ書類を開いた。一頁目。目が滑る。十頁目。百頁目。
「北西砦の第四倉庫の氷室は、外壁東面の三番目の石を抜くと通風口が現れ──」
こんな情報、あの女の頭にしかない。
(俺は十年間、何を見ていた)
書類を叩きつけた。
「馬を出せ。王都へ行く」
◇◇◇
辺境から遠く離れた王都で──私はその知らせを受け取った。
「レオンハルトが王都へ向かって出発した、との報告です」
事務的な声。たった一言で、足先から頭まで凍った。
来る。あの人が来る。
「お飾りでいろ」と言い放った男が。十年間の全てを剥いだ男が。今度は「戻れ」と言いにくる。
手が震え始めた。止められない。頭では分かっている、もう彼に何の力もないと。でも身体が覚えている。あの声。あの足音。
──目の前に、小さな身体が割り込んだ。
マリー。両腕を広げて、立ちはだかった。
「奥様には指一本触れさせません。あの人が来るなら、まず私を踏んでからです」
小さな背中。でもそれは、十年ぶりに見た──誰かが私のために怒る姿だった。
「二人とも」
背後からルーカスの声。低く、揺るがない。
肩に手が触れた。温かかった。
「あとは僕の後ろで見ていればいい」
胸に耳を当てると、心臓が一定のリズムで鳴っていた。この人は微塵も揺れていない。
◇◇◇
翌々日の夕刻。
ルーカス邸の門前に、一人の男が現れた。
煤と雪と泥にまみれて、武人の威容はどこにもなかった。
「妻に会わせろ! カトレアはここにいるんだろう!」
門番は動かなかった。
「奥様? 当家にはそのような方はおりませんが」
私兵が門の左右を完全に封鎖していた。
レオンハルトの怒声が王都の住宅街に響いた。
だが、その声はもう──誰にも届かない。




